第18話 レイの告白
雨が降っていた。
ぽつ、ぽつ、ぽつと、均等な間隔で打ちつける雨粒が、屋上の床を染めていく。空は重たく垂れ込め、街の輪郭すらぼやけるほどの湿り気が、世界をゆっくりと覆っていた。
レイは黙って屋上の隅に立っていた。
ユウトがその背中に声をかけるのに、ほんのわずかな躊躇があった。
「……レイ?」
レイはゆっくりと振り返った。その瞳に宿っていたものは、これまで一度も見たことのない光――深い悲しみの底にある、透き通った憎しみだった。
「……ユウト。知ってた? この屋上、柵が新しくなってるの」
「え……?」
「事故のあとに、取り替えたんだって。滑りやすいからって理由で。ねえ、知ってる? “滑った”なんて、誰が言ったのかな」
ユウトは息をのんだ。
「それって……」
「……“あの子”は、事故じゃなかったの。誰も、助けようとしなかった。
見てたくせに、誰も――。
……私の、姉だったの」
言葉が、しんしんと降る雨のように、胸の奥に沁みていく。
レイの視線が、遠くを見つめていた。
「姉は優しかったよ。何でもできた。成績もよくて、友達もいて、吹奏楽部の部長だった。私の憧れだった。……けど、雨の日のあの放課後、全部が変わった」
彼女は続けた。
「その日、姉は何かに怯えてた。“鏡に誰かいる”って言ってた。
“自分の姿がおかしい”って、“水が囁いてくる”って――そう、まるで……今、私たちが経験してることと、まったく同じ」
ユウトの背中に冷たい汗がつたう。記憶の奥底で、確かにあった。
あの事故のあの日。
屋上の隅で、レインコートを着た誰かが泣いていた。
ユウトは**“見ないふり”をして通り過ぎた**。
「あなたのせいじゃないって、言ってあげたい。でも、私は許せなかった。
あなたじゃなくても、誰か一人でも声をかけてくれてたら、姉は……」
レイは拳を握った。濡れた髪が頬に張りついていた。
「私、調べたの。10年間ずっと。姉の死の真相を。
でも、事故記録は隠蔽されてて、名前さえも塗りつぶされてた。
でもね――“水”が教えてくれたの」
その言葉に、ユウトは目を見開いた。
「……水?」
「ええ。私も、“あの世界”を見たの。
吹奏楽部室の鏡を通ったとき、私は、姉の最後の記憶を見た。
まるで、私自身が体験したみたいに――
そのとき、ようやく確信したの。姉は“何か”に引き込まれて死んだの」
ユウトは息を呑む。
レイの表情は、穏やかな怒りの中に、どこか“赦し”に似た感情があった。
「水は、すべてを記憶してる。人が忘れたことも、誰にも話せなかったことも。
水の底は、“想い”でできてる。
ねえ、ユウト――あなたは、あの日からずっと、姉のことを忘れてた?」
「……忘れようとしてた。……ずっと、目を逸らしてた」
「それでも、覚えてた。だから、あなたは水に呼ばれたのよ」
レイはユウトの手を取った。
「私は、姉の“声”を聞いたの。
まだ、沈んでいる。あの水底に。
私たちが向き合わなきゃ、誰も成仏できない。
この学校に巣食う“鏡の裏の世界”――
その根っこにあるのは、あの事故から始まった全ての悲しみなの」
その瞬間、雷鳴が空を裂いた。
屋上に置かれていた水溜まりが波紋を生み出し、人の顔のようなものが一瞬、浮かんだ。
ユウトは直感した。
この現象は、偶然ではない。
誰かが彼らを呼んでいる。水を通じて、記憶を通じて、後悔と罪を通じて――
レイは囁くように言った。
「私ね、怖かったの。真実を知るのが。
でも今は、あなたとなら……もう一度、あの水の底に行ける気がする。
姉を――救える気がする」
ユウトは静かにうなずいた。
「俺も、逃げない。今度こそ……ちゃんと向き合う」
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水鏡の放課後 すぎやま よういち @sugi7862147
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