第3話

次の日の朝、いつもの時間にみっちゃんが来た。「おはよう今日も寒いね」そう言ってハ

ジメのリハビリに行く準備を手伝った。

いつもの様に、二人でリハビリに行って、帰りに頼んであったケーキを受け取ってアパー

トに帰った。部屋に入るとケーキを開けクリスマスパーティーをやった。二人だけのパー

ティーだったが楽しかった。ハジメが隠してあったプレゼントを渡した。中を覗くと奇麗

にラッピングされた物が出て来た。「開けていい?」ハジメが頷き、みっちゃんが中を開

けると奇麗な薄茶色のマフラーが出て来た。「嬉しい」それを首に巻き付けて「これ旅行

の時に巻いて行く」と嬉しそうに言った。みっちゃんもプレゼントを用意してくれていた

紙袋を覗くと中にはクッションが入っていた。


殆ど座って生活しているハジメの為に考えてくれたものだった。ハジメは何だか胸が熱く

なって来た。こんなに自分の事を分かってる人が居る事が嬉しかった。気が付くと涙が出

て来た。それを見てみっちゃんは何も言わずハジメを抱きしめてくれた。ハジメは涙を流

しながら声にならない声で「ありがとう、ありがとう」と何回も呟いた。

みっちゃんはお店があるためパーティーの片付を終えると、じゃあまた明日ね、と言っ

てマフラーを巻いて帰って行った。

ハジメはいつの間にか、みっちゃんの事が好きになっていた。きっと退院してから今まで

みっちゃんが居ないとまともな生活も出来なかっただろう。ハジメは結構几帳面な方だが

、身体がいう事をきかなくなってから、今までと同じ事は出来ない。それは自分で痛いほ

ど分かっていた。どれだけみっちゃんの存在がありがたかったか、今更ながら実感した。

サトルの思いを優先させて、ずっとハジメは自分の気持ちを押し殺して来た。でも今日、

それはもう考えるのはよそうと思った。

その夜会社でクリスマスパーティーを開いてくれた。ハジメは昼間みっちゃんと二人でパ

ーティーをした事は言わないでいた。何だか二人の秘密にして置きたかった。事務所でケ

ーキを食べ、みっちゃんの店で焼いて貰った焼き鳥を食べ、社長の奥さんがみんなにプレ

ゼントをくれた。プレゼントの中身はそれぞれ色々だった。ハジメは毛糸の帽子だった。

結局最後はいつもの宴会になってしまったが、凄く楽しい時間だった。アパートに帰る途

中サトルが思いがけない事を言った。

「ハジメ、変な事考えなくていいからな。

俺とみっちゃんは半年も前に終わってるんだから、って言うか何にも始まんなかったけど

、だから俺の事なんて気にしなくていいんだからな。」サトルは苦笑しながらハジメを見

た。

「うん、ありがとう」そう言ってハジメの玄関前で別れた。

次の日、ハジメとみっちゃんがリハビリにむかうと、商店街の中はクリスマスから年末

年始に変わろうとしていた。「今日が当日なのにね」みっちゃんは不満そうな顔をしてい

た。

ハジメもそれは思っていた。辛うじてクリスマスの飾りつけは残されてはいるが、お店の

端っこには門松が置いてあって表に出されるのをじっと待っているのが見えるから、何と

も言えない風景になっているからである。せめて袋でもかぶせてあればいいのだが、丸見

えの門松にクリスマスソングとはお世辞にも良い風景とは言えない。まあ商店街の裏事情

もあるのだろうから仕方がないのだろうが。

病院に着くといつものメニューをこなしてリハビリの先生と話をする。田舎に帰る話をす

ると「松葉杖を使ってみるかい」と聞かれた。先生の話ではハジメの場合歩けないが、立

つ事は出来る様になったので狭い場所に行く時は疲れるかもしれないが、便利ではあると

いう事だった。試しに使わせてもらうと、立った姿勢の時は楽だった。わきの下に寄っか

かっていられる分、足にかかる負担が減るからだ。

ただ、体重移動する時は怖かった。松葉杖を前に出す時に身体を支えているのが足だけに

なるからだ。しかもその時身体を前に倒さなくてはいけない。先生は慣れれば大丈夫と言


ったがそれで新幹線はさすがに怖かった。

「来年田舎から帰ってきたら練習します」そう言ってハジメとみっちゃんは病院を後にし

た。帰りに、前に母と3人で入った蕎麦屋さんでお昼を食べて帰った。あれ以来たまに蕎

麦屋さんでお昼を食べて帰る様になった。アパートに帰るといつもの様にみっちゃんは家

事をこなしながらハジメと話をした。田舎に帰るのは会社の忘年会が終わった次の日にし

ていた。「もうすぐね、楽しみだなぁ。」「うんそうだね、俺も楽しみだよ」。ハジメはみっ

ちゃんがテーブルに座るのを待って話し出した。

「みっちゃん、俺、みっちゃんと結婚したい」

いきなりの告白にみっちゃんは声が出ない。

「こんな身体じゃだめかな?」

「嬉しい」みっちゃんはハジメに抱き着いて涙を流した。ハジメも嬉し泣きをした。暫く

泣いて落ち着くと、「帰ったら母さんと父さんに報告しよう」「うん、私も帰ったら報告す

る」「うん」二人はお互いの泣きはらした 顔を見あって笑った。

次の日リハビリに二人で向かうと、商店街の中は完全に正月色に変わっていた。

一気に年の瀬に向かって世の中が動いていた。

二人はリハビリを終えるとその足でみっちゃんの家に向かった。昨日、みっちゃんはハジ

メと別れた後、お店で父と母にハジメと結婚したいと告げた。両親ともハジメの事は良く

知っていたので、じゃあ明日にでも連れてきなと言っていたのである。

いつもは店からだが今日は店の隣にある玄関からと思ったのだが、ハジメの足が不自由な

ので店の中で話す事になった。店に入るとハジメが一生懸命にみっちゃんの事を話し、ど

うしても自分にはみっちゃんしかいない。と、みっちゃんの両親に訴え「結婚させて下さ

い」

と二人共頭を下げた。

元々反対するつもりの無かったみっちゃんの両親は「こちらこそよろしくお願いします。

」と言いハジメとみっちゃんに頭を下げた。

それからハジメは田舎に帰った時にハジメの両親にも話して来ます。と伝えた。

次の日の夜、会社の忘年会でみっちゃん家の焼き鳥屋さんは貸し切りになった。外注さ

んや設計事務所の人達も集まって店内はぎゅうぎゅう詰めになった。そこで今年一年のお

礼と来年のお願いを社長がみんなに伝えて乾杯をした。ハジメとみっちゃんの事を聞いて

いた社長が頃合いを見計らってみんなに伝えた。店内は物凄い歓声を上げて二人を祝福し

た。

みんな凄く喜んでくれた。忘年会が終わると、みんなもう一軒と言って二次会に出かけて

行った。ハジメはみっちゃんに次の日の待ち合わせ時間を打ち合わせてアパートに帰った

田舎の両親には電話でみっちゃんとの事を伝えて置いた。それでもやっぱり緊張した。

ハジメは風呂に入ってベットに横たわるといつの間にか眠っていた。

次の日いつもより早く起きたハジメは出掛ける準備を始めた。荷物もそうだが戸締まり

の方が気になった。13時に東京駅を出発する新幹線なのでかなり余裕はあるのだがいつ

もとは違う里帰りなのでドキドキしていた。


約束していた時間になると玄関のチャイムがなった。「おはようハジメ君、用意できた?

