地図にない場所
記録:2025年8月7日 「浮牧村自治会」旧フォーラム転載ログ)
投稿者:halfborn_02
スレッド:「再:あの“地図”を見たことがある人」
No.439
もう終わったと思ってたんですけどね。
先月、また“あの地図”を見たんです。
いや、正確には「似た構図のもの」と言うべきなのかもしれません。前にこのスレに書いたんですが、かつて浮牧周辺の地図には載っていなかった“地形の歪み”を示す線が、某大学の地質調査報告に記録されてたって話、覚えてます?
そいつがね、別の資料に「転写」されてたんです。
しかも、自治体の配布する観光パンフレットの裏に。
当初気づかなかった。掲載されてたのは「神話を辿る三日間モデルコース」の地図で、浮牧の東にある古社や、失われた郷の名前が図示されているものでした。観光客向けのイラスト地図って感じですね。だけど、そこに明らかに異常な“蛇行する一本の線”が書き込まれていた。
赤い線です。
地図の凡例にはない色でした。まるで勝手に誰かが手描きで追加したかのような。
だけど印刷ミスじゃない。少なくとも自分が回収した数部のパンフレット、全てにその線があった。
…それ、前に見た“あの地図”と同じ形だったんです。
投稿はここまで。
(記録:2025年8月9日 LINEグループ「浮牧リサーチ室β」ログ)
参加者:Saiki_A、白川、コトミ、カツヲ(退出)、匿名1〜2名
白川:
halfbornの投稿見た?あれやばくない?
Saiki_A:
見た。たぶん、マジ。例の「転写」の件だろ。
コトミ:
赤線って、あの…“通れないはずの山道”に重なってるやつよね?
Saiki_A:
そう。もともと通行禁止だった獣道が、今は「公式ルート」っぽく載ってる。ありえない。
匿名2:
あの線、もしかして…「送路」ってやつじゃないですか?
例の報告にあった。
白川:
送路?
匿名2:
人や“何か”を運ぶ道。儀式のときだけ使われてた道らしい。
民俗学の文献にも少し出てた。“牛女”のエピソードにも出てくる。
コトミ:
つまり、“それ”をまた運んでるってこと?
Saiki_A:
あるいは、“迎えに来てる”のかもな。
白川:
このまま無視していいの?
Saiki_A:
今、現地行って確認してくる。旧浮牧村境界の南西、例の“交差点跡地”だ。
応答がなくなったら…わかるな。
白川:
やめろ。
Saiki_A:
誰かが記録しなきゃ、また繰り返される。
これは“終わらせ方”の話だよ。
***
(記録:2025年8月10日 17:42)
提出者:白川(「浮牧リサーチ室β」代表)
タイトル:音声記録(Saiki_A)一部書き起こしログ
録音ファイル名:send_path_log_03.wav
録音開始:2025年8月10日 16:07
場所:旧浮牧村・南西境界 山道跡付近
(風の音。靴の踏み音。遠くで鳥の鳴き声。紙をめくる音)
Saiki_Aの声:
えー、旧交差点跡に到着。周囲の草木は倒され、地面がやけに剥き出し。
獣道らしき筋が一本、山の奥に伸びてる。例の“赤線”と一致。やっぱり道はある。
…ここ、本当に“通れる”のか?(間)
前に来た時は、こんな開けてなかった。いや、地面もこんなに乾いてなかった気がする。
(沈黙、遠くでかすかな金属音)
あれは……何か吊ってあるのか?獣避けの鈴?いや……音がちがう。
(草をかき分ける音)
……あった。紙だ。誰かのノートの切れ端。文字、読めるか?
