スマホ殺人通勤電車

銀河野端子

スマホ殺人通勤電車


 真夏の地下鉄は、いつもより蒸し暑く感じる。

半袖にしてきたのにも関わらず、首から、背中から、身体中から汗が吹き出る。

ネクタイを緩めながら、地下鉄を待つ。


 俺、山下大輔はどこにでもいる普通のサラリーマンだ。

なんの変哲もない通勤、仕事、退勤のサイクルを、クビになるか退職するまで繰り返して日々を送るだけ。


 『まもなく2番線左回りの電車が到着します。黄色の線の内側でお待ちください』


 地下鉄がトンネルから押し出す、生ぬるい風を浴びながら汗を拭う。

水曜日の朝はいつも混んでいる。席に座りたいと思いつつも、車内に一歩足を踏み入れるのが精一杯。人混みの間を縫うように、とりあえずいつもの定位置へ。


 取手があるところの壁に寄りかかり、発車予告音と同時にスマホをカバンから出す。天気予報のアプリを開いて今日の気温を確認する。


 27.8度。どうりでこんなに暑いわけだ。人混みも相まって、車内は息苦しいほどに暑くなってきた。唯一マシなのは、今寄りかかっている壁が少しひんやりしていることぐらいだろうか。


 スマホを開いたついでに降りる駅までネットサーフィンをしようと思い、一つひとつアプリを巡回する。


 友人のつぶやき、同僚のアップした写真、メールの確認、最近ハマっている配信者のアーカイブを見て、また友人のつぶやきを見る。


 大体、30分ぐらい経っただろうか。次の駅を確認するためにふと顔を上げると、いつの間にか立っている人は俺だけだった。他の乗客は皆座っていた。


 こんなことを言うのもどうかと思うが、乗客は全員、不気味と思うほどにスマホの画面に夢中になっていた。画面の外側の世界には全く興味がないとでも言うように。


 昔はもっと新聞を読んだり本を読んだり、それこそただただ電車に揺られながら過ごしている人の方が多かったと父が言っていたっけ。今じゃ皆、スマホに支配されているかのように黙々と下を向いている。


 集団は、統一されていた方が何かと便利な時はあるし、有利になる時もある。また、その統一された感じを美しいと思う人もいるだろう。


 だけど統一感は、なんだか不気味で異様な光景にも見えてくる。

なぜかははっきりとわからないが俺はこの集団の一員にはなりたいくないと思い、スマホの電源を切った。


 そして、違和感に気付いた。次の駅まで約5分弱なはずなのに、いまだにアナウンスがない。もしかして通り過ぎたのか?と思い、ドアから外の様子を伺ったが真っ暗で何も見えなかった。ゴウゴウと突っ切っていく音は聞こえるので、走っていることに間違いはないのだが…


「お兄さん、こんにちは!」


 明るい声がした。

声がした方に視線をやると、そこには黒いフードを被った大学生くらいの青年が立っていた。歪な笑顔が少し怖いと思いつつ、話しかけられたので軽く返事をした。


「ど、どうも…」

「お兄さん、今日も暑いよね〜!ほんと、参っちゃうよね〜!」

「あぁ、そうだな…君は暑くないのか?そんな全身黒づくめで」

「ん?いや?もう慣れたって感じかな〜笑」


 明らかに怪しい感じはする。

はやく電車を降りたい。

でも、まだアナウンスがない。

一体どうなってるんだ?

次の駅まであと…


「…お兄さん、今おかしいって思ったでしょ」

「あ、?えっと…」

「僕が教えてあげる!!」


 そう言って、青年は手を突っ込んでいたポケットからスラリと刃物を取り出した。


「この電車は、スマホ殺人通勤電車って呼ばれてるんだ!」

「だから今からお兄さんのこと、殺すね」


 次の瞬間、俺の腕からは大量の血が流れていた。

刃物で切られたと数秒後に気づき、同時に激しい痛みが襲ってきた。


「う、ああああああああああああ!?!?!」


 俺は反射で持っていた鞄を投げ捨て、青年を押し除けて電車の後方を目指して全力で走った。ズキズキと痛む腕を押さえながら、周りに助けを呼びかけた。


「助けてくれ!!さ、殺人だ!!腕を切られた!!誰か!!!」


 しかし、乗客は俺に見向きもしない。全員、スマホの画面に夢中になっている。俺は怒りを覚え、指を忙しく動かしながらゲームをしている高校生を揺さぶった。


「おい!!聞いてんのか!!いや、俺の目を見ろ!!視線をそのクソみたいなものから外せ!!!警察を呼べ!!」


 いくら怒鳴りつけても、高校生は目を画面から離さないでいた。怒りが頂点に達し、持っていたスマホを取り上げようとした。


 が、なぜかスマホは手から離れなかった。

ビタッと、接着剤で貼り付けたように取れなかった。

ありったけの力で引き剥がそうとしても、無駄だった。


「クソ!どうなってんだ!みんなそんなにスマホが大事か!?人の命よりも!」

「だって、ここはスマホに支配されてる通勤電車だよ?」


 背後から、優雅に歩いてくる青年に冷や汗をかく。

青年は刃物をくるくると弄びながら、淡々と説明した。


「ここに居るみーんな、外の世界に興味がないんだよ。だって、どうでもいいから。ネットの世界の方がキラキラして見えるし、何より面白いからねー」

「何…言って…」

「まだわかんない?」


 青年は、俺に向かって大きく刃物を振りかざした。


「助けは来ないし、お兄さんはここで死ぬってこと」


 振り下ろされた刃物は、耳障りな金属音とともに床を刺した。

間一髪のところで、身をかわした俺は無我夢中で走り出した。


「待ってよ〜!逃げても無駄だって〜!」


 そんな明るい声が、俺の絶望を駆り立てる。

嫌だ。死にたくない。死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない!!!


「クソ…!!なんで俺がこんな目に…!!!」


 車両を次々と駆け抜ける。切られた腕からの出血で意識が朦朧とし始めた頃、俺はついに車両の最後尾まで来てしまった。振り返ると、そこにはスキップしながら刃物を振り回している青年がいた。


「あーあ、ゲームオーバーって感じかな!」

「やめろ…やめろやめろ!お願いだ!殺さないでくれ!!死にたくない…」

「んー、それは無理な話だね」

「嫌だ嫌だ!なんでッ!俺がッ!!!」


 左側に衝撃と痛みを感じた。刃物が抜かれた頃には、俺の命の灯火は消えていた。


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「…ふぅ。これで今月は5人目かぁ…」


 返り血を拭きながら、刃物をポケットに仕舞った。


「スマホをずぅっと見てるもんだから、都市伝説の対処法くらい知ってるのかと思ったのにさ〜」


「でもほんと、スマホ見てる時間があったら他のことやればいいじゃんねー」


 一つだけ空いていた座席に座り、僕は隣の乗客に話しかける。


「次はどんな人が来るかなぁ!楽しみだねぇ〜!!」


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                             都市伝説特集サイト

都市伝説:スマホ殺人通勤電車

殺人が起きる異世界の地下鉄に乗り合わせたという噂のもと、いつの間にか乗客全員がスマホを見て座っている地下鉄は要注意。

黒いフードを被った男性に襲われそうになった時は、一つだけ席が空いている車両を探しながら逃げること。席を見つけたら、じっと何もせずに次の駅で停車するまで待つこと。その間、絶対にスマホを見てはいけない。


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