「昨日」という存在が突然禁止され、記録も言及も消されるディストピア的な世界を舞台に、主人公トオルの個人的な喪失感と抵抗が描かれています。
政府の突拍子もない命令が日常を歪める中で、過去の記憶や感情、愛すべきものの痕跡が抹消されていく恐怖と孤独がリアルに伝わってきます。
しかし、トオルが図書館司書から受け取った「昨日を語れないものは、明日を失う」という言葉が象徴的で、過去を忘れないことが未来を生きる意味につながるというテーマが深く響きます。
恋人との別れという個人的な「昨日」が消されても、それを記憶に留め日記に書き綴ることで、トオルは「昨日」を死守し続ける姿が切なくも力強く描かれています。
全体的に、時間の抹消がもたらす人間の精神の崩壊とそれに抗う意志を詩的に描いた秀作だと思います。