第26話:万象蒐集家の日常と、二人だけの秘密

 季節は巡り、冷たい風の中にも、春の訪れを感じさせる柔らかな日差しが混じるようになった。

 今日は、俺たちの高校の卒業式だ。

 厳かな式典が終わり、俺は、仲間たちとの別れを惜しむ喧騒けんそうに満ちた校庭の片隅で、一人、感傷に浸っていた。

 この三年間、色々あったな、と。

 特に、この一年は、人生の全てがひっくり返るような、とんでもない出来事の連続だった。


 ふと、俺の視線が、足元に落ちている何かに引き寄せられた。

 雪解けのぬかるんだ地面から、キラリと顔を出した、小さな光。

 俺は、もうくせのようになってしまった動作で、それを屈んで拾い上げる。

 それは、誰かが落としたのだろうか、錆びて色褪いろあせた、古いキーホルダーだった。何の変哲もない、ただの「ゴミ」。

 だが、それに触れた瞬間、俺には分かった。

 これは、かつて誰かが、大切な人からもらった、思い出の品だ。そこには、微かだが、温かい感謝と友情の「想い」が残っている。


「ソウマ、お前、卒業式の日までゴミ拾いかよー?まあ、お前らしいけどな!」


 背後から、聞き慣れた声が飛んできた。クラスメイトの田中だ。かつては俺のスキルをからかっていた彼も、今ではその不思議な能力と、俺という人間を、なんとなく認めてくれているようだった。

 俺は、苦笑しながら立ち上がる。


「うるせえよ。これは、ただのゴミじゃないんだ」


 そう。もはや、俺にとって、この世界のどこにも、ただの「ゴミ」なんて存在しないのかもしれない。

 全てのモノには、意味があり、想いがあり、物語がある。俺の《万象蒐集》というスキルは、そんな、世界に埋もれた無数の小さな声を「拾い上げる」ための力なのだと、今の俺は、そう信じている。


          ◇


「また、くだらないモノを拾っているの?」


 校門の前で俺を待っていた瑠奈が、呆れたような、でもどこか優しい声でそう言った。

 今日の彼女は、制服ではなく、春らしい淡い色のワンピースを着ている。その姿は、いつも以上に大人びていて、そして息をのむほど美しかった。


「でも、それがあなたなのよね、悠人」


 瑠奈は、そう言って、悪戯いたずらっぽく微笑む。

 その左手の薬指には、俺が贈った指輪が、春の日差しを浴びてキラリと輝いていた。

 それは、俺が「賢者の書庫」のゴミの山から見つけ出した、米粒ほどの大きさのダイヤモンドの原石を、エレイザーさんの協力――古代の金属加工技術――で加工して作ってもらった、世界に一つだけの特別な指輪だ。


 俺たちは、卒業後の進路について話しながら、ゆっくりと並んで歩き始めた。

 表向きは、二人とも、国内最高峰の大学の、古代文明や情報科学に関連する学部へと進学することになっている。

 だが、それは、俺たちの「裏」の活動のための、一つのステップに過ぎない。


「財団の設立準備、順調に進んでいるわ。エレイザー先生も、世界中の信頼できる研究者たちに声をかけてくれている」

「そっか。良かった。俺たちの活動も、いよいよ本格的になるな」


 俺たちの目的。それは、「ソフィア記念アーカイブ」での研究を続け、エレイザーさんたちと共に、「水晶の種」に眠る知識を、安全かつ倫理的に、そして正しく世界へ還元していくための活動だ。

 その第一歩として、当面は医療と環境分野での応用を目指す、国際的な研究財団を設立する準備を進めている。

 それは、途方もなく大きく、そして責任の重い仕事だ。

 だが、俺たちには、それを成し遂げる覚悟があった。


          ◇


 場面は、少しだけ未来へ。

 「ソフィア記念アーカイブ」の、最も奥深くにある、特別なクリーンルーム。

 そこには、俺と瑠奈、そして白衣を着たエレイザーさんの姿があった。

 俺たちの目の前には、ガラスケースから出され、メンテナンスベッドに横たわる、ソフィアさんの美しいボディがある。


「準備はいいかね、二人とも」


 エレイザーさんの、緊張を帯びた声が響く。

 俺と瑠奈は、固唾かたずを飲んで頷いた。

 ソフィアさん再起動計画。

 あの時見つけた、一本の「特殊なネジ」。その解析は、この数ヶ月で飛躍的に進んだ。


「瑠奈君、解析は最終段階だ」

「はい。エネルギー供給システムと、コアメモリの接続プロトコル、最終同期、完了しました。あとは…」


 瑠奈の視線が、俺に向けられる。

 俺の役割は、ソフィアさんの破損した論理回路の“ゴミ(欠損データ)”を、《万象蒐集》の力で補いながら、この「鍵」となるネジを、彼女のボディにある隠されたポートへと接続すること。

 それは、一瞬のズレも許されない、極めて繊細な作業だった。


「悠人君、頼んだぞ」

「はい。お任せください、エレイザー先生」


 俺は、震える指で、その小さなネジを掴んだ。

 ソフィアさんにもう一度、会いたい。その一心で、俺は全神経を指先に集中させる。

 俺の肩の上では、ウィスプが、まるで祈るかのように、キラキラと輝きながら、その様子をじっと見守っていた。


          ◇


 ――そして、現在。いつもの夕暮れの帰り道。

 ソフィアさんの再起動が成功したかどうか、それは、まだ俺たちだけの秘密だ。

 人生には、すぐに答えを出さなくてもいい、楽しみな未来があった方がいいだろう?


 俺は、ふと道端でキラリと光る何かを見つけた。

「あ、またゴミだ」

 俺がそれを拾い上げると、それは何の変哲もない、どこかの店の、期限切れの割引券だった。


「…もう、あなたは本当に…りないのね」


 隣を歩いていた瑠奈が、くすりと笑う。


「まあな。でも、どんなゴミにも、何か意味があるかもしれないだろ?」

「…ええ、そうね。あなたがそう言うなら、きっとそうなんでしょうね」


 瑠奈はそう言うと、俺のコートの袖を、ちょん、と人差し指でつついた。振り返った俺の目に映ったのは、今まで見た中で一番優しい、満開の花のような笑顔だった。

 俺たちの頭上では、ウィスプが、まるで紙吹雪のように、キラキラと祝福の光の粒子を振りまいている。


 俺たちの未来は、まだ分からないことだらけだ。

 「水晶の種」の知識を、世界は正しく受け入れてくれるだろうか。

 「忘却の徒」の残党が、再び現れることはないだろうか。

 そして、ソフィアさんは…。


 でも、どんな困難が待ち受けていようとも、俺はもう、何も怖くはない。

 隣には、誰よりも信頼できるパートナーがいてくれる。

 そして俺の手には、どんな絶望の中からも、小さな希望の欠片を「拾い上げる」ことができる、この不思議な力があるのだから。

 俺たちの物語は、まだ始まったばかりだ。


 ――【完】

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ゴミ拾いスキルでダンジョン無双~クールな鑑定美少女だけが、俺の拾う“ガラクタ”が伝説級アイテムだと知っている~ 蒼月マナ @aotsukimana

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