六月の果実
香久山 ゆみ
六月の果実
「さくらんぼの、あの
そんな私の訴えに対して、「着色料を使っているのはシロップ漬けのものだけで、さくらんぼはもともと赤いのだ」と言って、小さな赤い果実を差し出す。
ふた粒が細い軸で一対に繋がっていることさえ嘘くさい。
ぶつくさ文句をつけるに
久々の対面にも関わらず、自然に距離が近い。もてるのも道理だ。
息を吐くとともに、ふと卓上を見ると、ニコイチだったはずのさくらんぼが一粒しかない。
視線を向けると、「君が食べたんだろう」と笑って悪びれもしない。私は食べてない。
「食べたのはあなたでしょう。さくらんぼが好物だから」
「別に好物じゃあない。好きなのは、五月の青葉」
「ふん、若くなくて悪うござんしたね」
憎まれっ子の私は、憎まれ口を叩く。本当に、かわいくない。疲れているのだ。
労基に
私が嵌まったきっかけは、高校の国語の授業で読んだ『富嶽百景』だ。それまでは、漫画ばかりで、小説なんて真面目でつまらないものだと思っていた。初めて文章表現の面白さを認識した。へっ、師匠のおならを敬語使って書くの。って。
久々に読んだ作品は、富士山麓を舞台に結婚相手との出会いが描かれ、生きる力強さに溢れている。
こんなにも素晴らしい作品を書いて、ひとりぼっちでもなくて、なのにどうして……。
問い掛けるように顔を上げると、そこにはただガラス窓に自分の顔が映るばかり。手を伸ばそうとした一粒のさくらんぼさえ消えてしまった。
代わりにテーブルの上にあるのは、太陽の果実。
そうだ、さくらんぼケーキを注文しようと思っていたのに、メニューは先週で終了していたのだ。今週からの季節のデザートは、甘夏のタルト。
ゼリーに包まれてピカピカと黄色く輝く果実にフォークを刺す。酸っぱい。
夏が、来る。
六月の果実 香久山 ゆみ @kaguyamayumi
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