最終話 オープニングからは想像もできないくらいちょっといい話で終わったんじゃないのこれ?

 男の大きな手のひらが、女の頬を打ち据えた。打たれた女は体勢を崩して、粗末な黄土色のじゅうたんに倒れ込んだ。赤くはれ上がった頬の上を一筋の涙が流れていった。忍び泣きながら、女はエプロンで顔を拭いた。

 食卓の上には一汁一菜の夕食(湯気立つみそ汁)。食卓横にはゆりかごがあり、赤子が鳴き声を立てていた(おぎゃあああああ!)。

「母ちゃんをいじめないで!」

 まだ五歳にもみたない子どもが声を張り上げた。


 双眸を燃え上がらせると、男は子どもを見据え、高く腕を上げた。握りこぶしに力がこもる。

「お前まで、俺に逆らうというのか!? 子どもの分際で!」

 男の平手が飛ぶ。

 男の子は蒼白な顔をして、身をすくめた。

 その時だった。

 虐待の手を止められた男は驚愕に顔を歪めた。そこに、自分と瓜二つの大人の男が割って入ってきたのだから当然だろう。

「止めなさいよ、父さん。あんたの息子だろうがよ」

 俺は言った。こんなこと急に言われても恐怖しかないよな、などと思いながら。

「お前は誰だ」

 父さんは震えた声で言った(やっぱり恐怖してる)。でも、そこにいる男の子と俺の顔があまりにも似ていることにそろそろ気がついた頃なんじゃないのかな。我が子と俺をしきりに見比べたりなんかしている。

「あなたは誰なの……!?」

 母ちゃんが言った。夫婦揃って同じこと聞いてきやがる。喧嘩ばっかりだったけど、変なところで馬が合うんだよな、この人たち。


「俺は万能の存在よ。俺は何だってできる。こんな風に喧嘩の仲裁だってな」

 俺は胸を張った。

 夫婦は、顎をあんぐり開けて俺を見ていた。

「とりあえず。使命を果たしに来た。お前ら夫婦の喧嘩を止めさせるという使命をな」

 ゆりかごで弟が泣いていた。高校ぐらいまでの俺はお前をよく殴ってた。すまんな弟よ。そっちも謝っておく。あと、これだけは言っとく。腐るだけ金があっても幸せにはなりはしえね。だから、二度と借金取りに殺されるまで借りるなよ。


「こいつ頭おかしい」

 五歳ぐらいの俺が言った。

 ムカつくガキだ。シメてやりてえ。まあやらないけど。頭おかしいのも事実だけど。

 万能の力があっても峰岸みたいなクズになるんじゃ、宝の持ち腐れだ。

 おれは、ただ自分を救うって決めたんだ。

 まずは、家族から。

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世界売却契約書 馬村 ありん @arinning

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