君と水族館デート、ふたりきり

わたふね

短編

平日の昼下がり、少し空いた水族館の中。

「うわぁ……クラゲって、こんなに幻想的なんだね」

思わず見惚れて声を漏らすと、隣に立つ彼がくすっと笑った。


「でしょ?ここ、お気に入りなんだ」


水槽の向こうでふわふわと揺れるクラゲたち。青いライトに照らされて、まるで夢の中みたいだった。

わたしは彼の横顔を、こっそり盗み見てしまう。


目尻のほくろ、少し伏せたまつげ、ほんのり笑った口元。

……近い。いや、距離感がバグってる。


「……ね、次、アザラシ見に行こうか」


「う、うん!」


慌てて前を向いたけれど、心臓のドクンって音はまだ止まってくれない。


アザラシのエリアでは、ちょうどお昼寝タイム。

ぽてっとした身体で横になってる姿がかわいくて、思わず二人で「癒されるね〜」なんて笑い合った。


そこからペンギン、イルカ、熱帯魚と歩き回って、最後は水族館の一番奥、ちょっと暗めの大水槽前で休憩。

静かに揺れる水音と魚たちの群れ。わたしたちは並んでベンチに腰掛けた。


「……楽しいね」


「うん、来てよかった」


会話は少ないけれど、沈黙が気まずくない。むしろ、落ち着く。

なんだろう、この安心感。やっぱり、彼といる時間が一番好き。


そう思ったとき、ふと体のバランスを崩して――


「わっ……」


「おっと、大丈夫?」


気づけば、彼の胸に倒れ込んでいた。


うそっ!ちょっと、近い近い近い!!

「ご、ごめんっ……!」


慌てて離れようとした瞬間。


ふわっ、と――彼の匂いがした。


ちょっと甘くて、清潔感があって、どこか懐かしい感じ。

あれ……めちゃくちゃ、いい匂い……


思わず、もう一回……って思ったところで、彼が笑いながら言った。


「ん?……嗅いだ?」


「え、えっ!?な、なななにをっ!?!?」


「ふふ、顔に出てるよ」


うわあああああああキャパオーバー!!

頭の中で警報が鳴りっぱなし。どうしよう、恥ずかしすぎる!


「……いいよ」


「……え?」


「もう一回、こっち来ていいよ。存分に、どうぞ」


やさしく言いながら、彼は自分の肩をとん、と叩いた。

まるで「おいで」とでも言うように。


な、なにそれ……反則すぎるでしょ……!


でも、断れなかった。いや、断る理由なんて、どこにもなかった。

そっと、彼の肩に頭を預ける。


「……ほんとに、いいの?」


「うん。むしろ、うれしいかも」


「うれしいって……」


「こうやって隣にいられるのが、さ」


彼の声が、すぐ耳元で響く。

その温度に、胸がまたドキドキして――


「……ねえ、聞いてもいい?」


「うん?」


「さっき、わたしが倒れたとき……ドキッとした?」


彼は少し黙って、それから小さく笑った。


「……したよ。めちゃくちゃ」


「……わたしも」


「じゃあ、同点ってことで」


「えへへ……なんか、恥ずかしいね」


「でも、うれしい」


ふたり、肩を寄せたまま、水槽の魚たちをぼーっと眺める。


まるで、この水の中にふたりだけが取り残されたみたいで。

静かで、あたたかくて、どこにも行きたくなくなってしまう。


こんな時間が、ずっと続けばいいのに。


出口近くのショップで、ペアのキーホルダーを買った。

クラゲの、ふわふわしたやつ。


「それ、つけてくれる?」


「うん、バッグにつけるね」


「俺も。……じゃあさ、次のデートも、ここにする?」


「……うん。また、一緒に来よう」


彼の隣で笑うわたしの胸は、ずっとずっと、ぽかぽかしてた。

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君と水族館デート、ふたりきり わたふね @watafune

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