お茶教室の先生がガチなんです

優夢

お茶目ってそういう意味だったのね。

 私は、週一回、お茶の教室に通っている。

 難しいことはわからないけれど、きちんとした流派で名前も知られている、80代のおじいちゃん先生が教えてくれるところだ。

 年齢もあって、一歩下がってお茶の教室を開いたんだって。

 私みたいなど素人にも低価格で教えてくれる。でも、困っていることがひとつある。



 毎回、必死になるからだ。

 お作法に? 失敗しないか緊張? いやいやいや。

 盛大に吹き出さないよう、私を含めた全員、肩を震わせながら耐えているのだ。



 第一回目の教室は、わりと普通の授業で、お茶の精神や基本姿勢、お茶を楽しむことなどを教えてくれた。

 その時に、先生は「お茶目」という言葉の由来を教えてくれた。



「『お茶目』とは、茶の湯の場で生まれた言葉なのです。

 昔は、お茶会や茶の湯では、文化としてユーモアや遊び心を大切にしておりました。

 場を和ませる軽いジョークや悪意のないいたずら、そういったものを楽しむ精神、それを『茶目』と呼んだのです。

 私も、ここへ学びに来た皆様に、茶の湯の精神として『茶目』も堪能していただきたいと思っております」



 なんのことやら、と思いながら、普通のお茶教室だったなーと思ってその日は帰った。

 料金がすごく安くて、プロに教われるから最高だし、人数も6人、いい感じに仲良くなれそうだし。

 着物の着付け練習にもなる。毎回同じ着物でいいのかな? 私、いい着物って一着しかないんだよね。

 結局、同じ着物で出席した次の教室で。先生は。



 Tシャツ&カーゴパンツでニコニコ笑っていた。

 それはない。カジュアルすぎる。80歳おじいちゃんファッション若い。いやいやそうじゃなくて。

 お茶の教室! だよ! 先生!!



 しかもその格好で完璧な作法でお点前するもんだから、最初はびっくりしすぎてフリーズしていた私もみんなも、だんだん笑いがこみあげてきた。

 よく見るとTシャツは、「じいじ」と下手くそな字でクレヨンで書かれ、たぶん先生の似顔絵らしき芸術的(?)な人物画がカラフルに描かれたものだった。お孫さんにもらった似顔絵、Tシャツにしたの!?

 カーゴパンツの生地が時折キラっとするなと思ったら、めちゃめちゃ高級な着物リメイクだった。ポケットなども最高の位置で模様を切り取ってあって、奥深いオーダーメイド、唯一無二の品。

 たくさんあるポケットには懐紙とか茶杓が突っ込んであって、優雅に、さも当然のように取り出して使うものだから。



 ぷふ、と小さい笑いが隣の人から漏れて、ああ、みんな限界近い! と思った。



 お茶はとても美味しいし、ひとりずつ丁寧に手順を教えてくれるのも嬉しいけど、Tシャツからでかでかと存在感を放つ「じいじ」……!

 表情筋と腹筋がつりそう! 耐えられるの私!?



 その日の最後、先生はにこにこしながら、「場のニーズに合った服装はとても大切です。しかし、ここは学びの場。教室です。服装だけに気を取られるよりも、何を学び、何を楽しむのかを考えてください。本質を見誤ってはいけませんよ」と言った。



 含蓄ある言葉だけれど、自らTシャツとカーゴパンツ(着物リメイク)で示すってどうなの!?

 しかもその次の会、しれっと高級着物でキメてきて、気を抜いてちょっとラフな服にしちゃったメンバーが「うわあ!」って顔したし。

 先生、ニコニコと「そうそう、服装はそんな感じで十分なんです。私もたまに、全力で気を抜きます」と言って、じいじTシャツを思い出した一人がとうとう、ぶふぉって吹いてしまった。



