足首の痛みと当日旅行キャンセルなお話

ポチョムキン卿

足首に止められた旅・・・だけど悪くない一日

🌿旅立ちの朝――足首が止めた小さな旅

旅立ちの朝というのは、いつもどこか落ち着かないものだ。

私はいつも通り、三か所で育てている植物たちにたっぷり水をやり、洗濯物を内干しにし、部屋を片付け、出発の準備を整えていた。どれも、旅先で心残りがないようにと繰り返してきた習慣だ。


右足首の痛みは、数日前に感じて整形外科で診てもらった。レントゲンも撮り、医師は「歩き過ぎでしょう」と言った。私自身も数日で治まるものと思っていた。痛みも、朝のうちはほとんど気にならなかった。これなら出かけられるだろう、そう思いながら、出発までの時間を過ごしていた。


新幹線ひかりで東京発の旅行だけど、自分は 八王子駅から横浜線で新横浜まで行ってから乗車する予定だった。旅行自体が比較的遅い出発の時間帯でもあので、時間的にはまだ余裕があるので、郵便を出そうと近くのポストまで歩こうとした時だった。右足首に重い痛みが走った。階段を下りるのが思いのほか辛い。足が思うように動かない。旅先で迷惑をかけるわけにはいかないし、これで旅行の2泊3日はなにより自分が辛い。そう思い、旅行会社に電話を入れた。


旅行のキャンセルはキャンセル料がかかる。今回の費用は79,900円。当日キャンセルはその半分がキャンセル料として引かれることになる。もちろんそれは当然の仕組みであり、割り切って受け止める。


旅行は絶対に行きたいと思っていた大阪万博を見学するためのものだった。新横浜から京都へ。下鴨神社、貴船神社を巡り、貴船の川床での夕食を楽しむ予定だった。二日目が本番の大阪万博。万博会場での丸1日の自由行動。三日目は思い思いの時間を過ごし、予定した時間に新幹線で帰るという行程だった。

足首の痛みは、楽しみにしていた万博見学を中断するに十分だった。



🌿 足首の棘と静かな安堵

二年前、膝の痛みを軽く見て登山に出かけたことがあった。結果、関節周りの骨が変形し、左膝の人工関節置換手術を受けることになった。あのときの反省がある。だから今回も、この足首の痛みを放置して、後で取り返しのつかないことになっては困る。そう思い、二年前の手術でお世話になった整形外科の病院へ足を運ぶことにした。


バスも考えたが、少しの距離を歩いて足がもたなくなると厄介だ。そこでタクシーを呼んだ。窓の外の景色をぼんやり眺めながら、「この足の痛みが厄介な原因でなければ良いのだが」と思案した。


当日 急な来診になるわけだから病院ではしばらく待たされたが、しばらく待ってから若い整形外科の先生が初診を担当してくれた。あ、いつもの 先生じゃないんだと思ったが、おそらく研修医なのだろう。患部を診て、触れて、「とりあえずレントゲンを撮りましょう」ということに。レントゲン撮影が終わると、今度は左膝手術のときの担当医の診察になった。


モニターに映るレントゲン画像は、さすがというべきか、前の撮影とは鮮明さがまるで違っていた。画面を見ながら先生が言った。

「足首の関節の前側に骨棘ができています。前かがみになったときに、その棘がぶつかって痛みが出ているのでしょう。足関節前方インピンジメント症候で、サッカーやバスケ などのスポーツ選手の多い 症状です」


なるほど、痛みの原因と正体がわかったことで、心の奥で少しホッとした自分がいた。もちろん安心というにはやや遠いが、原因不明のままではもっと落ち着かなかったはずだ。処方は痛み止めと湿布薬、しばらく様子を見ましょうということになった。


内出血について尋ねてみた。先生はほとんど気にしていない様子で、「そういえば人工関節の手術のときも、膝からの出血が足首に下りてきて内出血のようになったでしょう? あれと同じでそのうち吸収されますよ。」と淡々と言う。

さすが整形外科医先生、血には強い。

聞けば脚の手術では「血がどばーっと吹き荒れれ大工仕事のよう」に大変 らしい。何しても足首の棘とともに「また一つ体と向き合って生きること余儀なくされる」なんて思いが生じる。なんか最近は生き急ぐように、低山なれど山ばっかり歩き回っていたから、そこに原因がありすぎだ。年相応に少し落ち着くべきだなとも思った。


🌿 足首がくれた小さな旅

病院での会計を終え、処方されたのは痛み止めと湿布薬だった。足首の棘のことを思えば、まずはこれで様子を見ていくしかない。私は処方された薬を貰うために、病院とは道路を挟んで建っている調剤薬局へ向かうことにした。右手には登山用の一本ストックでやや足を引きずるように、ゆっくりと歩いた。


薬局ではマイナンバーカードで受付を済ませ、番号札を受け取る。待つ間、ふと目に入った佐藤製薬の健康サプリ「バイオン3」の半額の値札に、心が揺れた。

「買おうか、いや、やめておくか」――そんな迷いの最中、番号が呼ばれた。サプリを手に窓口に向かい、薬剤師の女性に「これ、どうですか?」と尋ねると、にこやかに「私も飲んでます」と言う。

「だからきれいなんですね」と私が言えば、「それは生まれたときからです…あ、違うか」と、間髪入れずの返答なのでこちらも笑ってしまい、結局その愛嬌に負けてバイオン3を購入した。サプリなんぞは効くかどうかはともかく、そんなやりとりが嬉しい気分にさせてくれるものだ。


会計の後、タクシーを呼んでもらった。すると薬局の前にいたご婦人が「私も駅までタクシーを…」と言うので、「八王子駅までならご一緒しませんか? 折半で」と声をかけた。「まあ、いいのですか?」と笑顔になり、そうしたらタクシーに乗る前からご婦人は700円を取り出して私に渡してきた。

たぶん何度も、この薬局からタクシーで八王子駅まで行っているから、迎車代を含めて1,400円の料金だったんだろうと解釈した。

二人で同乗。

結果、駅までのタクシー代は1,200円。ご婦人から700円を預かっていたので100円をお返しした。車中での他愛ない会話が楽しく、駅で「ありがとうございました」と互いに会釈して別れたとき、気持ちが暖かくなったよ。


ぼくは、八王子駅近くのスシローで昼食をとることにした。本当なら駅から歩いて5分ぐらいのところだけど、足が痛いので少し時間をかけて7、8分で店に到着。階段を下りて、自動発券機で席を予約。カウンター席が割り振られ、カウンターで好きな寿司を味わう。久しぶりのスシローなので、貝類の盛り合わせ握りなんかも注文した。ぼくはコハダが好きなのでコハダは二皿食べた。


帰りはバスにした。京王八王子駅発なので最初は空いていた車内も、次の八王子駅バス停で椅子席は満席となり、立っている人も少なくない。さらに次の停留所で、小柄で白髪の足元が心もとない女性が乗ってこられたので、私は「こちらへどうぞ」と席を譲った。それを見ていた優先席の年配の方二人が席を詰めて少し空けてくれたが、そこは二人席なので私が座れば3人となって大層に窮屈になりそうだったので、「杖は伊達で持っているだけだから大丈夫です」とにっこりと笑顔でご遠慮した。席を譲った方が降り際に「ありがとうございました」と言われたので、「とんでもないです。お気をつけて」と見送った。


旅には出られなかった一日。でも、その分、小さな出会いとささやかな親切が心に残った。足首の痛みが、思わぬ形でくれたささやかな人生経験だったのだと、今は思っている。


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