離れがたい相手が、呼びに来るのだという。


「夜間に客が訪れて、応対に出た人間を連れていってしまったまま、戻ってこないのです」


 子を亡くした母の元に亡き子供が。妻を亡くした夫の元に亡き妻が。母を亡くした息子の元に亡き母が。友を亡くした男の元に亡き親友が。恋人を亡くした娘の元に亡き恋人が。


 そんな間柄の人間が、夜も更けた頃に、家の門扉を叩くのだという。そして応対に出るのは、なぜか毎回決まって訪問客と縁の深い人間だと決まっていた。


 訪問客に呼び出された人間は、家人がどれだけ引き留めてもフラフラと訪問客の後について外へ出ていってしまう。


 家人が慌てて追いかけるも、門扉から外へ出られたら最後。呼び出された人間も訪問客も煙のように消えてしまって、二度とは戻ってこない。


「どれだけ厳重に戸締まりをしていても、夜間に外から音が聞こえてきても出ないようにと周知しても駄目なのです。客は必ず門扉を叩き、家の中の人間はなぜか必ず誰かが答えてしまう」


 そんな事件が、すでに十五件以上起きている。


 最初の事件が起きたのは三月みつきほど前。町長がはくほうざんしゅう家に修祓依頼の嘆願書を出した時点で、被害は十三件十六人。れいれい達が到着するまでに二件増え、被害は十九人にのぼっている。


 ──被害が急激に大きくなっているわね。


 ここまでの流れは、おおよそと同じだ。被害の規模と進行速度も一致している。


 ──事の中心にいるのは食人鬼。幻術で『相手が望む姿』を見せることができる小鬼を手下に抱えていて、訪問客の正体はその小鬼。を効率よく手に入れるために、結託して一連の事件を起こしていたっていうのが真相だったわけだけども。


 前回の時、麗麗は師兄弟達と町に留まり、人々を守るための結界の維持と、誘拐役の小鬼の討伐を担っていた。


 当初は翠熙も同じような役回りだった。……というよりも、親玉的存在がいることに当初麗麗達は気付いていなかったから、結界展開役と討伐役の二手に分かれていて、麗麗と翠熙は同じ役回りを担っていた。


 そんな中で町の外にも巨大な邪気が存在していることに翠熙は気付いた。小鬼達が一目散にそちらへ逃げ込もうとしていることに翠熙が違和感を訴え、しかし持ち場を離れるわけにもいかなかったから、麗麗が翠熙の分まで持ち場を引き受けて翠熙を送り出した。


 結果、翠熙は小鬼達の親玉であった食人鬼へ行き着き、一人で親玉の討伐に臨むことになった、というのが前回の流れだ。


 ここまでの流れが前回と今回で同じということは、今のところ同じように事件は推移していると考えて問題ないだろう。


 前回の麗麗は、親玉である食人鬼の根城を直接見てはいない。だが翠熙が書いた報告書には目を通した。状況が同じであるならば、今の麗麗にも十分に討伐は可能だろう。


 ──とはいえ、前回は私と翠熙すいきが揃っていた。今回、翠熙はいない。


 情報と知識という面では麗麗に有利だが、あの時ほどの戦力はこちらにない。気を引き締めていかなければ、足元をすくわれることになるだろう。


「みんな、準備はいいわね?」


 町長から借り受けた部屋に秀鈴しゅうりんを伴って踏み込んだ麗麗は、一度グルリと視線を巡らせると凛と声を張った。


 部屋の中心には法陣が敷かれている。描き込まれた線に沿って淡い燐光が舞っているのは、その陣がすでに起動している証拠だ。


「事前に説明した通り、ここに残るみんなは結界展開維持して町の人々を守って。外へ出るみんなは、『訪問客』を語る邪妖を発見しだい討伐。万が一町の人々がすでに邪妖に捕まってしまっていたら、人命第一で行動を」

「はいっ!」


 この部屋に置かれた法陣は、ここを起点に町全体に破邪退魔の結界を展開している。さらに各戸に配布した退魔符がきちんと門扉に貼られていれば、邪妖はその家を訪れることはできない。


 今宵この町へ入り込んできた邪妖は、誰の家を訪うこともできずにあぶれるはずだ。そこを町の中に散開した祝家の門弟で討伐する、というのが今回の計画だ。


 ──私がその間にひっそり町を飛び出して、食人鬼の根城を掃討してしまえば、それでおしまい!


 翠熙が『救国の仙君』とあがめられることはなくなり、引いてはりん王宮が翠熙に目をつけることもない。これで一生安泰などと甘いことは考えていないが、ひとまず直近の窮地をやり過ごすことはできる。


 ──しくじるわけにはいかないわ。


 翠熙のためにも。自分のためにも。


 邪妖の被害に苦しむ、この町の人のためにも。


「今の私の指示は、すでに外で待機しているみんなにも、伝送符で伝わっているわ」


 火欧かおうを握った左手にキリッと力が入るのを感じながら、麗麗はバッと右腕を振り抜いた。髪紐と腰帯の水晶飾りがシャラリと揺れ、部屋を満たしていた燐光をキラキラと反射させる。


「さぁ、作戦開始よ!」

「はいっ!」


 麗麗の指示に、師兄弟達が凛と声を張る。


 その声を背に、麗麗は単身、屋敷の外へと飛び出した。

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