それからどうなった

 とりあえず、いま、私たちは走っている。


 私の名前は、花音。

 パパもママもピアノが趣味で…、とか言っている場合ではない。


 茉奈、いま一緒に走っている友達だけれど、明日からは友達を辞めるかもしれないコなんだけれど、このコの招き猫体質でとんでもないことになっている。


 いま一緒に走っているのは、私の彼氏の達也と、茉奈の彼氏の翔太。

 合わせて4人がビーチを背に走っている。


 さっきまでは楽しく海水浴していたのだ。

 本当だったら、もうひと泳ぎしよう! って海に向かって走っているはずだったのに。


 なのに、いま。私たちは追われている。

 海から現れた、あいつらに。


 あれは何? 

 悪霊なの? ゾンビなの?

 青白いからだや骸骨に濡れた髪の毛を貼り付けて、ゆらゆらとこちらに向かってくる。


 この物語の作者は、あの得体のしれない奴らを登場させて、しれっと終わるつもりだったらしい。

 だが、私たちがどうなってしまうのか、読者の皆様が気にかけてくれたのだ。

 それで、いま私たちは、とりあえずあいつらから逃げている。



「やべえ、やべえよ」

 翔太が言う。

「茉奈、お前だよ! 原因は! 一緒の方向に逃げてんじゃねえ」


「そんなこと言ったって、反対方向以外、どこに逃げるのよ!」


 うん。確かに。


 翔太。

「お前、逃げんなよ。止まれよ! そうしたら俺たちは逃げ切れるだろ」


 茉奈。

「嫌よ! あんたが決めることじゃないでしょ!」


 ああ、これは生き延びてもお別れのパターンだな。



「あのさ、そもそも、あれは幽霊? ゾンビ?」

 聞いてみたけど、わかるわけないよね。と思ったのに達也が答えた。


「普通に考えたら、幽霊だよな。だから、逃げるときに塩を持ってきた」


 おお。さすが理系。

 BBQをする予定だったから持ってきていた塩を、しっかり持ちだしたのか。


 惚れ直すべきだな。なんだかよくわからない理屈をグダグダ言うから、めんどくさいヤツだな、と思っていてごめんなさい。


「いや、ちょっと待てよ、ゾンビだろ?」

 翔太が言う。


「海水には塩が入っているんだぞ。というより、塩は海水から作るだろ?」


 なるほど。


「そうか、あれが幽霊なら海にいることは出来ないわけだ。清められてしまうから」



 ということはゾンビか? ゾンビの割には動きが早い。


 スプリンターか、っていうくらい足の速い骸骨が一体いたし。

 ただ、ちょうど達也が振り向いたときに、その一体は、ばらけたらしい。


「多分、骨盤から大腿骨が外れたんだと思う」

「普段、運動なんかしないのに無理するからだよね」


 逃げている相手なのに少し哀れになってしまう。ストックホルム症候群だろうか。


「ゾンビだったらどうするの?」

 茉奈が泣きそうな声を発する。


「火炎放射器?」


 そんなもんあるか!



 砂浜を抜け、舗装された道路を走り続ける私たち。


「ほかの人には見えてるの?」


 今更だけど。あれが、ほかの人に見えていなかったら。

 必死の形相で、いまにも転びそうな勢いで、水着で走り抜ける私たちって、どう見られているのだろう。


「だれか、通報してくれないかな。俺たちを見て」

 これは達也。


「パトカーに乗せられてさ、あいつらと距離が開けば何とかなるかも」


「それなら、自分たちで110番すればいいじゃない! 誰か携帯持ってる?」


 誰も持ってない。

 達也。塩が必要だと思うなら、なぜ携帯も必要だと思わないの?





 駆けて行く先。

 道路のわきに黒猫が2匹座っている。私たちの姿を見ても動じない。


「あー! 見た? ねえ、見た? あの猫招いたよ! 顔に手あててた!」


 猫の、手? いや、突っ込むところじゃない。


「本当に⁈ 本物の招き猫⁈」

「いや、あれは顔を洗っただけだろ? 顔面に足があったぞ。顔の横じゃなかった」

「どっちの猫よ?」

「ただの猫に一喜一憂するなよ。 具体的にどう逃げ切るか考えるんだ」


 考えてるよ、さっきから。


 黒猫たちの横を走り抜ける。

 黒猫は2匹とも動じない。あくびなんてしてる。ふてぶてしい奴だな。


 あいつらはまだ追ってくる。

 黒猫が招き猫でありますように…。


 そう思い、振り向いた。私たち4人、みんな一斉に。


 黒猫が道路の両端に別れて座っていた。なにやら紐のようなものを口にくわえている。


 まるで、ゴールテープ。


 あいつらは、ゴールを切った。

 のではなく、次々に引っかかり、倒れていく。



 思わず足を止めて、まろぶ姿を見ていたのだが。


 黒猫が先頭で倒れた一体の頭に前足をのせて、咆哮した。

 本当に大声で怒鳴りつけたのだ。


「お前ら、何考えてるんだ! 職場放棄しやがって!! 戻れ‼ どいつもこいつも死んだ目しやがって! なまっちろい身体さらしてるんじゃねーよ!」


 ゆっくりと起き上がり、あいつらは背を向け去っていく…。

 その背中には悲哀が漂っている。


 …。

「え、ひどい。いまのは、パワハラだよね?」

「怒られたのって、茉奈のせいだよね? 謝った方がいいんじゃないの?」

「いや、つかの間でも自由に走れたのは良かったんじゃないか?」

「ああ、なんだか生き生きしてたよな、死んでるはずだけど」



 なんだかよくわからないけれど、私たちは生き抜いた。


 勝った…。

 自然と涙があふれ、4人で抱き合った。




 後日、抱き合う姿や疾走する姿が、動画としてさらされることも知らずに…。






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招き猫体質 @namakesaru

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