招き猫体質

@namakesaru

招く

「私って、招き猫体質じゃん? 最近余計にひどくなった気がするんだよね」


 茉奈が言う。


「あれだよね? お店なんかに入ると急にお客さんが増えるっていう」

「そうそう。この間なんか、お兄ちゃんのお店に行ったら急にお客さんが増えて。ご飯食べに行ったはずだったのに、手伝わされちゃって」


 私の運転する車の中でのたわいない話だ。


「茉奈のお兄さん、居酒屋さんしてるんだっけ」

「うん。もともとの友達がお客さんっていう小さいお店だけどね。でも、私が顔を出すといつも満席になるんだよ」

「それで、席を空けて手伝えって言われるんだ?」

「そういうこと。ゆっくりしたくて行っているのに嫌になっちゃう」

「忙しい時間帯に行っているんじゃないの?」

「まさか。邪魔するつもりはないからさ。」


 つらつらと話しているうちに、目的地に着いた。


 ドライブがてら遠出して、大型のショッピングモール。

 いまは、平日の午前中。混雑を避けて予定したのに…。


 何も食べずに集合したから、モーニングでも食べようとカフェに入った。

 ほぼ人がいないから、あまり声のトーンを気遣う必要もなくメニューを選ぶ。


 パスタがおいしそう、でも朝から? パフェ食べようかな、でも食事したいような気もする。


 なんて言いながら、結局二人ともモーニングセットに決めて顔を上げると、かなりのお客さんが入っていた。


「え? なんかお客さん増えてない?」

「わたしの招き猫体質が発動したんじゃない?」


 さすがに空席待ちの列ができることはなかったけれど、私たちが席を立つ頃は、かなりの席が埋まっていた。


 ウインドウショッピングしながら、気になったお店に入ると急にお客さんが増える。茉奈が言うとおりだ。


「茉奈、ちょっと別行動していい? もう一回、さっきのお店に行ってくる」

「いいよ。私もぶらぶらしてる」


 別行動して、茉奈を探した時は面白かった。

 ほかのお店より明らかにお客さんが多いお店を見つけて行ってみたら、やっぱり茉奈がいた。


「これが茉奈の体質なら、茉奈、お店開いた方がいいんじゃない?」

「そうなんだよね、お兄ちゃんからもうちで働けよ、なんて言われてる」


 アクセサリーのお店でかわいいピアスを見つけた。レジに並ぼうとしたら行列ができている、さっきまで誰もいなかったのに!


「早く出て、正解だったね」


 本日2回目のカフェで茉奈に言う。


「そうだね、今日はいつもよりすごかった気がする。でも、私が入ってから増えるから、このお店もだけど、並ぶのはあまりほかの人と変わらないんだよね。それはありがたい」


 たしかに、以前一緒に出掛けた時も、似たような会話をした気がする。

 でも、その時は偶然が重なっただけだろう、茉奈の気のせいだろうと思っていたのだけれど。今日のこの状況は、招き猫体質を認めざるを得なかった。


「もう、今日は帰ろうか。人混みにつかれたでしょ?」

 茉奈が気遣ってくれた通り少し疲れていた。帰りの運転もあるから早めに帰ることにした。


「今日は運転ありがとうね」

「ううん、楽しかったよ。次は、海に行こうね」




 あの日から3か月。

 今日は海に来ていた。


 日焼けが心配ではあるけれど、やっぱり、夏は海でしょ!

 茉奈と、それぞれの彼氏と合計4人。


 水が冷たいかも、なんて気持ちはあったけれど人込みを避けて、10時前には海に入っていた。


「思ったより冷たくない、よかったね」

「ああ、波も穏やかだしな」


 陽ざしは強かったけれど、これぞ夏! 

 ひとしきり遊んで、パラソルの下でコーラを飲んでいた時。


 急に浜辺が騒がしくなった。


 人が流されている!


 陸からかなり離れたところを、多分浮き輪につかまった人が流されていた。


「え? 子供じゃないよね」

「警察に電話したのかな?」

「警察じゃないと思うけど、さすがに誰か連絡していると思うけどな」


 声を交わしながら、様子を見ていたとき。


 目を疑う光景を見てしまった。


 皆が息をのんだことがわかった。


「おい、みんな見えてるか?」

 私だけじゃなかった。


「見えてる…、あ、どうしよう」

 恐怖のあまり涙が出る。


 私たちが見たもの。


 それは、海に突き出るいくつもの腕…。

 その腕が、流されていく人を攫もうとうごめいている。


「やばい、あれ、どうするの?」


 茉奈が声を発した。


 その瞬間、

 腕が方向を変えた。


 流されていく人を置き去りに、いくつもの腕が、腕だけがクロールをするように陸へ向かってくる。


「え?」

「え?」

「怖っ」

「こっちに来てる!」


「え、え。でも、あの人は助かったっていうことだよね、それは良かった、よね?」

茉奈が言うと、こちらへ向かう腕たちのスピードがあがった。


 何本もの腕が陸にたどりついたとき、腕の持ち主の姿もみえた。

 髪の毛の張り付いた、白い生気のない姿。中には骸骨の姿もある。


 無数のそれが、陸に上がりこちらへ向かってくる。


「なんだよこれ、どうすんだよ!」

「茉奈! あんたじゃないの⁈ あんたがあいつらを招いてるんじゃないの⁈」

「そうだ、茉奈、お前だよ!」

 茉奈の彼氏も叫ぶ。



「「「なんてもの、招いてんだよ!」」」








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