第41話 意思
俺は、百華さんに、手を伸ばそうする。
でも、身体は動かない。
当然だ、時が、止まってるんだから。
百華さんも、こちらに微笑みかけているだけで、動かない。
まるで、時が止まるすぐ前に、現れたみたいだった。
俺の口は動くけど、言葉が出ない。
何を言ったら良いか、わからない。
いや、そもそも、これは俺の幻覚だ。
だから、別に、何を言っても。
でも、「俺は、今、苦しいんだ」なんて。
言ってどうなる?
慰めの言葉なんて、返ってこないのに。
俺を子供みたいに、抱きしめてくれるわけでも、ないのに。
俺は、甘えられる人が、欲しかった。
正直、俺が甘えられるなら、それが、恋人たり得る条件、近い年齢の異性ならば、正直、誰でも良かったんだ。
それが、偶然、百華さんだっただけで。
本当に偶然か?
俺に、俺なんかに、あんなに優しくしてくれる人が、ランダムに発生するのか?
偶然だ。偶然だよ。
俺はきっと、百華さんの恋人たり得る条件には、入っていない。
でも、いいんだ。それで。
俺の、憧れで、俺の、生き甲斐で。
百華さんがいるから、俺は、頑張れるんだから。
だから、彼女が微笑みかけてくれるだけで。
いや、彼女が俺に優しくしてくれた「思い出」だけで、いいんだ。
きっとさ。
今ここに、異世界に来なくても、高校最後の一年が始まっても、きっと俺は、百華さんとの関係は、何も進展できなかった。
いいよ。
当然だよ。
当たり前だよ。
俺には、何もないんだから。
自慢できることも。
長所も。
何も、自信なんて、無いんだから。
百華さん、出来ることなら、今、俺は君に、抱きつきたいと思ってる。
卑猥な意味じゃなくて、「頑張ったね」って、俺を、認めてもらいたいんだ。
でも、そんなことも、出来ないよな。
今、時間は止まってて、君は、俺の幻覚で、時が動き出したら、きっと俺は、最悪な思いをするんだから。
俺は今、何がしたい?
答えは、もう、出てる。
本当は、ヒーローみたいに、この状況を打開したい。
モカのことを助けたいし、俺自身も、死にたくない。
でも、無理だ。
例えばさ、プロ野球選手になりたいって言っても、全員は成れないだろ?
それと、同じだよ。
ごめん、百華さん。
君を好いている人間が、こんな、ダメ人間で。
俺は、君に、甘えたかった。
俺は君に、元気を、分けてもらいたかった。
「百華、さん......」
その時、俺は彼女の表情を見つめて、あることに、気づいた。
微笑む彼女の、目元に、水が、溜まって、いた。
泣いてる?
いや、そんなはずは、ない。
これは、俺の、幻覚だ。
俺の記憶に、泣いてる彼女なんて、居ない。
でも。
でも、考えてみれば、当たり前のことだ。
百華さんだって、一人の少女で、一人の人間で。
彼女にだって、生きていれば必ず、辛い時だって、あるはずだ。
俺は、何を求めてた?
甘えたかった、慰めて欲しかった、どんなに嫌なことがあっても、誰かにそれを浄化してほしかった。
優しさが欲しかった、その人には俺を傷つけないで、優しいままでいてほしかった。
そしてその人は、完璧で、優秀で。
俺のことを、ちゃんと見てくれて。
......俺は、気づく。
発端は、あまりにも、幼稚な、意思だ。
いつかの記憶が、甦る。
「ほら、消しゴム。無理しないでいいよ。私に言ってくれれば、なんでも貸してあげるから」
「今日は教科書忘れたんだ、じゃあお姉さんが見せてあげます。同い年だけどね」
俺はただ、自分を見てくれる、母性というものに、俺を守って、欲しかった。
恋人としての、理想の条件を満たした、理想の母性というものに、包まれたかった。
今でも、その気持ちは、変わらない。
それは俺の根源で、いくら恥ずかしいものだとしても、変わることはないだろう。
でも、その理想の人が、今、俺の目の前で、泣いている。
俺は、彼女に、泣きつきたい。
彼女も、泣いている。
俺は、彼女に、癒してもらいたい。
彼女は。
泣いている、彼女は。
誰に、泣きつけば、いいのだろう。
俺は、想像を、してみる。
それはきっと、俺ではない。
俺ではない、誰かだ。
俺よりもっと、頼り甲斐のある、誰か、だよ。
そんなことを、考えて。
考えて、みて。
俺は、とても、苦しく、なった。
これは、綺麗な意思、ではない。
他人から見れば、醜い意思なんだろう。
でも、それでも、俺はこの意思を、今、強く、感じている。
そうか。
百華さん。
今、俺は。
君が泣きつく見知らぬ誰かに、きっと俺は、嫉妬したんだ。
「優しき英雄」
時が再び、動き出す。
チートスキルトレジャー 転移先で無能力かと思ったら、俺だけ途中で拾うシステムだったようです。※ただし使い捨て一回切り 天名 炬燵 @amatako
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