【短編】ごん狐・ザ・ミステリー【二次創作】

山本倫木

ごん狐・ザ・ミステリー

「『ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは』

 ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。

 兵十は火縄銃をばたりと、とり落しました。青い煙が、まだ筒口から細く出ていました」



 茂平おじいさんはとつとつとそこまで語ると、口をつぐみました。


「それで、どうなったの?」


 いつまでも茂平おじいさんが黙っているので、私はじれったくなって尋ねました。


「どうもしないよ。このお話は、これでお終いだよ」


「えー」


 茂平おじいさんの言葉に、私は落胆の声を上げました。


「ごんは死んじゃったの? 兵十は、ごんをどうしたの?」


 小さかった頃の私は知りたがりで、分からないことがあると、いつも村の大人を捕まえては質問攻めにしていました。大抵の大人はそんな私を邪険に扱いましたが、茂平おじいさんだけは違いました。いつ終わるとも知れない私の問答に、付き合ってくれたのです。


「このお話はこれでお終いなんだ。だから、この続きは好きに考えたらいいんだよ。ごんは死んでしまったのかもしれないし、兵十がけん命に手当てをして元気になったと考えたっていい。お前さんは、どう思うかね」


 言われて、私は一生けん命に考えました。ごんはぐったりしているので、火縄銃で撃たれたのは間違いなさそうです。そんなもので撃たれたら、きっと死んでしまうでしょう。けれど。


「ごんには、死んでほしくないなあ」


 私は思わず口に出しました。茂平おじいさんはそれを聞くとにっこりとして、筋張った手で私の頭を撫でました。


「じゃあ、そう思っておったら良いじゃろうな」


 そう言って、しわだらけの顔でほっほっほと笑いました。


「ねえ、このお話って、本当にあったことなの?」


「本当のことだとも。兵十の家も、お前さんが生まれる少し前まで建っとったよ」


「茂平おじいさんは、このお話を誰に聞いたの?」


「兵十がよく自分で言っておったよ。兵十は、何かというとこの話を持ち出しておったからのう」


 茂平おじいさんは、大きくうなずいて請け合います。それを聞いて、私は分からないことが出てきました。


「ねえ、ごんはただの狐じゃないよね?」


「ほお、何でそう思うのかね」


 茂平おじいさんは、不思議なものをみるような目で私を見つめました。


「だって、兵十に『ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは』って話しかけられて、ごんはうなずいているでしょう? 狐なのに、人間の言葉が分かっているなって」


「それもそうじゃのお。いや、しかし兵十は確かにそう言っておったのお」


 白いひげの混じるあごを撫でながら、茂平おじいさん遠くを見て思い出すそぶりをします。


「それにね、ごんはお葬式を見て兵十のおっ母が死んじゃったのも分かったし、兵十へのつぐないに栗やまつたけを持っていったんでしょう。すごく賢いし、やっぱり普通の狐じゃないよね? 何でなのかな?」


「ほお、面白いところに気が付く子だねえ」


 茂平おじいさんの顔から笑みが消えました。真面目な顔になって、考え始めます。


「長く生きた狐や狸は人を化かすというでな、実はごんもそんな古狐だったのかもしれんのお。ほれ、昔からよく狐は娘っ子に化けて人をたぶらかすって言うからのお、そんなこともあるじゃろうて」


 どうだ、分かったかというように茂平おじいさんの目が私をとらえます。でも、私には聞きたいことがまだまだありました。


「もう一つあるんだよ。今のお話、兵十から聞いたって言っていたけど、それは無理だよね」


「な、なにを言い出すのじゃ」


 茂平おじいさんの目がまん丸になりました。


「だって、お話の中に、ごんしか知らないはずのことが沢山出てきたよ。兵十が、最近誰かが俺の家に栗やまつたけを置いてくれるって言った時、加助がそれは神様が恵んで下さったんだって話すくだりがあったよね。ごんはそれを聞いて、『へえ、こいつはつまらないな』って思ってたけど、そんなこと兵十には分からないよね?」

 茂平おじいさんが、あっと言って額を手のひらでぱちんと叩きました。それから、うーん、と長いこと考えてから口を開きます。


「それは、きっと、兵十が話をこしらえたんじゃろうな。もし、ごんが兵十と加助との話を聞いていたら、きっとそう思ったに違いないって。ほら、そう考えたら筋が通るじゃろ」


 汗をふきふき、茂平おじいさんが言いました。


「でも、他にもあるんだよ。おっ母が死んじゃった兵十を見て、ごんは、『俺と同じ一人ぼっちの兵十か』って思っているでしょう? 兵十はごんの家族まで知っていたの? それに、ごんの住み家がほら穴で、その近くにの木があることも、兵十はどうやって知ったの? そんなことは、ごんじゃなかったら知らないことだよね」


「そ、それはだな……」


 茂平おじいさんの顔がさつま芋みたいに赤くなりました。おじいさんは言葉につまって、うんうんうなりながら一生けん命に私の質問の答えを考えます。その時でした。


「おーい、茂平じいさん、いるかい」

 がらりと戸が開いて、村の若い連中が顔を出しました。若者連中は茂平おじいさんを居ることに気が付くと、遠慮なく框に腰を下ろして喋りだしました。


「いや、ちっとじいさんに知恵を貸してもらいたくてなあ。今、うちのお兄がね、森で拾ったキノコを沢山持って来たんだよ。皆で鍋にして煮て食おうかって話になったんだけど、誰も目が効くやつが居ないんだよ。どれが食えて、どれが毒なんだか分からない。茂平じいさん、そういう森の事に詳しいでしょう。だから、一緒に来て貰えるとありがたいんだけど、どうです?」


「おうおう、そうか。それなら、行こうかのお」


 茂平おじいさんが、どこかホッとした顔で、ちょうど良かった、と呟くのが聞こえました。


「茂平おじいさん、さっきの話はどうなったの? なんで、お話の中にごんしか知らないことが出てくるの?」


 私が尋ねるのに、茂平おじいさんは、その話はまた今度な、と答えます。何しろ、私は小さい子供でした。子供のいう事を、大人がきちんと聞いてくれないことはよくあります。相手が茂平おじいさんとはいえ、こういう時はしつこくしてもダメなのです。


「分かりました。それじゃ、またお願いします」


 私は仕方なくうなずき、茂平おじいさんはよっこいしょと立ち上がりました。そのとき、前かがみになった茂平おじいさんの着物がはだけ、肩口の肌が見えました。一瞬のことでよく見えなかったのですが、どうもその肌には奇妙な形のがあるようでした。



 大人になった今考えると、そのはどうも、鉄砲で撃たれた痕だったように思えるのです。好々爺然としていた茂平おじいさんに、何故そんな物騒な傷跡があったのでしょう。おじいさんは私が大人になる前にぽっくり死んでしまったので、今となっては訊くことはできません。だから、ごんしか知らないはずの話を、茂平おじいさんが見てきたように話すことができた理由は、ずっと分からないままなのです。





【了】

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