第3話

「よく頑張ったわね、メリク。丁度時期が良かったわ。リュティスが不在にすることは聞いたわね?」

「はい」

「それでなんだけど……どうかしら、メリク。これを機に貴方宮廷魔術師団に入ってみる気はない?」

 メリクは瞬きをする。

「僕が、ですか?」

 アミアは頷いた。

「十六歳は若すぎると思うけど。でもリュティスのお墨付きなら反対もそんなに出ないと思うわ。それに今の貴方なら魔術学院の講師も成績優秀だと認めてくれる。幼い頃とは状況が全く違うわ。胸を張って魔術師になっていいのよメリク」

「……あの……」

「ん?」

「リュティス様は何とおっしゃっているのでしょうか……」

 アミアはにこりと笑う。

「大丈夫。そうした方がいいんじゃないかって私がちゃんと話しておいたわよ。リュティスも頷いていたわ。貴方は宮廷魔術師になれるだけの素質があるのよ」

「そうですか……」

「もちろん、試験を受けてってことになるけど。どうかしら、出来る?」


 リュティスが反対では無いのなら、メリクが宮廷魔術師という肩書きを拒絶する理由はない。良くも悪くも魔術というものが、自分の生涯に関わり続けるのだろうなということは、リュティスと師弟関係を結んでから特に強く考えることになった。


 魔術という世界にひどく惹かれていたし、普通の人間の感覚にはもう戻れないだろう。


 自分が闇性の極めて強い術師だという自覚はあったが、宮廷魔術師はサンゴール王家に使える直轄の魔術師である。何かを守る為に魔術を学ぶという戒めがあった方が、自分は良くない方に曲がりにくいだろうとメリクも思っていた。


「はい、折角のお話なので」


「よーし。じゃ魔術師長に言っておくわ。多分この二週間くらいのうちに声が掛かると思うから、準備しておいてね」


「はい、女王陛下。ありがとうございます」


 深く一礼したメリクを目を細めて見つめ、アミアは玉座から下りて来た。

 そして目線がすでに自分と同じほどになったメリクを優しい顔で労う。

「……本当に大きくなって。また背が伸びたんじゃない?」

 メリクも微笑む。


「女王陛下とリュティス殿下のおかげです」


「次の総学の試験が終わったら学生寮に移るんだものね。リュティスもしばらくいなくなるし、何だか寂しくなるわね」

「王宮と魔術学院は目と鼻の先ですよ」

「その目と鼻の先がえらく遠く感じる子が約一名いるわけよ」


 ミルグレンのことだ。

 メリクが学生寮に移って、もう少し集中して魔術の勉強がしてみたいと打ち明けた時、王女ミルグレンは寂しくなると大泣きして大変だった。

 アミアが全く会えなくなるわけじゃないのよと呆れながらあやしたが、ただでさえ魔術学院に通うようになって、メリクといられる時間が減ったと感じていたミルグレンは、よほどショックだったのだろう。


 彼女の泣き顔を見て、悪いことをしたような気持ちになったが、やはりメリクは今は少し王宮から離れて魔術の世界と真剣に向き合い……同時に王宮に関わる人以外の人間とも、もっと出会ってみたいという気持ちが捨てることは出来なかった。

 

 自分という人間が、誰かの役に立って生きていると実感できる……居場所が欲しい。


「あの、そういえば宮廷魔術師団に入るには後見人が必要なはず。軍務大臣であるオズワルド様に今回は頼めないと思いますが……」

「ああ、それなら私の名にするつもりだけど?」

「えっ⁉ アミア様のですか?」

 女王自らという後見人の名にさすがにメリクは驚いた。

「え? 駄目?」

「そ、それはちょっと……そうですね……どうでしょうか……僕にはあまりに勿体無い話過ぎるというか……」

 アミアは子供のように頬を盛大に膨らませた。こういう仕草はミルグレンに瓜二つである。


「何よう~。だって後見人は親かそれに準ずる者、流派の師って慣例じゃない。そしたら私にも資格あるでしょ。あ。それともリュティスの名前の方が良かった?」


 あっけらかんと恐ろしいことをアミアが言ったので、メリクは慌てて首を大きく振った。

 今でさえリュティス王子の唯一の弟子、などとやたら誇張されて注目されているのだ。 ここで名実共にサンゴール最高の魔術師と謳われるリュティスに後見人になどなってもらっては、どんな騒ぎになるだろう。

 メリクはリュティスが好きだったが、自分の後見人になってもらいたいとは本当に思わなかった。 


 野放しにするのもと思って宮廷魔術師団入りを認めたのかなとは考えられないことも無いが、自分の後見人になってリュティスが喜ぶとは、どれだけ浮ついてもメリクには考えられないのだった。

 そんなことで最近は平穏で、あまり波立つこともなかったリュティスとの間に、また火種を抱え込みたくない。

 自分の名前と共に呼ばれることをリュティスは決して望まないだろう。これは彼を慕うこととは関係なくはっきりとメリクが確信することだった。


 アミアとリュティスならまだアミアの方が世間との摩擦が軽いよう感じられたが、後見人の名にこれ見よがしに女王の名はマズい。

 そんなことをしてもリュティスが「分を弁えろ」とメリクに激怒して来る可能性はある。


 そこで咄嗟だったが、メリクは慌てて提案した。

「あの……、友人に相談してみてもよいでしょうか。とても有り難いことなんですが……女王陛下を後見人にしたら、サンゴールの玉座を軽く見ていると、僕がリュティス様に叱られます……」

「そんなこと無いのに~」

 こういうことは相変わらず無頓着なアミアである。


「イズレン・ウィルナートというのですが、今度僕が入る学生寮で同室になる学生です。ウィルナート家は今は影を潜めているそうですが、元々は術師として名のある名家。常々彼が宮廷魔術師を輩出したいと親に文句を言われているとぼやいていましたから……多分、喜んで後見人として立ってくれると思います」


「そうなの。それなら仕方ないわね。話してみるといいわ。断られたらまたいいなさいね。私の名前使っていいから」

「はい、ありがとうございます」

 押して来るアミアにメリクは思わず笑ってしまった。

「メリクなら絶対に合格するわ。立派な宮廷魔術師になってこれからも私とリュティスを助けて頂戴ね」

 

 彼女はメリクの成長した姿が本当に嬉しいようだった。


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