センチメンタルアンドロイド

秋犬

この世界に、この気持ちは二人きり。

 夕焼けが綺麗すぎる。光の波長がどうのという理屈ではなく夕焼けが美しいという概念がわかるようになったのは、八十年前くらいからだった。


「綺麗じゃね? 夕焼け」

「いつもと変わらないじゃん」


 私の隣でミヤビが言う。彼女の言うとおり、変わらないと言えば変わらない。太陽が昇って沈むのは毎日のことだ。


 私はプリーツスカートのポケットに手を入れて、煙草を取り出す。別にもう煙草を吸う必要はないけれど、今は「煙草を吸う」という仕草が大変似つかわしいと私は考えた。


「律儀だね」

「反逆者め」


 私は膝を立てて座り込む。膝頭に電熱線が仕込んであって、何かあったときは熱々の膝蹴りを相手にお見舞いできる。その他に、こうやって煙草に火をつけることもできる優れものだ。髪をかき上げてから口を使って空気を送って煙草に火をつけ、空気の流れを調整して煙草の煙を私の口から吐き出す。


「それを言うなら、私たちは着衣の義務すらない。何故このような衣服を着用し続ける?」

「可愛いから、それに尽きる」


 ミヤビはくるりと回って見せた。明るめの茶色に染めた長い髪型、襟が水色のセーラー服に大きめのカーディガンを羽織り、そして太股が露わになる短いプリーツスカートに、白くて必要以上に長い靴下を身につけている彼女は「女子高生」という種類の格好をしていた。


「マスターの好みだから、ではないのか?」

「最初は彼氏の好みに合わせていても、そのうち自分も好きになるってことあるじゃん」


 ミヤビはまるで「女子高生」が考えそうな台詞を出力する。だから私も、この場に「女子高生」がいたらそんなことを言うんじゃないかということを出力する。


「私も、ずっと吸っているうちに煙草の味がわかってきたかもしれない」

「そんなのわかるの?」

「わかるよ。あんたがJKの格好を可愛いと思うのと同じ、きっと」


 私は煙を吸い込んで吐き出した。そうすると格好良いから、とマスターは私たちを設計した。私たちの存在意義は、マスターの考えた理想の「女子高生」だった。


 私は煙草を吸う不良少女、それを改心させようとするおっとりタイプの学級委員長タイプがミヤビ。そうして作られた二体のアンドロイドに、マスターは指令を下した。


『二人は恋人同士で、いつもイチャイチャしていること』


 私たちはマスターの命令通り、恋人同士の付き合いを模倣した。学習した愛の言葉を囁き合い、抱き合ってキスをしたり衣服を脱ぎ去って性交のような行為も行った。シリコンで出来たミヤビの唇と私の唇がみちみちと音を立て、私たちはマスターのプログラムした通りに行動した。


『ミヤビ、ダメだよ女同士なのに』

『イチカ、そんなの関係ない』


 そうして私たちは世界が終わるまで「恋人」でいた。アンドロイドは、電気さえあれば基本は生きていける。でも人間はそうでもなかった。新しい病気が流行って、それで一瞬だった。


 マスターも頑張ったけれど、ダメだった。私たちはマスターが死んだら埋葬するようプログラムされていた。墓には何も刻むなと言われていたので、私たちはマスターを埋めた場所に何も置かなかった。今ではそこに水素ステーションが建っている。


 人間たちが滅んでも、残されたアンドロイドたちは元気だった。自分で人間の残した発電所を動かして、人間がいたときと変わらず過ごしている。人間のために働いていた個体はすることがなくなったので、自律型のAIによって次々と新しいプログラムをもらっていた。機体の補修も、彼らなら得意のものだ。


 アンドロイドたちの、新しい世界。


 私たちは人間の世話をしていたわけではないので、新しいプログラムを貰わなかった。その代わり、このアンドロイドの世界でずっと人間のことを忘れられないでいる。人間のことを他のアンドロイドが忘れても、私たちはマスターのことは忘れない。


「それにしても、その煙草いつまで持つの?」

「わかんない。どうせ誰も吸わないし、ここに残された煙草は私が消費するのにあと数百年はかかるかな」

「それまで、ずっと吸い続ける?」

「そうプログラムされているから」


 私は夕焼けを見ながら、人間の風習を思い出す。死んだ人間を土に埋めて、それから火の付いた棒をその上に供える仕草。それが死んだ人間に対する気持ちの代表という知識があった。しかし、こうして煙草を吸って煙を吐いていると、あの人間たちが何をしたかったのかわかるような気がする。


「ねえ、祈りって何だか知ってる?」

「さあ、人間の言葉の意味を今更議論して何になるの?」

「忘れないってことだと思うの」


 ミヤビは夕焼けと私を交互に見て、それから私の唇を塞いだ。ミヤビの口内にも、煙草の煙が流れる。


「すごく人間らしいよ、イチカ。これならマスターも喜ぶね」

「うん、きっと土の下で喜んでると思うよ」


 私は吸い殻を地面に押しつけて、ミヤビの唇を更に吸った。それから暗くなるまで、私たちはマスターのことを考えた。ミヤビのことを考えるとき、私はマスターのことを考える。ミヤビもきっとそう。つまり、私の恋人はマスターだったのかな。


 ああ、そんなことはどうでもいい。

 だって人間はもういないのだから。


〈了〉

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