【短編】名もなき兵器と賢者の山荘

けもこ

第1話

リルネアは、山の中にある小さな石造りの家に住んでいた。


薪をくべる手は正確で速く、火の加減も完璧になった。

自分を瓦礫の中から拾ったのは、揺り椅子でまったりしている、目の前の髭面の男、ロビエルだ。


「火の扱いは、もう完璧だな」

「うん……」


言葉少なく、炎の揺らぎに目を落とした。


リルネアは、敵国の兵器として作られた。その国は、戦いに敗れ、今はもうない。

命令にただ忠実に敵を倒す。仕掛けられたらそれに抗う。そうやって生き残った。


死にたくなかったわけではない。死ななかった。だたそれだけ。


それなのに、戦う以外の何もない自分に、食事の仕方から、火のつけ方、木の削り方、野菜の育て方まで、ロビエルは根気強く教えてくれた。


「お前には、生きていてほしいんだよ」


それが、ロビエルの口癖だった。


◇◇◇


ある日、ロビエルにかつて仕えていた男が、山奥の家を訪ねてきた。戦いの匂いを身に着けた男だった。


隠れていろ、と命じられ、物入れの中からその様子を伺い、彼らの口元を見つめていた。


「……隠さなくていい。内偵済みだ。あれが例の“鬼火”か?」

「偶然、似てるだけだ。あの子は、もう戦争とは無関係だ」

「上は彼女を“武器”として調べたいと言っている。生き残った向こうの“兵器の能力”を、な」


ロビエルの顔に、苛立ちとも怒りともつかない影が差した。


「……皇帝に伝えてくれ。彼女のために取引がしたい。私が、今抱えている問題を一つ解決する。これからの国を揺るがす内容だ。それで、手を引けと」


◇◇◇


その夜、リルネアは、床板の間に隠してあった古い地図を見ていた。

彼の口元から読み取った“彼女のための取引”という言葉が、胸に残る。


来ていた男は「いくら賢者であっても、ここを攻め込まれたら防ぎようはないぞ」そう最後に言い捨てていった。


「私のせいで……」


死ねと言われたら死ねばいい、けれど——


ロビエルが言っていた。「おまえには生きていてほしい」と。


ここを攻め込まれて、彼が傷つくのを見たくない。


こんな風に、誰かを想って行動するのは生まれて初めてだった。

“自分がいなくなれば、彼が巻き込まれずに済む”

リルネアは山を下りる支度を始めた。


◇◇◇


彼女の足跡が消えた朝、ロビエルは火のついていない暖炉の前で、しばらく何も言わなかった。


そして、ようやくこう呟いた。


「……やはり、情緒の教育というのは、難しいものだな」


けれどその口元は、どこか優しく歪んでいた。

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2025年12月11日 20:00
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2025年12月15日 20:00

【短編】名もなき兵器と賢者の山荘 けもこ @Kemocco

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