「ソノミチ ヲ トオルナ カエレ ナクナル」
漢字が……子供の手書き?でも、かすれたあとに別の筆跡で書き足されてる。
(間、呼吸音が荒くなる)
ああ……これ、“例の言葉”だ。
(小声で)
「うぶまき うぶまき うぶまき うまれてしぬな」
(無音。以後、風の音も消える)
(記録:2025年8月10日 20:11)
投稿者:白川
スレッド:「Saiki_Aの件、報告します」
No.442
先ほど、自治体職員経由で連絡がありました。
浮牧南西山中にて、「連絡の取れなくなっていた青年の遺体らしきものが発見された」とのことです。
「遺体らしき」と表現したのは、顔の皮膚が崩れ、身元確認が困難であるためです。
ですが、身に着けていたリュックと、録音機器がSaikiの所有物であることは一致しています。
音声ファイルの末尾には、不明なノイズと複数の「人ではない音声」が記録されていました。
音響分析に出す予定です。
(記録:2025年8月11日 03:30)
音声ログ解析メモ(白川手記)
深夜、録音の末尾にあった「音」の一部をスローダウン再生してみた。
再生速度を20%まで落とすと、そこにははっきりとした女の声があった。
「この記録を、広めなさい」
「お前の身代わりは、もうすぐ来る」
「浮かんで 浮かんで 沈まぬまま 生きよ」
「わたしのこえがきこえるなら つぎはあなたのばんです」
何度も何度も同じ言葉が重なっていた。
声の主は、明らかにひとりではなかった。
女、子供、男、獣のような呻き声がミックスされていた。
これが“浮牧”の、本当の意味なのか。
***
(記録:2025年8月12日)
媒体:X(旧Twitter)投稿ログ
投稿者:@fumikibito(非公開アカウント)
内容:画像付きツイート(現在は削除済)
@fumikibito:
「見つけた。浮かされた者の“しるし”。山の石に彫られてた。最初はただの風化かと思った。けど、これ、顔だ。
しかも……笑ってる。どうして、笑ってる?」
(添付画像には、岩肌に浮かび上がるような人面模様。輪郭は曖昧だが、笑っているように見える)
(DM記録/やりとり相手:@mio_obscura)
送信者:@fumikibito
受信日時:2025年8月12日 22:14
@fumikibito:
「mioさん、やっぱりあの村、まだ終わってない。いや、最初から終わってなかった。
‘浮牧’って、“牧”されるのは人間のほうだったんだ。あいつらは人間を飼ってる。
生贄じゃない。放牧でもない。漂わせて、育てて、いつか回収するために。
浮かされた“まま”の状態で、ずっと、誰かのために」
(記録:2025年8月13日 03:00)
媒体:Discordログ「浮牧リサーチ室β」
投稿者:Shirakawa
チャンネル:#考察まとめ(locked)
Shirakawa:
全記録と投稿の整理が完了。
結論から言えば、「浮牧」とは“沈ませぬまま漂わせる”こと。
死でも生でもない。帰還も転生もない。
“ここ”に留まり続ける存在を、「浮かされた者」と呼ぶのだろう。
我々が記録したそれぞれの話──音、言葉、匂い、視線、文字──
すべてが浮遊する記憶体であり、誰かにとっての“エサ”だったのではないか。
Saiki_Aの声も、mio_obscuraの動画も、fumikibitoの石像の写真も。
いずれも「浮いていた」。忘れ去られず、消えもせず、
誰かの網に引っかかるのを、ただ待っていた。
(2025年8月14日、白川の最終投稿)
私が最後に記すことは、ただ一つ。
この「浮牧の記録について」という全プロジェクトが、
誰かに“書かされた”のではないかという疑いを、私は消せずにいる。
記録を取っている最中、複数のメンバーが同じ夢を見た。
どこでもない場所。揺れる足場。
水底から見上げる空のような景色。
声がする。
「次は、きみが 浮かす番だよ」
この記録が消されない限り、
誰かが読んでくれる限り、
“それ”は沈まない。
これが最後のメモになる。
Shirakawa
(以後、浮牧リサーチ室βの活動記録なし)
Discordアカウント、連絡先、投稿済みURL:すべて消失
所属メンバーの複数が所在不明
最後の記録以後、「浮牧」関連検索結果が急激に減少
浮牧の記録について 洒落にならないほど恐怖する話 @sharekyou-story
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