」そう言ってハジメの荷物を運び出す。ハジメが車椅子に乗り移ると、みっちゃんは部屋

の中の戸締りをもう一度確認して玄関を閉めた。

会社によって社長の奥さんが居たので行って来る事を伝えると、二人は駅に向かった。

みっちゃんは遠足に行くみたいにウキウキしていた。今まで本当にあまり出掛けた事がな

いんだな。と改めて思った。電車に乗り東京駅に向かった。電車の中は年末のせいか大き

な荷物を持っている人が多かった。

東京駅に着いて新幹線の改札を通る時、駅員さんに車椅子の車両を予約している事を告げ

ると、駅員さんが出て来てホームまでエレベーターで連れて行ってくれ、そのままホーム

で一緒に待機してくれた。新幹線が到着して車内清掃が終わりドアが開くと、車椅子を押

して指定の場所まで連れて行ってくれた。

「仙台で降りる時も係員が来ますので」と言って駅員さんは降りて行った。

「すごいね。車椅子でも安心なんだね」と言ってみっちゃんは興奮した様子だった。ハジ

メもこんな体験はした事がなかったので、少し興奮気味だった。

新幹線が動き出すと、みっちゃんは更に興奮していた。まるで小学生みたいにはしゃいで

いた。新幹線の外の景色が物凄い勢いで変わって行き、目をまんまるくして外の世界に釘

付けになっていた。ハジメはその様子を眺めてほっこりしていると、視線を感じたのか急

にハジメの方を向いて「ええ?なに?」と言って苦笑いをしていた。「いや、何でもない

よ。可愛いなって思って」みっちゃんが赤くなって下を向く。それを見てハジメは胸がキ

ュンとした。

あっという間に仙台に着いた。あまりの速さにみっちゃんは信じられない顔をしていた。

駅員さんにホームまでおろしてもらい改札に向かった。改札にはハジメの母が迎えに来て

いて、ハジメとみっちゃんを見つけて手を振っていた。「いらっしゃい疲れたでしょ」

「いいえ、あっという間でした。びっくりしちゃった」

と言って歩き出した。ハジメの実家は仙台の駅から電車を乗り換えて15分程の割と街の

中にあった。電車を降りて家に向かう途中買い物をする為スーパーに寄った。ハジメは懐

かしい田舎の風景を眺めながら昔を思い出していた。まだその頃は、今ほど家が密集して

なくて、空き地も結構あったので遊び場には困らなかった。

ハジメが車椅子を押しながら歩いていると、子供の頃に遊んでいた公園の前を通りがかっ

た。公園の遊具は当時と変わらず、まるで当時にタイムスリップした様だった。

公園で遊んでいる子供達を見ていると、なんだか胸が熱くなった。

「ハジメ君どうしたの?」

公園をじっと見ているハジメに気が付いて、みっちゃんが声をかけた。

「いや、この公園で昔良く遊んだなぁって思って」

「ここの外灯の下に良くカブト虫がいたんだ。夏休みの朝、ラジオ体操をやりに来ると必

ず一匹はいたんだ」

ハジメの遠くを見つめる先を見ると、古い外灯がハジメと会話しているように見えた。み

っちゃんもハジメの母も少しの間その外灯を見つめていた。

家に着くと、スーパーの買い物袋の中を冷蔵庫にしまってリビングのソファーに座り、


母がお茶を入れてくれた。

帰って来たんだ、とハジメは深く深呼吸をした。それを見てみっちゃんが、「やっぱり落

ち着く?」と聞いてきた。「うん、今年は特に色々あったからね」と天井を見上げて今年

の出来事を想い返した。

「そうね、あんたにとっては人生の転換期かもね」と母が言った。

ハジメはソファーで背筋を伸ばして母に言った。

「母さん、電話でも話したけど、俺みっちゃんと結婚したい」

慌ててみっちゃんもソファーの横で正座をしてハジメの母に頭を下げた。

「あらやだ、みっちゃん頭を上げて頂戴。お願いするのはこっちなんだから」

母も正座をし、みっちゃんの顔を見て

「息子をよろしくお願いします」と頭を下げた。

「こちらこそよろしくお願いします。」

みっちゃんが言うと、母はニッコリして、

「みっちゃんで良かった」と言った。

夕方になってハジメの父がケーキを買って帰って来た。

「ハジメ帰ったか?」そう言いながら父がリビングに入って来て、みっちゃんに「はじめ

まして、はじめの父です」と挨拶をし、みっちゃんも「はじめまして、中田美智子です。

よろしくお願いします。」と挨拶を済ませた。

ハジメの父も結婚の事は聞いていたので、ハジメに言われる前に「美智子さん、ハジメの

事どうかよろしくお願いします。」とハジメが言う前に切り出した。

「至らない所もあると思いますが、どうぞよろしくお願い致します。」とみっちゃんも返

して、顔合わせは無事に終わった。

「母さん、ケーキ買ってきたからみんなで食べよう」

「はいはい、今お皿出しますね」

「あ、私やります。お母さん座ってて」そう言ってみっちゃんは台所に立ち上がっていっ

た。

ケーキを食べながら色々な話をした。

みっちゃんは、特に今日の新幹線の凄さに圧倒されたらしく、物凄く興奮しながら話をし

た。

ハジメの母は横浜のハジメの暮らしぶりや、みっちゃんにホントにお世話になっているこ

となど、事細かくハジメの父に話して聞かせた。

その日の夜はそのまま近所の寿司屋さんから出前を取って、ちょっとしたホームパーティ

ーの様だった。

「みっちゃん明日はどこに行きたい?」

ハジメの母がみっちゃんに聞くと、

「え、私の事は良いです、みんな忙しい時期だし」

「大丈夫よ、みっちゃん達が来る前に年越しの準備済ませてあるから、せっかく仙台まで

来たんだから色々見てって頂戴。じゃあ明日はお城見に行きましょう」


「お城ですか?」

「そうよ、仙台と言えば伊達政宗よ、石垣とお城の基礎石しかないけど、資料館もあるし

観光出来るわよ」

「そうなんですね、嬉しいです。観光するのなんて高校の修学旅行以来です。」

そう言ってみっちゃんは目をキラキラさせていた。

次の日、ハジメの父も正月休みに入っていたので、ハジメの父の運転で青葉城に向かう

事になった。

「今日は青葉城に行って、瑞鳳殿に行って、仙台市博物館に行って、大崎八幡宮に行って

それから」

「いや、ちょっと待って母さん、そんなにあちこち行ける?」慌ててハジメが止める。

「行けなかったら続きは明日よ、せっかくみっちゃんが来たのに色々行かなきゃ。」

「そりゃそうだけど、みっちゃんつかれちゃうよ。」

「あら、私は大丈夫よ、いつも立ち仕事してるし、」

「そうよね、平気よね。でも疲れたら言ってね」

「はい、ありがとうございます。」

「明日は松島の方に行く予定よ」

「松島に行けるんですか?嬉しいなぁ」

そんな話をしながら一日目の観光が始まった。車の中でハジメの父が

「みっちゃんはあまり旅行はしてないんだね」

昨日、だいぶ父もみっちゃんと打ち解けたようで、すっかり美智子さんからみっちゃんに

なっていた。

「そうなんですよ、家、親戚もみんな横浜の方にいるからどこかに行くって殆ど無かった

です。だから凄く楽しいです。」

「そりゃ良かった。母さんが気合入れてるのも分かるな」

「でしょ。みっちゃん来たらあちこち連れて行こうと思ってたんだもの」

「嬉しいです。ありがとうございます」

そんな話をしながら車を走らせ、目的地の一つ目、青葉城に着いた。城郭は復元されてい

ないが、ここの石垣は凄く見事だ。みっちゃんは小学生の様にはしゃいでいた。資料館を

見て歴史を感じながら次の目的地の瑞鳳殿に向かった。瑞鳳殿迄はさほど遠くないのでお

城の興奮が冷めない内に着いた。ここは伊達政宗の眠る場所で凄く他の場所とは違う空気

を感じた。その後予定通り仙台市博物館と大崎八幡宮を廻り、家路に着いた。

