Bob Dylan/Traveling Wilburysの「Tweeter and the Monkey Man」を訳す

泊瀬光延(はつせ こうえん)

Bob Dylan/Traveling Wilburysの「Tweeter and the Monkey Man」を訳す

Bob Dylan/Traveling Wilburysの「Tweeter and the Monkey Man」を訳す



 Bob Dylan、Gerge Harrisonなどが一時結成したスーパーバンド、Traveling WilburysでDylanが主に作詞作曲した歌「Tweeter and the Monkey Man」を訳してみた。

 と、いうのは検索してもあまり納得できる和訳がなかったからだ。

 和訳が難しいというのも理由がある。この歌は8行の詩文の「節」(Verse)が5段ある。2行の繰り返し(Chorus)が各節の間に入っている。だが、そこに歌われている物語(Ballad)はその詩文の量より遥かに大きいのだ。

 これはDylan特有の作詞の作法で、話によると、10ページに及ぶメモがあり、そこからこの作品を削り出したという。よって、話が唐突に場面転換したり人物が性別さえも分からないで登場するということが頻繁に起こる。かつ英語の詩(例えばマザーグースやルイス・キャロルなどの作品)は、「ベッドから跳ね起きた」などの昔々的な常套文例や突拍子もない遊び心が入ったりするので、それも非英語話者にとっては難解になる。

 歌の真意(何をイメージしてどういう物語か)はDylan自身が語らないと分からないことであるが、彼や他のメンバーも多くは語ろうとしていない。

 その曖昧さが、聴く者に豊穣な想像を与え、そのイメージは本当に個人個人によって異なるのである。

 このことは私が以前、「The Ballad of Frankie Lee and Judas Priest」という歌の質問を英語のネイティブが集まるフォーラムにした時に体験したことである。英語話者達でさえそうであるので、非英語話者の我々は「意味が分からない」「どうしてこうなるの?」と混乱することが多いと思う。


 私は敢えて自分なりの訳を試みることにした。原詩の「節(Stanza)」単位で原詩と訳を置いてみた。まずは行ごとの意訳をするので、前述のように話が繋がらないだろう。少しでも理解できるように少しづつ補正・追加を行ったものである。


 この曲の面白いところは、Dylanが友人のBruce Springsteenのたくさんの曲から、題名や地名、イメージをこの歌に盛り込んでいることだ。批評家からは「からかっているのでは」と言われたