第13話「朝焼けの旅立ち」
8月15日、午前5時。
曙浜港は、ほのかな朝焼けに包まれていた。東の空が淡い朱色に染まり、海面には微かにゆらめく光の帯が伸びている。
フェスティバルの翌日とは思えないほど静かで穏やかな朝だった。
その港の防波堤に、雄太が一人立っていた。荷物は小さなバックパック一つだけ。
潮風が頬を撫でるたびに、彼はゆっくりと深呼吸を繰り返していた。
(……本当に、良い町だった)
胸の中に、商店街の人々の笑顔が次々と浮かぶ。優愛の冷静さ、真理の知的な鋭さ、知樹の素直な情熱、智の柔軟な機転、梨絵の明るさ――そして支えてくれた町のみんなの姿。
「――もう行くつもりなの?」
ふと背後から声がした。振り返ると、そこには5人が揃って立っていた。
優愛、真理、知樹、智、梨絵。
皆、それぞれ眠そうな顔をしていながら、静かに笑っていた。
「どうしても、見送りたくてね」優愛が穏やかに言った。
「朝焼けの港なんて、ドラマみたいじゃない」真理も冗談めかして微笑む。
「最後くらい、ちゃんと握手して送り出させろよ!」知樹が拳を握る。
「まだ寝てたい気分だったけどさ……やっぱり来てよかったよ」智が肩を竦める。
「うん……私も、絶対来たかったの」梨絵はもうすでに目に涙を溜めていた。
雄太は、ゆっくりと微笑んだ。
「……皆さん、本当にありがとうございます」
「また出た、“魔性の感謝力・旅立ちの朝編”!」知樹が茶化して全員が笑う。
静かな波音だけが、そっとその場を包み込んでいた。
6人は自然と丸く輪になって立った。
「本当に行くのね?」優愛が静かに確認する。
「ええ。でも、いつでも戻ってこれますから」雄太が柔らかく答えた。
「次は、どこに向かうの?」真理が問いかける。
「まだ決まっていません。でも、どこかで誰かの役に立てる場所を探します」
「ほんっと、ぶれない男だよな……そこが羨ましいくらいだわ」知樹が呆れたように笑う。
「でもさ、もし次の町で困ったら、連絡してよ?」智が真剣な表情で言う。
「もちろんです。皆さんの連絡先はずっと大事にします」
「わああ……もうダメ、泣く……!」梨絵がぼろぼろと涙をこぼし始めた。
「ほらほら、梨絵。そんな顔で送り出したら雄太が困るわよ」真理がそっと肩を抱いた。
「ううん、でも……だって、寂しいもん!」梨絵はぐしぐしと目を拭う。
「寂しくないと言ったら嘘になるわね」優愛も静かに続けた。「でも、私は……誇りに思ってるの。あなたがまた、誰かの力になれるってことを」
「ありがとう、優愛さん」雄太は深々と頭を下げた。
ゆっくりと朝日がさらに昇り、港の水面が黄金色に輝いていく。
「じゃあ――」知樹が両手を前に差し出した。「最後に、もう一度だけ」
6人は自然と拳を重ねた。
「友情の円陣、再結成!」智が声を張る。
「うん!またいつでも戻ってきて!」梨絵が笑顔になった。
「次に会うときは、またそれぞれの“強み”を増やしていましょうね」真理が静かに微笑んだ。
「……皆さんと出会えて、本当に幸せでした」
雄太のその言葉が、朝焼けの空に柔らかく溶けていった。
港の片隅には、小さな観光フェリーが停泊していた。
「本当にシンプルな荷物ね」優愛が雄太の肩掛けバッグを見て苦笑する。
「必要最低限だけ持っていれば十分です。新しい場所には、また新しい出会いがありますから」雄太が淡々と答えた。
「……あなたのそういうところが、ほんっと魔性なのよ」真理が肩をすくめた。
「今からでも巨大な横断幕用意して、町中挙げて見送りしたいくらいだぜ」知樹が冗談めかして言う。
「それ、逆にプレッシャーになっちゃうよ」智が笑う。
「でもさ、また曙浜のこと、誰かに語ってね?『あの町にはすごく楽しい仲間たちがいた』って!」梨絵が元気よく言った。
「もちろんです。どこに行っても、曙浜は僕の“最初の町”ですから」雄太は力強く答えた。
「……よし、じゃあそろそろ行こうか」知樹が静かに区切りを入れる。
6人はフェリー乗り場までゆっくり歩き出した。
波打つ海面が、朝日を受けてきらきらと眩しく光っている。
「本当に静かな朝ね」真理がつぶやいた。
「きっと、また新しい始まりの日なんだと思う」優愛が優しく応じた。
「うん……きっと!」梨絵が両手を広げるようにして朝の空気を吸い込んだ。
「お前が去るのに、何だかすげえ前向きな気分だわ」知樹が笑う。
「うん。寂しいけど……ちゃんと前向きだな」智も小さく頷いた。
雄太は皆の顔をひとりひとり見つめたあと、深く頭を下げた。