ハジメは結構疲れていたが、他の3人はまだ余裕の表情をしていた。特にみっちゃんは、

久しぶりの観光に随分興奮していた。

家に着いてからも母とみっちゃんは次の日の廻る場所を、買って来た旅行雑誌を広げて楽

しそうに打合せをしていた。

次の日は大晦日だ。この日もみんなで観光をして歩いた。予定通り松島に出かけた。

ドライブをしながら松島の島々を眺め、島々を結ぶ橋も歩いた。日本三景の一つだけあっ

て凄く奇麗だった。帰りに松島博物館を見て帰った。その日は大晦日という事もあり、早

めに帰って風呂に入り紅白歌合戦を見るという定番の過ごし方だった。この3日間で元々


人懐っこいみっちゃんはすっかりハジメの家になじんでいた。紅白も終わり、ゆく年くる

年が始まり、除夜の鐘が聞こえて来た。

ふと、母が「ハジメにとっては激動の一年だったわね」と言った。

「うん、そうだね。もしかしたら今日ここに居る事も無かったかも知れないんだもんね」

「でもここに居て、お父さんとお母さんとみんなで年越しが出来たじゃない」とみっちゃ

んが言った。

「みっちゃんも居るしな」お父さんも言った。

みっちゃんは照れ笑いをしながら、ありがとうございますと言って頭を下げた。

そんな話をしながら年は変わり、新年を迎えた。

「明けましておめでとうございます。」

口々にそう言って、みんなで日本酒で乾杯をした。

ハジメにとって、凄く幸せな大事な時間だった。

それはみっちゃんにとっても同じだった。

新しい家族の温かい時間を実感していた。

みっちゃんはふと横浜の両親が気になり、携帯電話でメールを打った。

明けましておめでとう。

直ぐに返事が返ってきた。

明けましておめでとう。今年も美智子とハジメが良い時間を過ごせますように。

何故か涙があふれて来た。

「どうしたの?」母がたずねた。

「いえ、なんか嬉しくて」そう言ってみっちゃんはハジメの母に携帯電話の画面を見せ、

「なんか私がメールするの分かってたみたいで」直ぐに返事が返って来たから。

「みっちゃんも幸せね」

そう言って母も目頭をおさえた。

ハジメも父も、うん、うん、とうなずいていた。そんな一年の始まりだった。

お正月休みも終わりが近づき、ハジメとみっちゃんが帰る日になった。

前の晩、母と父からハジメとみっちゃん、それからみっちゃんの父と母にお土産を渡した

中身はそれぞれ違う物だった。

それにはそれぞれ手紙がついていて、父と母の言葉が書いてあった。

どれもこれも母と父の思いが書いてあり、それを見てハジメは里心が出た。みっちゃんに

は言わなかったが、横浜に帰りたくないと思った。家族の大事さが身に染みた。

家族が離れ離れになる切なさが今年は身に染みた。

帰りの新幹線の中でみっちゃんも寂しそうな顔をしていた。

みっちゃんが涙を浮かべていた。今にもこぼれそうになって、窓の外を見ていた。

ハジメは何も言えないで、ただみっちゃんの手を握った。みっちゃんも強く握り返して来

た。

新幹線が東京駅に着いて、何か現実に連れ戻された様な気持ちになった。

ホームを降りた時の東京の匂いを嗅いで一気に現実に引き戻された。


それは、みっちゃんも同じだったようで、ハジメ君、田舎に帰るってこういう感じなんだ

ねと言った。

在来線を乗り継いでアパートに着いた。

久しぶりに自分の部屋に上がると、どっと疲れが出た。みっちゃんも疲れたようだ。

明日もリハビリもなく、みっちゃんもお店の休みをもらっていたので、自然に目が覚める

まで寝ようという事になった。みっちゃんは年明け帰って来たらハジメと一緒に暮らすこ

とになっていた。と言っても何分もしない所に実家があるから行ったり来たりになるのだ

ろうが、とりあえずはそういう事になっていた。

その日の夜ハジメは小さい頃の夢を見た。

子供のハジメはとても嬉しそうだった。まぶしい光の中、公園で遊んでいた。

そう、年末のあの公園だ。母に連れられて、滑り台に上り楽しそうに滑っている。

何回も何回も滑っている。

ふと母に目をやると、そこで見守っているのは、みっちゃんだった。ハジメはあれ?なん

で?と思いながら滑り台を滑っている。みっちゃんは僕のお母さん?子供のハジメはみっ

ちゃんを見ながら何回も滑り台を滑る。

「はい、もう終わり」

そう言われて滑り台から走って母の手を握る、

ふと見上げるとハジメの母に戻っていた。

温かい手を握りながら公園を去って行く。

そして目が覚める。

目の前にはみっちゃんが寝ていた。

みっちゃんも目が覚めた。

「おはよう」

「おはよう」

ふたりは布団で横たわりながら、

「仙台の公園の夢を見た」

「私も公園の夢を見た」

「凄い、二人共あの公園の夢を見た」

「うん、凄い、ハジメ君はどんな夢?」

ハジメはみっちゃんに夢の話を聞かせる。

「凄い私もハジメ君と私の子供を連れて公園に遊びに行く夢、滑り台の夢」

二人は不思議な夢を見たと目を合わせた。

季節は変わり3月、ハジメが学校に行くのももうすぐだ。年明けから始めた松葉杖の練

習も大分上達してきた。と言ってもハジメは両足が言う事を聞かないので、松葉杖を出す

時は身体が倒れる様になりながら杖を前に出す。はたから見てると結構怖い。

だがハジメは上手に前に出れるようになっていた。

今年に入ってリハビリをしながら設計事務所に週2回通っていた。と言っても何をするわ

けでもなく顔を見せに行くだけなのだが。曜日は特に決めてはいなかったが火曜日と金曜


日の午後に行く事が多かった。設計事務所は横浜駅から5分位のビルの一室にあった。

車椅子でも入れる場所にあったので助かった。

「こんにちは」

ハジメがリハビリの帰りに事務所に立ち寄るのも割と普通になっていた。

「いらっしゃい」

眼鏡をかけたハジメより少し年上のひょろっとしたいかにもデスクワークで生きている

感じの社員の林さんが出迎えてくれた。

「この前のマンションの収まり考えてみたんですが見てもらえますか?」

ハジメはパソコンで図面作成はまだ出来ないが手書きなら図面を書ける。現場で毎日図面

を見ていたから当たり前と言えば当たり前なのだが、現場を知っているだけあって収まり

は全て見えていた。

「助かるよ、うちらじゃどうしても細かいところが見えてないからハジメ君が見てくれる

とダメが出ないんだよな」

そう言いながら林さんは図面に目を通し始めた。

暫く図面を眺めて「うん、いいね、これなら無駄が無くて生活しやすい。ハジメ君は基本

がもう出来てるから後はパソコンで図面が作れるようになれば完璧だね」

眼鏡を直しながら林さんはハジメを見て言った。

「ありがとうございます。頑張ります。」

「お世辞じゃないよ、良く考えてある。玄関からリビングに入るまでの水回りの並べ方や

ドアの吊元の向き、大きさ、種類、住んだ時に煩わしくならない様に良く考えてあると思

うよ。さすがだね。後で社長に渡しておくよ。」

「よろしくお願いします。」

そう言って設計事務所を後にした。

ハジメは役に立って居る事が嬉しかった。何となくだが社会復帰をしている実感が湧いて

きた。社長からはリハビリを最優先するように言われているのだが、やっぱりハジメは仕

事が好きなのだ。年明けからリハビリが終わる午後からだが会社に顔を出すようにしてい

た。午前中はみっちゃんとリハビリに行って、お昼を食べた後ハジメは会社に、みっちゃ

んは家事をこなして夕方お店に行くのが生活スタイルになっていた。

「ハジメ、設計事務所行って来たのか?」

社長に言われて

「はい、例のマンションの図面渡して来ました」

「そうか、三浦社長いたか?」

