第三十八話

 他者との会話を好まない人物を相手にする場合、遠回りな詮索は余計な不信感を植え付けることになりかねない。ただ、相手の興味を引く話題を当てることができれば饒舌になってくれる可能性も高い。日々たくさんの客と接していた遊女の頃の経験を基にして、夕霧は次なる会話の種を選んだ。


「左様にございますか。作業は主に薪割りを担当されていらっしゃるのですね」

「はい」

「お勤めを始めてから、ずっと?」

「……いえ、最初は違ったのですが、変えていただきました」

「自ら志願されたのですか? それとも、鉄様のご指示で?」

「え、っと…………いえ、その、」


 言い淀む寛助を見て、夕霧は次へ繋げる糸口を見つけた手応えを得た。特に思うところがないのであれば、素直に頷くなり否定するなりすればいい。返答に迷うのは、何かしら所感があったからだ。


 ただ、ここで結果をいてはいけない。客の言葉は急かさず、遮らず、頭ごなしに否定せず、適度な質問と相槌を交えながら聞き手に徹して気持ち良く喋らせること。叩き込まれた接客の基本を頭の中で反芻し、続く言葉を待った。


 やがて、寛助がおずおずと口を開く。


「その、他の人に、こちらのほうが向いていそうだと、言われまして……それで、旦那様にもご相談して、です……」


 漠然とした言い方に、夕霧はさらに思考を重ねる。取り急ぎ深堀りできそうなのは「『他の人』について」と、「薪割りが向いていそうだと思われた理由について」の二つだろうか。このうち、引き出したい情報、即ち喜三郎の話題へと繋げやすそうなのは──。


「なるほど。差し支えなければ、どなたのご助言だったのでしょう?」


 小首を傾げて尋ねれば、寛助は一層困ったように眉根を寄せ、小さく呟いた。


「……ゆ、友人です」

「友人と仰いますのは、このお屋敷の奉公人の皆様の中でも、特に仲の良い方という意味合いでしょうか?」

「は、い……」

「まあ、左様でございましたか。僭越ながら、お勤めくださっている皆様のご関係性にも興味がございます。ご友人についてお伺いしても?」

「…………」


 寛助が、自身の膝の上で拳をギュウと握り込む。


「き、聞いても、仕方がないかと、思います」

何故なにゆえです?」

「だって、その……もう、ここにはいない人、ですので……っ」


 次第に声が沈んでゆく。こちらの意図を伏せたまま、あまりに執拗な質疑を繰り返すと、いよいよ心を閉ざされてしまいそうだ。これ以上の遠回りは必要ないと判断し、夕霧はようやく核心に触れた。


「……鉄様より、私めが朝比奈邸へ嫁ぐ少し前に、亡くなられた奉公人の方がいらっしゃるとのお話を伺いました。もしや、寛助様のご友人と仰いますのは、亡くなられた喜三郎様のことなのでしょうか?」

「!!」


 丸く見開かれた二つの目玉が夕霧を捉える。朝比奈邸において一番の新参者である夕霧の口から、友人の名前が出てくるとは思わなかったのだろう。彼の表情がここまで露骨に動くのを、夕霧は初めて目撃した。


 言葉に詰まっている様子の寛助に代わり、話の進行を試みる。


「まだお若い身でありながら、病に倒れたとのことで。誠に、何と申し上げれば良いのか──」

「……た様も、ですか」

「はい?」

「貴女様も、喜三郎が病死したと本気で信じておられるのですか……!」

「!?」


 突如、声を荒げた寛助に両の肩を掴まれた。布地越しに彼の指が肩へ食い込む。毎日斧を握っているだけのことはある、太く節くれだった手指。夕霧のやわい肌など、いとも容易く食いちぎられてしまいそうだ。


 けれども、夕霧は自らが傷付けられる心配は欠片もしていない。むしろ、目の前の青年のほうが心配になってしまう。寄る辺のない迷い子の如く瞳を揺らし、縋るような視線をぶつけてくる寛助を、突き放す真似はできなかった。


 己の体を抑え付けてくるその手に、夕霧はそっと自分の手を重ねた。


「失言をしてしまったようで、申し訳ございません。深くお詫び申し上げまする。しかしながら、先のお言葉から察するに、寛助様は喜三郎様の死因を病死だとは考えておられないのでございましょうか? 奉公人の皆様へは、病死したとのご説明がなされたと伺っておりますが……」

「だって、だって! あいつ、あの日も元気だったのに、突然そんなことになるなんて……っ!」


【直前まで元気だった若い男が、突然倒れて死に至る病なんて聞いたことがない。旦那様に詳細をお尋ねしても、原因不明だとしかご説明いただけなかった……っ】


「……それでは仮に、病ではなかったものだと致しまして、如何様な可能性を視野に入れておられるのでしょう? たとえば、自害などでしょうか?」


 寛助が力強く首を横に振る。


「それは、ないです。絶対に、それだけは違う」


【何よりも大切にしていた妹君さよさんを置いて自害するなんて、有り得ない。ずっと心配していて、だからこそ、あれだけ悩んでいたんだ……!】


 感情の発露が下手なのか、口から出る言葉数は少ないままだが、心中は穏やかでない。心底喜三郎のことを想っていたのだと伝わってくる。


 ある日突然、友人を亡くし、その真相も教えてもらえず、わだかまりを抱え続けていたのだろう。何をしてやれるわけでもないが、せめて彼の中に吐き出したい気持ちがあるならば、聞いてやりたいと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

微衷の在り処 @kumehara(カクコン11応援) @kumehara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画