第34話 エピローグ ある日の出来事
あの後、俺は健人さんに家まで送ってもらった。母は俺を『姉を取られて悔しい弟』というふうに勝手に解釈していたので(実に不本意ながら)、怒られることはなくむしろ称賛された。
もちろん、俺に何があったのかは知らない。
菜々美さんが部屋を『閉じて』からは、失踪事件も自殺者も出ることはなかった。部屋は『忘れさせる』能力を失い、当初の姿である『逃げ場所』として機能するようになった。
だが一度飲み込んだ記憶や死体が戻ることはなく、失踪者の身内が急にそのことを思い出す、とはならなかった。
そして影山さん、御影さん、山室さんの3人──消えたことが明るみになっている3人の失踪は、結局迷宮入りとなった。記事のネタにできると、沼田さんが喜んでいた。もちろん3人のことを真に覚えている人間はいないので、不謹慎と言えば不謹慎なのだが、仕方ないと割り切っている。
真実を知っているのは、俺と郷田の2人だけだった。
ちなみに『D組』は、俺と郷田が個人的に使っている。あんな危険な機能がなくなれば、もはやあれは絶対にバレない隠し部屋。しかも部屋を管理する権限はどうやら俺に移ったらしいので、もはや自由自在だ。
それと、あんなことに首を突っ込んだ後遺症なのか、俺は幽霊が見えるままになっている。郷田によれば、
『一回でも目についた汚れは、そこまで大きくなくても気になって気になってしょうがなくなる』
のと同じだそうだ。要は、俺はまた変なことに巻き込まれるかもしれない、ということだが……。
実際のところは、あまり巻き込まれていない。あの事件ほどにこんがらがった人間関係がないと、心霊現象なんて起こらないんだろうが……
ジャンプのような、劇的な展開を期待していた身としては少し期待外れだった。
──そして、一年が経った。
◇◆◇
「ぐーーー」
「おーい、服を引っ張るなーーー」
姉の子供は、無事に生まれた。名前は以前から決めていたそうで、菜々美
現在では一歳となって、歩けるし遊びまくる活発な子供になっている。
「そ、う。そ、う!」
そして何を思ったのか、俺の名前をよく連呼してくる。パパやママの後に初めて覚えた言葉がまさか『
姉と健人さんは仕事が忙しく、たまに俺が面倒を見ることがある。きっとその時に覚えたのだろう。
もちろん、まともな呂律はまだ持ち合わせていない。まだまだ
「そ、う。……と、も、だ、ち!」
「ち、が、う。か、ぞ、く、だ」
俺は聞き取りやすいよう、ゆっくりと噛み締めて一音一音発声する。
すると佳華は、ぷくーっと頬を膨らませた。果たして何に怒っているのかは、てんでわからない。
「ぐ、す、る!」
今度は、謎の喃語を話し始めた。何を言っているのかは全くわからないが…… 『ぐずる』?
それは困った。あの親バカ2人が目に入れても痛くないと言い張る子を泣かせたと知れれば──一体どうなることやら。
「ぐ、す、と、る!」
どうやら『ぐずる』とは違ったらしい。一体何の『と』だろう。
もしかして、人の名前か? 絵本か何かに、グストルさんでも出てくるのか?
「えほん、よむ?」
すると佳華は首を振る。絵本でもないなら、何だろう。一歳児の呂律だから、やっぱり聞き取りづらい。
「ぐ、す、と、が、る!」
なんだろう。言葉にキレてる感じがより増えた気がする。俺は何を見落としているんだ!?
ぐす…マザーグースのグースか? 童話を聞かせて欲しいとか……いや、そんな言葉一歳児が知ってるわけない。
でも本人の様子を見る限り、どう見ても何かを伝えたそうな感じだ。
いやあ、全くわからんぜよ。そうふざけて自問自答している時
──
背筋に何かを感じた気がした。その言葉を知っているのは、たった1人のはず──
俺ははやる気持ちを抑え、こう聞いた。
「……goostgirl、って言ったのか?」
俺はわざと、ネイティブな発音で語りかけた。ただの一歳時なら、反応することなんてできないはずで──
彼女は、満面の笑みでうなづき、なんと片腕を差し出してきた。
「あ、お、お前は……」
俺はしどろもどろになりながら、佳華を見る。なんて返せばいいのかすら全くわからないが、ただ俺の口角は、間違いなく上へと吊り上がっていた。
『時間的にギリギリ』
そうか、俺が出会った時点で、もし仮定通りなら期限は9週間。それから7週間を引いて、ついでに解決までに要した時間を差っ引けば──
「……い、い、と、も、だ、ち、な、る!」
未発達の発声器官からは、途切れ途切れな音たちで、意味のある文を作り出していく。もはやそれは、疑いようのない事実だった。
俺はただ一言。笑いながらたった一言だけを返した。その言葉は、俺の心の全てを代弁していた。
「当たり前だろ」
俺は差し出された小さな手を、親指と人差し指でつまむようにして、握手をかわした。
いつの日だったか、手を掴まれた時。その時と同じ感じがした。
了
完結しました! あとがきです
https://kakuyomu.jp/users/kakiichi-kokera/news/16818792436344472444
消えたB組の謎 柿市杮 @kakiichi-kokera
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