「いえ、いなかったんで林さんに渡して来ました」

「そうか、何か言ってたか?」

「はい、良く書けてるって褒められました」

「おっ、良いじゃないか。だけどリハビリが最優先だからな」

「はい、わかってます。ちゃんと毎日行ってますよ。」

最近社長の口癖になって来た。

「ハジメ、今は、じれったいかもしれないが身体を出来るだけ直すのが仕事だ、変な話を


するけどな、ある程度の労働をして一定の収入を超えると労災保険も降りなくなるからな

。中途半端に社会復帰を考えるな、キチンと身体を治せ、それがお前の今の務めだ。」

「はい。分かりました」

社長は自分の気持ちが良く分かっている様だった。だからそういう事を言うのだろう。ハ

ジメは素直に言う通りにしようと思った。

4月になりハジメは夜、専門学校に通う予定だったが、独学で勉強する事にした。会社

にあまり迷惑を掛けたくないのと、設計事務所に通っていて色々林さんに教えてもらう内

に「ハジメ君は学校に行かなくても十分覚えて来てるし、前にも言ったけど基礎は出来て

るからパソコンの使い方と法律と図面記号を覚えて行けば十分だと思うよ。俺が教えられ

る事は教えて行くし」と言われた事が大きかった。

その事を社長に話した時、社長は「お金の事は気にしなくていいのに」と言っていたが、

林さんが言っていた事で、何となく社長も納得している様だった。

その日は月に一度の飲み会の日だった。

ハジメが退院してからも、毎月第一土曜の飲み会は継続していた。今はもうみんなの月に

一度の楽しみになっていた。今年に入ってから設計事務所の三浦社長と林さんも来れる時

には来るようになっていた。

「じゃあみんな乾杯」

社長がグラスを高々と挙げて飲み会が始まった。

「ハジメどう?順調?」

サトルが聞いてきた。

「うーん、どうかな、やっぱり普段からパソコン使って無いから結構大変かな?」

サトルがニヤッと笑って

「違うよ、私生活だよ」

「ええっそっち?」

「当り前じゃん、それしかないだろ」

ハジメとみっちゃんが、ほぼ同棲状態になってから、すっかりサトルはハジメの部屋に行

きにくくなっていた。

「順調?なのかな?」

「何その言い方、順調じゃ無いみたいじゃん」

「いや、順調だよ順調」

「ハジメちゃん、イイね、青春だね」五十嵐さんもサトルと一緒になってからかう。

「やめなさいよ、二人共、ハジメちゃん困ってるじゃない。ねえ」社長の奥さんが間に入

る。

「ええっ 、ただ順調かどうか聞いただけじゃん」

サトルが言うと、「悔しかったらお前も彼女でも作って見ろ」と斉藤さん。

「まいったなー」

そんな話をしながら楽しい宴会の時間は過ぎて行った。

「ところでハジメ、結婚式場は見つかったのか」社長が聞いた。

「それなんですが、二人で話し合って写真だけ撮って終わりにしようか。って事になりま


して」

「何でまた」

「いや、色々考えて、ここにいるみんなと二人の両親に祝ってもらえれば一番二人共幸せ

かなって」

「そうか、まあ二人で決めた事なら何も言わんが、分かった。で?いつ頃予定してるんだ

?」

「それがまだ具体的には考えて無くて」

社長が何かを考える様に顎を触り、

「なあハジメ、その話、俺に任せてくれないか?」

「社長にですか?」「ああ、立派な結婚式とはいかないが、知り合いに心当たりがあって

な」「ええ俺達は構いませんけどいいんですか?」「ああ任せとけ」

社長は何か嬉しそうにしていた。

次の週の水曜日、社長がハジメに例の披露宴の話をしてきた。披露宴とは言ってもハジ

メ達の考えを尊重してハジメとみっちゃんの両親と会社のみんなだけの旅行だった。

「みんなで熱海温泉旅行はどうだ?」

「温泉ですか?」

「ああ、昔の新婚旅行の定番だ。ホテルでウエディングドレスを着て写真も撮れるそうだ

。どうだろうか」

「じゃあ、みっちゃんに聞いてみますね」

その日の夜、みっちゃんにその話をすると、凄く乗り気だった。

「お父さんとお母さんにも聞いてみるね」

その場でみっちゃんは電話で両親に確認をとり「オッケー」と言った。次の日ハジメの両

親にも確認をとり、熱海温泉旅行が決まった

社長にそれを伝えると、社長は早速ホテルに電話をして日にちを抑えた。

「よしこれでオッケーだ。楽しみだなぁハジメ」

何だか社長の方が嬉しそうだった。

4月末はゴールデンウィークで予約がとれなかった為ゴールデンウィーク後の土日にな

った。社長は早速みんなに電話で予定を伝えていた。勿論みっちゃんの両親とハジメの両

親にも電話していた。ハジメも段々嬉しくなって来た。

その日の夜みっちゃんが帰って来ると凄くハイテンションで「家のお父さんとお母さん凄

く楽しみにしてたよ」と言っていた。「家の親も同じだった。社長に頼んで良かったね」

「うん、良かったね。みんな温泉好きだもんね」

ハジメもみっちゃんも凄く楽しみになって来た。「なんかこれで良かったね。普通の結婚

式より思い出になりそう」みっちゃんのはしゃぎように、ハジメもホントに良かったと思

った。

ゴールデンウィークに入るとハジメの母が早々と横浜に来た。

「みっちゃん元気?」「はい、元気ですお母さんも元気そうですね」「ええ元気元気、温泉

旅行なんて凄く良いじゃない。さすが社長さんね」そう言ってアパートに向かいながらス

ーパーで買い物をした。「母さんホントに家で寝るの?ぎゅうぎゅうだよ」「もちろんよ、


いつも父さんと二人きりで寂しいんだから」「合宿みたいで楽しいですよね」「そうよね」

アパートに着くと買って来たプリンをみんなで食べた。

「どう?調子は」母が尋ねる

「うん、仲良くやってるよ」

「あらやだ、そんな事分かってるわよ。身体の調子よ」

「え?そっち?いや大丈夫だよ」真っ赤になって変な答え方をする。

「大丈夫って何が大丈夫なの」

「いや、順調って事だよ」

「順調ねえ、まあいいわ。みっちゃん、こんばんお店に行ってもいいかしら」

「ええ、もちろん大丈夫です。後で伝えておきますね」

その日の夜、ハジメと母がみっちゃんのお店に行くとみっちゃんの両親が出迎えて、

「ああ、どうもどうもお母さんお久しぶりです。どうぞ奥の方へ。」と案内してくれた。

ハジメの母はお土産を渡すと「どうぞうちの息子を宜しくお願いします」と言って頭を下

げた。

すかさずみっちゃんの両親も頭を下げ

「とんでもない、こちらこそうちの娘を宜しくお願いします」と頭を下げた。

ハジメは母がみっちゃんの両親と改めて顔合わせをしたのを見て、何ともいえない感じで

いた。何か一つの山を越えた様な感じだった。

家族が増えるってこういう感じなのかな、と思った。

そのまま晩御飯をみっちゃんのお店で食べて、

ハジメと母はアパートに帰った。

アパートに帰るとハジメは母に聞いた。

「母さん、結婚するって親どうしはどういう気持ちなの?」

「え?何急に」すこし考えてから、

「そうね、やっぱり結婚する本人達とはちょっと違う感じよね、なんて言ったらいいのか

、親戚の人が増えた感じかな、上手く言えないけど、同じ気持ちの人達?子を思う気持ち

はみんな同じだと思うから、素直になれる人達かな?」「なんか言葉にすると難しいわね

そう言って母は布団を敷いて「ちょうど三組敷けたわ」と言った。

ハジメも母も風呂に入ってテレビを見ていると、みっちゃんが帰って来た。

「ただいま」「お帰りなさい疲れたでしょ」

母が立ち上がってお茶をいれた。

「ありがとうございます。あ、ちょうど三組布団敷けたんですね」

「そうなの、ぴったりよ」

「そんなに凄い?」ハジメが言うと