「本当に、本当にありがとうございました」
その静かな感謝の言葉が、また6人の心を温かく包んでいった。
フェリーの乗船開始を告げるアナウンスが流れた。
「……じゃあ、行ってきます」
雄太が最後にもう一度微笑む。
「行ってらっしゃい!」梨絵が両手を振る。
「また必ず顔見せに来るのよ」真理が指をさす。
「次に会った時は、こっちももっと成長してるからな!」知樹が胸を張る。
「いつでも連絡待ってるから!」智が拳を突き出す。
「あなたの歩く先にも、また素敵な出会いがありますように」優愛が柔らかく祈るように言った。
雄太は静かに6人を見渡し、小さく拳を突き出した。
「……また皆さんと、拳を重ねられる日を楽しみにしています」
6人の目が潤みながらも、笑顔は崩れなかった。
フェリーの甲板に上がった雄太は、最後に港の仲間たちに大きく手を振った。
「また会いましょう!」
「またねー!!!」
波が静かにゆらぎ、朝日に照らされたフェリーがゆっくりと港を離れていく。
港に残る5人は、しばらく無言でその背中を見送っていた。
やがて、知樹がゆっくりと口を開いた。
「……なんだろな、妙に清々しいな」
「ええ……不思議と寂しさより、誇らしさが勝ってるわ」真理が頷く。
「私、今日からまた新しい町のことももっと知りたくなったよ!」梨絵が目を輝かせる。
「俺も改めて技術の勉強、もっと深めるかな」智がポケットに手を入れる。
「私も……町の防災と運営、さらに高みを目指すわ」優愛の目は静かに力強かった。
「……そうやってまた成長して、次に会うとき、胸を張れるようにしよう」知樹が言った。
5人は自然と笑顔を交わし合った。
港の静けさの中、5人はゆっくりと歩き出した。
「それにしても……春のあの雨の日から、まさかこんな絆が生まれるなんてね」真理がしみじみと呟く。
「あの時、みんなでアーケードで雨宿りしてさ。あれが全部の始まりだったんだよね」梨絵も懐かしそうに微笑む。
「古書店での未投函ラブレター、あの箱を持ち上げてくれた雄太の姿が今でも忘れられねえよ」知樹が思い返す。
「そこからフェスティバル、倉庫の修復、台風対応、議会プレゼン……全部が積み重なって今日に至ったんだな」智がしみじみと振り返る。
「偶然の出会いが、こうして町の新しい未来を生んだのよ」優愛が静かにまとめた。
しばらく歩いた先で、朝日がさらに高く昇り始めた。
町の商店街にも少しずつ人が出始め、いつもの生活の音が戻ってくる。
「ああ……やっぱりこの町、好きだなあ」梨絵が深呼吸するように空を仰ぐ。
「私たちの“物語”はこれからも続くのよ」真理が優しく微笑む。
「うん、そうだな。雄太は旅立ったけど、俺たちの毎日はまたここからだ!」知樹が力強く言った。
「じゃあ、今日も張り切っていきますか!」智が明るく手を上げる。
「そうね。まだまだ忙しい日々が待ってるわ」優愛がきっぱりと頷いた。
5人は自然と笑顔になり、商店街の朝に溶け込んでいった。
新しい一日が、また始まったのだった。
数日後。
古書店「汐風文庫」のカウンター奥では、5人が再び集まっていた。
「雄太くんから手紙、届いたわよ」優愛が封筒を掲げた。
「ええっ!? もう次の町に着いたの?」梨絵が身を乗り出す。
「読んで読んで!」知樹も笑顔になる。
優愛が手紙を開封し、皆に向けて読み上げる。
『皆さん、お元気ですか? 僕は今、次の町で新しい日々を始めています。まだ見知らぬ土地ですが、ここにも温かな人たちがいます。皆さんと過ごした曙浜の時間は、僕の宝物です。どこにいても、僕はいつでも皆さんの友達です。いつかまた、お会いしましょう』
読み終えた瞬間、自然と全員が微笑んだ。
「やっぱり変わらないわね」真理がしみじみと呟く。
「うん、あいつらしい」知樹が小さく笑う。
「また会える日が楽しみだね!」梨絵が目を輝かせる。
「それまで私たちも、この町をもっと素敵にしておこう」優愛が静かに言った。
「雄太が帰ってきた時、“驚くくらい変わったな”って言わせようぜ!」智が拳を握った。
全員が頷くと、カウンター奥の古書店に朝の日差しが優しく差し込んだ。
6人の物語は、それぞれの道で続いていく。
――そしていつか、また交わる日が来ることを信じて。
第13話 完
魔性の男と、町の奇跡 ~雨のち晴れ、そして絆が紡ぐ物語~ mynameis愛 @mynameisai
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