第5話 新たな作品

 若林は、パソコンの前に座り、液晶タブレットの電源を点けた。

 そして、新たにエッセイ漫画を描き始めた。そのタイトルはこうだった。


『エッセイ漫画がバズって10万いいね手に入れた男が、すべてを失う話』


 彼は、強盗に遭うまでの経験を再び漫画にすることにしたのだ。

 頭には鈍い痛みが残り、疲れ切っていたが、一心不乱に描き続けた。


 そして、深夜になろうとする頃、ついに書き終えた。


「はあ……はあ……、できたぞ……!」


 若林は、出来上がった新作をSNSに投稿すると、気絶したように布団に倒れ込み、泥のように眠った。


 次の日の昼過ぎ、彼は目を覚ました。


「もうこんな時間か……。そうだ……! 昨日の投稿はどうなったんだ!?」


 彼はパソコンでSNSを確認した。すると……


『yukioさん、朝夕服用さん、chemiさん、他250人があなたの投稿に『いいね』しました』


『デカ尻尾@skeb募集中さん、米粒マンさん、ピロリ菌さん、他350人があなたの投稿に『いいね』しました』


『ないとうさおきさん、多田ハシロさん、lejuiceさん、他415人があなたの投稿に『いいね』しました』


………

……


「すごい……! 前よりバズってるぞ!」


 新作は、大反響だった。以前のバズりによってフォロワー数が増えていたこともあって、前回よりも勢いよく『いいね』が付けられていた。

 『いいね』数は、すでに7万を超えていた。


「よし、今度はできるだけ早く売ってしまおう。なんてったって、強盗に家がバレてるかもしれないからな……」


 若林はスマホがないので公衆電話を使って買い取り業者に連絡を取った。

 

 翌日になり、若林の家に買い取り業者が訪れた。


 一晩経って、新作のエッセイ漫画の投稿は、以前と同じ10万『いいね』にまで達していた。


「よし……! また10万『いいね』にまで来たぞ……」


 若林はほくそ笑んだ。


「あの、こちらでよろしかったでしょうか?」


 買い取り業者が『いいね』の査定を始めようとしている。


「はい、10万『いいね』です。よろしくお願いします」


 業者が査定をしている間。若林は金が手に入ったら何に使おうか考えていた。

 まず必要なのは、新しいスマホと住居だ。セキュリティがしっかりしたマンションにしたい。今度こそ車を買おう。犬や猫を飼ってもいいかもしれない。きっと悠々自適な生活が待っている……


「査定、終わりました」

「ありがとうございます。いくらになりましたか?」


 若林は、3億円程度にはなるだろうと思っていたが、業者の回答は意外なものだった。


「10万『いいね』で、合計500万円となります」

「……えっ?」

「500万円です」


 彼はその金額に納得がいかなかった。


「ちょ、ちょっと待ってください……! ニュースでは『いいね』一個で3,000円くらいって言ってましたよ! 安すぎませんか!?」

「あー、お客さん、新しいニュースをご存知でないようですね……」

「何のことですか……?」

「今年の夏は気候が安定するみたいで、『いいね』が豊作になるらしいんですよ。それに、政府がやってる備蓄『いいね』の放出も最近効果を出してきてて、そのニュースが発表されてから、『いいね』価格は暴落したんです」

「なんだって!?」

「今、『いいね』単価は50円くらいですよ」

「う、嘘だ……!」


 若林は、業者の言葉が信じられず、パソコンでニュースを調べた。しかし、業者の言うとおり『いいね』価格は暴落しているようだった。

 来週には1『いいね』45円になる見込みという報道もあった。


「な、なんてこった……」

「お客さん、どうしますか?」


 若林はうなだれた。しかし、どうすることもできず、納得するしかなかった。


「分かりました……。500万円でお願いします……」


 彼は提示された金額で、『いいね』を売り払った。

 

 こうして、若林は500万円というそこそこ現実的な大金を手にした。


 金を手に入れた若林は、スマホを新調し、新しいアパートに引っ越した。駐車場付きの物件だったので、車も買った。一般的な価格の軽自動車である。

 それでもまだ100万円ほど残ったので、就職活動の資金として使った。


 夢の生活は手に入らなかったが、前よりも少しだけ生活水準が上がった気がした。


 若林は、もうエッセイ漫画を描くのはこりごりだと思った。


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『いいね』が値上がりしている件 にとはるいち @nitoharuichi

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