「凄いわよねえ」「うん凄い凄い、本当に合宿みたい」なぜか二人共興奮気味だった。

テレビを見ながら世間話をしてみっちゃんはお風呂に入り母は台所を片付けて布団に入

った。「やっぱりぎゅうぎゅうはいいわね」と母は楽しげに言った。確かに一人で寝るよ

りいいなあと思った。ハジメは一人暮らしの頃を思い出して、やっぱり一人はやだな、と


思った。

何気ない会話が出来る人がそばに居る事が本当にありがたいと思う。ハジメは去年の事故

以来、その事が骨身にしみている。

「母さん、みっちゃん、明日中華街でも行って見る?」

「いいわね、行きましょうお母さん」

「そうね、行きましょう」

明日の話をしながら眠りについた。

次の日は、すっきりとした春らしい天気だった。せっかくなので朝御飯も中華街に行っ

てなにか食べようという事になって、朝から出掛ける用意をしていた。

「よし、洗濯も終わったし行きましょう」

三人で外に出て歩き出した。

「今日はさっぱりしてて気持ちいいわね」

「そうですね、いい天気」

「うん、いい天気だ」

駅に着いて電車を待っている間、せっかくだから港の見える丘公園に行こうという事にな

った。今の時期、沢山の花が咲いていて凄く奇麗だと言う話になり、じゃあそこを見てか

ら中華街でお昼にしようという事になった。

みなとみらい線の元町中華街駅まで行き、そこからエレベーターに乗るとそのまま公園の

入り口に出た。最近は車椅子でも、どこにでも行けて凄く助かる。公園内をゆっくりと散

歩しながら歩いた。

公園内には色々な花が咲いていた。きれいな色の花が沢山咲いていて本当に見事だった。

花々に蜜を集めにミツバチも飛んでいた。

展望台のベンチからは横浜港が一望出来る。数々の大小の船が見えて港は忙しそうにガン

トリークレーンが動いていた。

「さすが港町横浜ね」と母が言った。

公園内を散策して、お昼を食べに中華街へ降りて行った。中華街の門をくぐるとその中は

お店だらけだった。暫く歩いて何となく美味しそうなお店に入り、ランチコースを頼んで

みた。チャーハン、ふかひれスープ、酢豚、杏仁豆腐がセットになっていた。なかなかの

ボリュームでみんな満足していた。

お店を出ると、中国のお寺があったのでお参りした。ハジメは車椅子なので外で待ってい

た。

その後お土産屋さんを眺めて幾つかお土産を買い、アパートに帰った。

三人共結構歩いたせいか、疲れて少しごろ寝をした。

夕方みっちゃんがお店に行こうとした時、携帯電話が鳴った。みっちゃんの母からで、せ

っかくハジメの母が来ているのだから、お店はいいからと言う電話だった。

みっちゃんは中華街のお土産だけ渡してくるといって店に向かった。

「何だか忙しいのに悪いことしちゃったわね」

と母が言った。

みっちゃんが戻って来て、お土産のお返しに焼き鳥ともつ煮込みを貰って来た。


「あら、こんなに沢山。今晩の夕飯のおかずが揃っちゃったわね。」

「私、ご飯炊きますね」そう言ってみっちゃんは台所に立った。

「サトル君も一緒に晩御飯どうかしら」

母が言うと

「電話してみる?」とハジメが言って電話をかけた。

「サトル来るって」

「じゃあサトル君の分もご飯炊いとくね」

一時間後、サトルはビールやらウイスキーやら色々買って来た。

「こんばんわー」

「いらっしゃい」

「おばさん、お久しぶりです、元気そうですね」

「サトル君も元気そうね」

「はい、なんとか今の所元気です。」

みっちゃんがコップを持って来てテーブルに並べた。

サトルが買って来たビールをコップに注ぎ乾杯をした。

「いやー美味い。やっぱり最初の一杯目は美味いねー」そう言いながらサトルは二杯目を

注ぐ。

「サトル君はゴールデンウィークは帰らないの?」ハジメの母が聞くと

「そおっすね、実家がそんなに遠くないせいかあんまり帰らないですね。なんかこう、わ

ざわざ混んでる時に帰らなくても、いつでも帰れるって頭でいるからですかね?」

「そう、でもたまには帰るんでしょ?」

母が聞くと

「うーん、お正月くらいかなー、ハジメとおばさんみたいに仲良くないし、」

「そっか、まあ連絡ないのは元気な証拠って言うしね」ハジメの母が少し寂しそうに言う

と、みっちゃんが

「サトル君駄目よちゃんと連絡しないと、サトル君のお母さんだって心配してるよきっと

「そうかなー」と言いながら三杯目を注ぐ、

「そうに決まってるじゃない、そういうのは親は言わないだけなんだよ。」

「うーん、そんなに難しく考えた事無いけどなぁ」

「そうですよね、お母さん」

「そうねえ、心配はしてるわよね、言わないだけで、まあ、それぞれ家庭の事情もあるだ

ろうから何とも言えないけど」

「家族の事大事に出来ないなら明美の事紹介できないよ」

「ええっ?何それ、そんな話あるの?」

ハジメがびっくりして聞く

「いや、勘弁してよ、別に俺、家族を粗末になんてしてないよ」

「サトル君はそう思って無くても世間一般ではサトル君がやってる事は家族を粗末に扱

ってるって言うのよ」


「まあまあ、みっちゃん落ち着いて」

ハジメが間に入る

「私落ち着いてるわよ」

ハジメを見た後サトルに目を戻し

「とにかく電話位たまにはした方がいいわよ。親孝行は親が生きている内にするから親孝

行って言うのよ」

サトルはみっちゃんの強い口調に反論できずにただ頷いた。

少しの間があり

「ごめんなさい、少し言い過ぎた」

とみっちゃんはサトルにあやまった。

「いや、いいよ。きっとみっちゃんが言ってる事が正解なんだと思うから、明日やる事無

いし、たまには帰ってみるよ」

「うん、それが良いよ」

ハジメの母が中華街のお土産を一つ出すと、

「サトル君、これ持って行って」と言ってサトルに渡した。

「えっ、いやいいですよおばさん。明日駅でなんか買って行くから」

「いや、いいのよ。サトル君にはハジメもみっちゃんもお世話になってるから、持ってっ

て頂戴」

「ありがとうございます。じゃあ遠慮なく貰いますね」

「で?明美ちゃん紹介してもらう話って?」

ハジメが興味津々でサトルに聞いた。

「いや、ほら、この仕事してると中々女性に接する機会が無いから、みっちゃんに相談し

たら明美ちゃんを紹介してくれるって事になってさ」もつ煮込みをつつきながらサトルは

嬉しそうに話した。

「そっか、良かったじゃんサトル」

「まだどうなるか分からないけどな」

「あら、明美にサトル君の写真見せたら喜んでたわよ」

「えっホント?」

「ほんとよ、嘘なんか言わないわよ」

「やったー」

「サトルは明美ちゃんの写真見たの?」

「うん、見た。すげーかわいい娘」

サトルの顔がデレデレする

「へえ、良かったなサトル」

ハジメもハジメの母も嬉しそうだ。

「やっと俺にも彼女出来るよ」

「まだ明美に会ってないでしょ」

みんなで大笑いする。

そんな話をしながら夜は更けて行った。


「じゃあおやすみなさい」

そう言うとサトルは2階に上がって行った。

「サトル君嬉しそうだったわね」

ハジメの母が言うと

「そうですね、良かったです。サトル君も明美も乗り気で」

片付けをしながら母が

「サトル君は素直だからね、今まで出会いが無かっただけでしょ」

「そうですね、きっと上手く行くと思います」

「俺先に風呂入るよ」

ハジメがバスタオルを持って風呂場に這って行った。

「みっちゃんはハジメのどこが良かったの」

「ええっ、そりゃやっぱり真面目で親孝行な所ですかね。この人なら私の家族も大事にし

てくれるって思ったのが一番かな?」

「そう」母は嬉しそうだった。

「ハジメも同じ事言ってたわ。」