 『 お茶会や茶の湯では、文化としてユーモアや遊び心を大切にしておりました 』



 先生はガチだった。

 ガチで私たちの忍耐力(笑わないでいられるか)を試してきた。

 笑ってもいいのかもしれないけど、一度笑ったら二度と戻れないような、もう、なんでもないことでも笑っちゃいそうな。

 耐えないと! って思った。 メンバー全員がそうだったと思う。

 それに、なんだろう。我慢すればするほど面白くなって、帰ってから思い出し大笑いをするのがとっても気持ちよかった。



 先生の『茶目』はどこかにひとつだけ、さりげなかったり、でかでかしていたり。

 おかげで、教室に入ると、隅々までチェックする癖ができた。

 美しい季節の生け花が、見事な美しさとバランスの「造花」で、まるで題名のように毛筆&木の板で『百円の店の花 縛り千円以下』だったことがあるのだ。

 お花も習ってるらしいメンバーが、「ぐふっ」と袖で口を押さえながら笑っていた。



 ある日は、掛け軸(先生は掛け軸も自分で作っちゃう、絵も描けちゃう!)に、美しい大正モダンな喫茶店の風景と『珈琲って美味しいですね』の文字。

 ここ! お茶の! 教室!!

 別のメンバーが「うぐぅ」って笑いながら呻いていた。



 ある日は、教室、先生がいつもいる隣に、すんごい変なぬいぐるみ?? 人形?? があって。

 祈祷師がカラフルな仮面をかぶっているすんごいやつ。

 それが、その日の先生の着物とそっくり同じ着物着てて!

 これは私がハマった。「ふぶっ」って吹いちゃった。

 優雅でキレキレのお点前をする先生の横に、ずっといるカラフル祈祷師先生。

 授業の最後に、「弟子からメキシコ土産をもらいましてね」と人形を紹介されて、ラストでやっと存在に触れるのか! って余計にツボった。



 別の日は、先生がお点前してる茶器が、ボウルだった。

 キッチンにあるミニボウル。どう見ても台所用品。

 普段通りの優雅さで表情を崩さずお茶を点てる先生。ケーキ作ってるようにしか見えません。

 目の前に出されてびっくり。遠目にはボウルにしか見えなかったけど、金属製のちゃんとした茶器だった。

 近づくことでようやく見える、金属に彫り込まれた和風模様。少しだけ色付けされた部分は、じっくり手に取らないと見えない。

 やられた! と思った。最近はガラス茶器とか素材にこだわらない時代になったけど、ボウルはないって思うでしょ!



 今日は何もないな? と、ある意味みんな身構えていたら、先生がちょっと後ろを向いた瞬間、先生の背中に張り紙があった。

 先生が自分で書いたと思われるもの。めちゃくちゃロックな毛筆で『I really love tea!(お茶めっちゃ好きだぜ!)』って書いてあった。

 英会話教室にも通っているメンバーが、咳き込むふりをしながらずっと笑っていた。



 全員がアウトになったのは一回だけ。

 入るや否や、額ででかでかと毛筆で『笑ってはいけないお茶会24時 開始』と飾ってあった時。

 これは誰も耐えられなかった。



 週に一回、半年で終了するお茶の教室。毎回どこかに顔を出す『茶目』。

 続きをやってくれるなら絶対また入る、と私は思った。

 作法はいつのまにか身についた。楽しみすぎて一回も休まなかった。お点前で緊張することはなく、失敗してもみんなニコニコする空気が当然のようにあって、全員が上達した。



 なんか、先生に手玉に取られた気がしてならない。でもいいの。この先生大好きだし、次は何があるかなってワクワクする。

 嫌なことがあっても、お茶の授業のあとはすっかり忘れていたりする。



 『 お茶会や茶の湯では、文化としてユーモアや遊び心を大切にしておりました 』



 昔の人も、こんなふうにお茶を楽しんでいたのかな。

 この先生が特別ぶっ飛んでるだけなのかな。

 今日も私は、三着目の着物をしっかり着つけてお茶の授業に行く。高級品に見えるけど、実はレンタル衣装の型落ち品。

 一目で気に入って、お茶に着ていきたいと思ったんだ。古着でいいなんて発想、この先生に出会わなきゃ絶対なかった。



 さあ、先生。今日はどんな『茶目』で攻めてくるかな?

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