第4話
自分の部屋に入って鍵を閉めると、メリクは机の上に鞄を置き上着を脱いで椅子にかけた。
そのまま寝台の端に腰掛ける。そして身体を横に倒してベッドの上に倒れ込んだ。
……今日でリュティスから直に魔術を教わるのは終わった。
子供の頃からのことを思えば、ここまで長かったと思う。
だが、自分の人生を思えばあまりに短すぎる。
もちろん普通の概念からいえば魔術の師弟というものは、本来卒業も何もない永続的なものなのだが、それを鵜呑みに出来るほど楽天的にはなれなかった。
今でさえリュティスに会う為にはメリクには口実が必要なのだから。
(宮廷魔術師になれば……、国の為に魔術を使うことになる。国の為ということは……間接的にでもリュティス様のお力になれるということになるはずだ)
そうとでも考えられなければ……虚しすぎる。
今までリュティスに会えたのは魔術を教えてもらうという口実があったから。
それが無くなった今、メリクにリュティスに会う理由など無い。
会いたくなったからなどという理由で会える相手でもない。
宮廷魔術師になったら公の場に会えるかもしれないが、でもそれは逆に私の場では直に会えなくなるということだ。
メリクは今日見たリュティスの姿を思い出す。
目に焼き付けておかなければ忘れてしまうかもしれない。
そして公の場で懐かしさで胸が苦しくなるという最悪の状態だけは避けたかった。
「……これから…………どうなるんだろう……」
それは無意識に出たメリクの心からの疑問だった。
このまま遠ざかって。
(……何も存在しなかったことになるのかな)
メリクは目を閉じる。
あんなに忘れ難い人に出会うことが出来たのに。
それは確かに素晴らしいことなのに。
忘れた方がいいなんて寂しすぎる。
リュティス・ドラグノヴァの声、
時折合う視線、
整った立ち振る舞い、
魔術を交感する時だけ触れ合う手……。
(……今は考えるのをよそう)
メリクは起き上がった。
まずは宮廷魔術師団に入らなければならない。
思い半分で入れるほど甘くはないのだ。
アミアの顔にも……リュティスの顔にも泥は絶対に塗れないのだから。
◇ ◇ ◇
強い意志で外界の余計な雑音から意識を切り離し、
臨んだ宮廷魔術師選定試験では、筆記実技共に成績優秀を修め、
メリクは魔術師長を含めた試験官十人全員の合格許可を与えられた。
苦悩に苛まれる時ほど精神的に集中し、最高の結果を手繰り寄せる。
魔術学院に入学した時と全く同じだ。
魔術学院に在学し、十六歳で宮廷魔術師に任命された者は【知恵の塔】の歴史が始まって以来のことだったという。
他人はこれ以上無い満たされた人生と言うだろう。
だが確かに宮廷魔術師になった為に、メリクが失ったものはあったのだ。
――十六歳。
輝きばかり眩しい周囲の環境の中。
……消えない虚無感を胸に抱いて。
【終】
その翡翠き彷徨い【第30話 弱き翼の恐れ】 七海ポルカ @reeeeeen13
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