ガラスの海の子ども

sui

ガラスの海の子ども

夜の底に沈む村があった。

それは、本当の海ではなく、光でできたガラスの海の中にあった。


海は静かにゆれて、月の光を映していた。風も波もなく、ただ時だけがゆっくりと流れていた。村の人々はそこで息をし、夢を見ていた。誰もが、自分がいつからそこにいるのか知らなかったが、それを不思議に思うこともなかった。


ある日、ガラスの海の底に、ひとりの子どもが降ってきた。

銀の髪をしていて、声を出すと泡になって消えた。


子どもは毎晩、海のてっぺんに浮かび、月に問いかけた。

「どうして、ここにいるの?」


月は何も答えず、ただ淡い光をそっと投げかけていた。


やがて、子どもは気づいた。

ガラスの海には出口がない。でも、心のなかに小さな扉があることを。


ある晩、子どもは最後の泡をそっと歌にして、海の中に広げた。

それは村のすみずみに届いて、眠っていた人々の夢を揺らした。

ガラスの壁が、かすかに、ひび割れた。


次の朝、子どもの姿は消えていた。

ただ、海のいちばん高いところに、虹色の泡が一つ、光っていた。


そして、その日から村の空はすこしだけ、呼吸をするようにゆれるようになった。

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ガラスの海の子ども sui @uni003

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