「やっぱり似た者同士って魅かれあうのね」

そう言うとみっちゃんを見てニッコリとほほ笑んだ。

次の日の朝、サトルは実家に帰省した。

なんだかんだ言いながらも嬉しそうな顔をしていた。母は素直と言っていたが、ハジメも

みっちゃんも素直じゃないなあと思った。

掃除、洗濯を終わらせ、ハジメのリハビリがてらお散歩に出掛けた。連休中は病院も休み

なので、自分でリハビリをするようにしていた。近くの公園で鉄棒につかまって立つ練習

をした。ハジメの身体は車椅子を押しているせいか、上半身が以前より大分しっかりして

いた。反対に下半身はひょろっとしていて、アンバランスな体形になっていた。足はいう

事をきかないが、足を突っ張る事は出来た。

なので最近は病院で立って足の筋肉をつけるトレーニングをしていた。

あれから一年近くたって、今の状態が良くなったと見るか、中々良くならないと見るか、

一つの区切りが近づいている気がしていた。

社長に焦らないでいいから。とは言われているが、やっぱりいつまでも良くならない自分

の身体に焦りが無いと言うのは無理がある。

リハビリを終えて少し遠くまで歩こうという事になって、河川敷を歩いた。

この時期は晴れていると、さっぱりしてて気持ちがいい。そのせいか、散歩している人が

いつもより多い気がした。

鳥のさえずりを聞きながら歩いていると、凄く気持ちが良かった。

その時ピリッと首筋に電気が走った様な痛みが一瞬ハジメの首に走った。

ほんの一瞬の出来事だったので特に気にしなかった。

アパートに帰ると、どっと疲れが出てハジメは少し横になると言って布団に入った。

目が覚めると疲れは抜けていたので、いつも通りにしていた。

次の日の朝、目が覚めて起き上がろうとした時、また電気が走った様な痛みに襲われた。


今度ははっきりと痛みが分かるくらいだった。

何か嫌な感じがしてみっちゃんと母にその事を話した。連休明けになって病院でその事を

伝えると、一度精密検査を受けてみようという事になり、予約をしてその日は帰宅した。

電気が走った様な痛みはその後も起きる様になっていた。

熱海旅行の前日の夕方、ハジメの父がやって来た。さすがにハジメのアパートに全員が

寝るのは無理なので父と母はホテルを予約していた。

「みっちゃん元気にしてたかい」

お土産を渡しながら父は

「ちょっとみっちゃんの両親に挨拶して行こうか」と言うのでお店に向かった。

まだ時間が早いせいか、お店の中は空いて居た。

「初めまして、ハジメの父です」と言って厨房に居る、みっちゃんの両親に挨拶をする、

それを見てみっちゃんの両親も慌てて厨房から出て来て挨拶を交わした。

「やあどうもどうも、遠いところお疲れ様です。どうぞこちらへ」

そう言って奥のテーブルを進めた。

「ちょっとお父さん、ハジメ君のご両親、ホテル予約してるんだから」

そう言って止めようとすると

「いや、大丈夫だよみっちゃん、ホテルの方は朝食だけ頼んであるから、」

「そうですか?じゃあゆっくりしてって下さい。今ビール持って来ますね。お母さんとハ

ジメ君もビールでいい?」

「ありがとうみっちゃん」

そう言ってみんなテーブルに座った。

厨房からみっちゃんが戻って来るとコップにビールを注いで乾杯をした。

「鈴木さんゆっくりしてって下さいね」

みっちゃんの両親は乾杯をした後厨房に入って行った。

「いい感じのお店だな、落ち着く感じだ。」

「そうでしょ、私もそう思うわ」父もみっちゃんのお店が気に入ったようだ。

「ここはいつからやってるんだい?」

「私が小学校に上がる前かな?あんまり覚えてないですけど」

「そっか、長い間頑張って来たんだね」

「お待ちどうさま」

みっちゃんのお母さんがお皿一杯に焼き鳥を持って来てくれた。

「おお、こりゃ美味しそうだ。ありがとうございます」

「いっぱい食べて下さいね。明日は宜しくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。」

「うちは商売してるから旅行なんて何年振りか、何年どころじゃないわね何十年かしら、

今からそわそわしてますよ」

「いやぁ明日は目一杯楽しみましょう」

「そうですね、楽しみね」

みっちゃんのお母さんが厨房に帰って行くと


ハジメの父が焼き鳥を一本かじり、

「おお、美味い」と言った。

お腹いっぱい食べてみっちゃんのお店を後にすると、駅までハジメの両親を送った。

「じゃあまた明日」

次の日の朝10時に新横浜駅で待ち合わせをしハジメ達は別れた。

みっちゃんはお店を手伝ってから帰ると言うのでハジメは先にアパートに帰った。

次の日の朝、外は気持ちのいい青空が広がっていて最高の天気だった。

ハジメ達はみっちゃんの両親と一緒に駅に向かった。

「お天気になって良かったわね」みっちゃんのお母さんが言い、みっちゃんが「本当、良

かったー」と言った。

新横浜の駅に着くと、もうみんな集まっていた。

「おはようございます。」

みんなそれぞれに挨拶を交わし、新幹線の改札をくぐった。

待ち合わせ室で待っている間、みんな売店でビールを買って飲み始めた。

10分前になって、そろそろホームに行こうと社長が言いホームに上がった。

ハジメは駅員さんに押されてエレベーターでホームに上がった。

間もなく新幹線が到着してみんなで乗り込んだ。ハジメも駅員さんに乗せてもらい、「降

りる時も係員が来ますので、」と言って駅員さんは降りて行った。

新幹線が走り出しサトル達が乾杯をしているともう小田原近くまで来ていた。

「もう小田原か」

みっちゃんの両親が信じられない顔をして外を眺めた。

「ホントに新幹線って早いですよね」と社長の奥さんが言い

「その次はもう熱海ですよ」と社長が言った。

ほんの35分位で熱海に着き、ホームでは駅員さんがハジメを下すために新幹線が到着す

るのを待っていた。

改札を出ると商店街を歩きながら土産物を見て回った。

ホテルに向かいながら歩いていると、間欠泉があると言うので見に行った。

そこに行くと間欠泉が噴出する時間が書いてあった。

「へーあと10分位で噴出するって書いてあるよ」サトルが言って「じゃあ見て行こうか

と斉藤さんが言うのでみんなでその時をまった。時間が来ると、地面の底から蒸気が上が

って来る音が聞こえ、一気に温泉が噴出した。30秒位だろうか、勢いよく上がった温泉

は徐々に高さが低くなりシューと言う音と共に消えて行った。

「うわー凄かったね」とみっちゃんが言い、みんな口々に凄かった凄かったと言っていた

ホテルに着くと荷物を預けて熱海城に行こうという事になった。熱海城はお城の形をした

博物館だった。昔の資料や武器やほら貝が展示してあって面白かった。

展望台からは初島が見えた。親水公園と言う海岸沿いの道を散歩しながら、どこかでお昼

を食べようという事になり、海鮮料理のお店があったのでそこに入った。みんなそれぞれ


に注文をして食事が届くまでの間、ビールを頼んで乾杯していた。

ハジメとみっちゃんは海鮮丼を頼んだ。

食事が終わると午後からは各自行きたい所に別れた。ハジメの両親とみっちゃんの両親達

は、みんなでガラス工房があるという事なので行ってみる事にした。電話で確認をすると

体験の予約がとれたのでタクシーで向かった。

ガラスのコップを作る体験で、一人30分位の体験だった。みんな思い思いのコップを作

りホテルに戻ることにした。

ホテルでチェックインを済ませ各自部屋に入って宴会の時間までゆっくりすることにな

った。ハジメもみっちゃんも疲れて横になった。

いつの間にか二人共寝ていてアラームの音で目が覚めた。「もうこんな時間、ハジメ君行

こう」ハジメを起こして宴会場に向かうと社長と社長の奥さんが待っていてくれて、ホテ

ルの人に伝えた。「じゃあ、また後でな」そう言って社長夫妻は自分達の部屋に帰って行

った。ハジメとみっちゃんが着替えを終わらせた頃、時間になってみんな宴会場に集まっ

て来た。

「うわーみっちゃん凄く奇麗よ」ハジメの母も社長の奥さんもみっちゃんのお母さんも、

みんな驚いていた。

「宴会を始める前にみんなで写真を撮ろう」

社長がみんなを整列させて写真を撮って貰った。二人だけの写真も家族との写真も撮って

貰った。

「今日はささやかですが、我々で鈴木ハジメ君、中田美智子さんの結婚のお祝いをさせて

頂きます。みんなで乾杯しましょう。では、乾杯」

みんなで乾杯をして一人ずつマイクを持ってお祝いの言葉を、はじめとみっちゃんにかけ

た。

二人共感極まって涙を流した。

こんなに最高の結婚式は無いと思った。

一番祝って欲しい人達に祝ってもらって二人共最高に幸せだと思った。

ハジメの両親もみっちゃんの両親も本当に嬉しそうだった。

特にみっちゃんのお母さんは娘のウエディングドレス姿を見て号泣していた。

五十嵐さんも斉藤さんもサトルもみんな貰い泣きしていた。

宴会が終わり、サトル達の部屋で二次会をやろうと言われハジメとみっちゃんは着替え

てからいくからと言ってみんなと別れた。

部屋に戻り着替えを済ませてサトル達の部屋に入ると

「ああ、来た来た、」と言ってサトルが手招きをした。全員そのままの流れでサトル達の

部屋に来て吞んでいた。

「遅くなりましたー」

「お疲れさん。何呑む?」

社長がいい、「じゃあ私ハイボールで」「ハジメは?」「じゃあ俺もハイボールで」

「二人共ハイボールでいいの?」

そう言いながら二人にハイボールを手渡す。


「今日の写真後で送ってくれるって」

「ありがとうございます。一生の記念になります。」

「大げさだなぁ、でもそう言ってくれると嬉しいよ」

「いや、ほんとですよ、こんなに最高の結婚式、他に無いですよ」

「ハジメ吞んでるか」サトルが酔っ払いながらコップを持って来た。

「呑んでるよ、サトル吞みすぎだろ」

「そんな事ねえよ。まだまだこれからだって」

「何がこれからなんだよ。ちょっと水飲めって」サトルに水を飲ませようとすると、サト

ルは酔いつぶれて寝てしまった。

「しょうがないなぁ」社長が布団に寝かせてやる。

「それでハジメ達はいつ籍を入れるんだ?」

「明後日の月曜日に出しに行きます」

「そうか、良かったな、おめでとう。」

二人共頭を下げお礼を言った。

「父さん達もだいぶ出来上がってるみたいだな」楽しそうに話している両親達を見てハジ

メもみっちゃんもそっとしておこうと思った。

翌朝ハジメはみんなの手を借りて大浴場で温泉に浸かった。身体の芯まであったまって

疲れが取れた気がした。

みっちゃん達も朝風呂に入りに行った。

「朝からゆっくりお風呂に入るなんて幸せね」

と言いながらみっちゃん達もお風呂を楽しんだ。いつも休みなく働く母に少しは親孝行で

きたかな?とみっちゃんは母の笑顔を見ながら思った。お風呂を出て朝食をとり少し休ん

でから約束の時間にロビーにみんな集まって来た。チェックアウトを済ませ、今日は三島

迄行って三島大社を見てうなぎを食べて帰ろうという事にしていた。

東海道本線に乗って三島に着いて、三島大社迄バスで向かった。三島大社でお参りをして

三島大社の並びにあるウナギ屋さんでお昼を食べて帰りに源兵衛川を見ながら三島市立

公園の楽寿園を見学して三島駅に向かった

三島駅から帰りも新幹線で新横浜迄帰った。

やっぱり40分位で帰って来た。みんな新幹線の速さにすっかり魅了されていた。

新横浜駅で解散となりハジメ達はアパートに帰って行った。ハジメの両親はみっちゃんの

実家に泊めてもらう事になった。お互いの両親が仲良くしているのを見てハジメもみっち

ゃんもホッとしていた。

一旦家に帰って荷物を置いてから、みんなで晩御飯でもどうかと社長が言って、結局全員

また集まることになった。どこで食べようかとなって、じゃあ家でやろうとみっちゃんの

両親が言ってくれた。社長は疲れてるのに悪いからいい。と言ったが、動いている方が楽

だからと言って聞かなかった。

社長達全員は、じゃあ自分達も手伝おうという事になった。

みっちゃん達も荷物を置いてお店に向かった。お店に入るとみんなで支度を始めて、あ

っという間に段取りが付いた。みっちゃんの両親もゆっくり出来る様に先に料理を作って


、それから乾杯をした。あれこれ昨日今日の話をしながらみんなで一緒に摂る食事は楽し

かった。片付けもみんなで一緒にやった。奇麗にお皿も洗って全て片付けが終わってから

、解散をした。アパートに帰ってシャワーを浴びて布団に入ると二人共いつの間にか眠っ

ていた。その日ハジメは熱海旅行の夢を見た。

あちこち見て歩くハジメは車椅子ではなく、みっちゃんと腕を組んで歩っていた。

みっちゃんもハジメに寄り掛かりながら楽しそうに歩いていた。ふと夜中に目が覚めて足

に力を入れてみるが、いつもの動かない足だった。

次の日の朝、朝御飯を食べて掃除洗濯を終わらせるとリハビリに向かった。みっちゃん

も一緒に出掛けた。今日は婚姻届を出す日なのだ。病院でリハビリを終えると、その足で

二人は区役所に向かった。区役所の戸籍課を尋ねると書いてきた婚姻届と二人の運転免許

証を出した。椅子に座って待っていると名前を呼ばれ内容の確認をして受理された。

受付でおめでとうございます。と言われみっちゃんの運転免許証の名字変更のための案内

と書類を受け取り二人はそのまま警察署を訪ねて名字の変更手続きを済ませた。

「けっこうやる事あるんだね」

ハジメがのんきに言うと

「あら、まだあるわよ。この後苗字の変更が終わった運転免許証を持って銀行に行って苗

字の変更とクレジットカードもそうね。それから生命保険もそうだし、旧姓で登録してる

ものは全て変更手続きするのよ」

「そっか、そりゃ大変だ」

「なんかハジメ君他人事だね」

「ええっそんな事ないよ。素直に大変って思っただけだよ」

「冗談よ、嬉しい変更は大変じゃないですよー」みっちゃんはそう言って舌を出した。

帰って来ると二人の両親が待っているお店に向かった。籍を入れに行くのを聞いていたの

で家族でお祝いをしようとハジメの両親は仙台に帰るのを1日伸ばし、みっちゃんの両親

も今日は急遽お店を休みにしていた。

「ただいまー」階段の上の方に向かってみっちゃんが声を掛けると2階から父が顔を出し

た。

「どうだ、無事終わったか?今下に行くから下で待っててくれ」

間もなくみんな2階から降りて来た。

「無事婚姻届提出して来ました」

「お疲れ様、ハジメもお疲れ様」

みんなに言われてなんか照れるなぁと思った。

「今日からここにいる全員が家族だな」

みっちゃんの父が言うと

「そうですね、家族がふえましたね」

とハジメの父が言った。

「疲れたでしょ、ちょっと休んで来たら」

ハジメの母が言い、二人は一旦アパートに帰った。

夕方待ち合わせの時間にお店に行くと、みんなお店に降りて待っていた。


「じゃあ行こう」みんなでみっちゃんの父の知り合いのお寿司屋さんに行った。

「こんばんわー」

暖簾をくぐるとハジメの為にテーブル席の場所を確保してあった。

「悪いね、わがまま言って」

「いやいや、いいんだよ気にしないで、今お絞り出すから掛けて掛けて」

そう言ってみんなを席に案内するとおしぼりを渡した。

「じゃあとりあえず乾杯しようか」

みっちゃんの父がみんなのコップにビールを注ぐと、

「それじゃあハジメと美智子の結婚と新しい家族に乾杯」

「乾杯」

みんな一気にビールを飲み干し「ああっ美味い」と言って笑った。

先に頼んであったお寿司が次々と運ばれて来てテーブルがいっぱいになった。

お寿司を食べながら昨日までの熱海旅行の話で盛り上がった。

みっちゃんの両親は真面目一筋で殆どこれまで旅行なんてしたことが無かったから、本当

に嬉しそうに旅行の出来事を話していた。

ハジメの父がお店の休みを聞くと、お正月位かな?と言うので、それなら今度のお正月に

は仙台に来て一緒に温泉に行こうと提案していた。みっちゃんの両親はとても嬉しそうに

して是非ともお願いします。と言っていた。

話を聞いていたマスターが鯛の刺身を尾頭付きで持って来た。

「おめでとう。これはうちからのお祝いだ。遠慮なく食べてよ」

みっちゃんの父は頭を下げ「すまねえな、よっちゃん」と言った。みんなもお礼を言った

マスターは照れ臭そうにしていた。

すっかりおなか一杯になって、お寿司屋さんを後にした。お店に帰る途中、ケーキを買

って帰った。

お店でケーキを食べながらビールを呑んだ。

女性陣は、せっかくのケーキなのにもったいない。と言ってお茶を飲みながら話をした。

話は途絶える事が無かった。みっちゃんの子供の頃やハジメの子供の頃の話にまで話が広

がっていた。

夜もだいぶ更けて来てみっちゃんが片付けを始めると、「お前たちもこっちで寝るか」と

みっちゃんの父に言われた。

「何言ってんの、ハジメ君階段無理じゃん」

そう言われて、「そうだよなぁ」と寂しそうな顔をしたのを見てハジメの父が、

「よし、駄目かどうかチャレンジしてみよう」

と言い「ハジメ、階段の前に行って見な」と言った。

「いや、無理でしょ」

「無理かどうかやってみないと分からないだろ」そう言って聞かないので仕方なくハジメ

は階段の前に行った。

「よし、じゃあやってみるか。」


「どうやってあがるの?」

ハジメが聞くと、ハジメの父が話し始めた。

「先ずはハジメが階段に座って、一段づつ腕の力で上がっては座る。その上がる時に我々

が足を持って補助をする。それを続ければ上がって行けると思うんだが、幸い階段も広い

し」

「降りる時は?」

「降りる時はその逆で行けると思うが」

何はともあれ一度やってみようという事になった。

階段に腰掛け、一段上がって見る。

「意外と軽いな。よしもう一段、せーの」割と上手く行く。「どうだハジメ、つらいか?

「いや、大丈夫」ハジメも意外そうだ。

「じゃあもう一段、せーの」

一段づつゆっくりと上がって行く。

そして、それを繰り返し繰り返ししているうちに2階にたどり着いた。

「おおっ凄い2階に着いたぞ」

みんな信じられない顔をしていた。

「やったなハジメ」みっちゃんの父も喜んでいる。

「ただ、上手く降りれるかな?」

「上がったんだから降りれるだろ」

ハジメの父が何の不安もなく言う。

「そうかな、なんか不安だけど、もう上がっちゃったもんね」

「明日にはもっといい考えが浮かんでるよ」

そう言って今日はみんなで一緒にみっちゃんの家で寝る事になった。

みんなの布団を敷き川の字に布団を並べられなかったが、なんとか人数分の布団を敷く事

が出来た。

「あ、そういえばみっちゃん家に上がったの初めてだ。」

「そう言えばそうだな」みっちゃんの父が言った。なんかおかしくなって笑った。結婚し

た初日に降りれるかどうかも分からないのに階段を上がる大冒険をして、初めて嫁さんの

実家に泊まるって、なんか現実離れしてるなと思った。みっちゃんがアパートから着替え

を持って来てくれて着替えた。ついでにみっちゃんの部屋も見せてもらった。スッキリと

片付いた女の子らしい部屋だった。

なんか頑張って上がったご褒美を貰ったみたいな感じがした。

みんなで並んで寝ると子供の頃、おばあちゃんちに泊まりに行った時みたいだなと思った

実家に居た時も一人で寝ていたし、

ああ、そうか、アパートで母が言っていた感じだ。と思った。ぎゅうぎゅうがいいってこ

ういう事だな。なるほどな、これか。と思った。

次の日の朝、目が覚めるとハジメとみっちゃんの父が作戦を練っていた。


「やっぱり下りはうつぶせの方がいいでしょう。」

「おはよう、どうしたの?」

「いや、降りる時に上った時の様にやるとハジメの腕に無理が掛かるだろ。だから今度は

うつぶせの姿勢で降りて行かないと無理だと思うんだ」

ハジメは仰向けで降りる時の腕と肩の動きをイメージした。

「確かに無理があるね」

「だから今度はうつぶせの姿勢で肩車するみたいにハジメの股の間に首を入れて同じ姿

勢になって一段づつ降りたら上手く行くと思うんだが」それもイメージしてみた。確かに

その方が自然だ。

「うん、そうだね、なんかその方が上手く行くような気がする。」

「そうだろ、よしそれで後でやってみよう」

やり方が決まって朝御飯を食べた。

朝御飯を食べ終わると、いよいよ階段を降りようという事になった。一応ハジメの身体に

ロープを括り付け階段の上でみっちゃんの父がハジメを支えた。そして階段を一段降りた

辺りにハジメの父が待ち構える。

ハジメが階段の降り口で先ず座った姿勢になる。それから距離を測ってうつぶせになる。

その時ハジメの父がハジメの股の間に首を入れて肩車の状態になる。万一に備えてハジメ

の母とみっちゃんがハジメの父の腰に手をやる。これで降りる体制は整った。

「よしハジメ一段づつ行くぞ、せーの」

一段降りた。

「どうだ、行けそうか?」

「うん、こっちは大丈夫」

「よし、もう一段、せーの」

もう一段降りた。

「行けるか?」「うん」「よし、せーの」

その後も一段一段、ゆっくりと降りて行く。

父が1階に到着した時ふと疑問が浮かんだ。

「ここからどうしたらいいんだ。」

ハジメは足を踏ん張るリハビリをしているから一瞬なら肩車を辞めても大丈夫だと言っ

た。

「よし、俺がロープで支えている内に抜けてハジメを抱っこしよう」とみっちゃんの父が

言った。みっちゃんとハジメの母も階段に足を掛けハジメを支える。「よし、じゃあ抜け

るぞ。せーの」

ハジメの父がハジメの股から首を抜き、よろける前にハジメに覆いかぶさって身体を支え

た。

「よし、上手く行った。ハジメ、一段づつ降りるぞ、せーの」

残り三段を滑り台を滑り降りる様に降りた。

「やった。降りれた」

みんなどっと疲れが出た。


「良かった良かった」

「いやあ朝から大騒ぎだったなぁ」

「何言ってんの、お父さんが言い出したんじゃない」みっちゃんが凄い勢いで怒る。

「ごめんごめん。こんなに大変な事になるとは思わなかった」

「まあまあみっちゃん、何事も無かったことだし、みんないい思い出になったでしょ」

「なんか疲れた。今日はリハビリはもういいかな?」

ハジメの一言にみんな笑った。

「そうね、もう今日の分、十分リハビリしたわよ」ハジメの母が言って

「さあ、お父さん、私達は仙台に帰るわよ」

と言い横浜の旅はおわった。

みんなで東京駅まで送ってハジメの両親と別れた。

「楽しかったな」みっちゃんの父が言った。

「そうね、でも寂しいわね」みっちゃんの母が言った。

「あら、お父さんお母さん、分かってないわね、家にも田舎が出来たのよ」

「そうだね、今度のお正月にはみんなで田舎に行きましょう」

帰りの電車の中でみっちゃん達は田舎の話を沢山みっちゃんの両親に聞かせた。

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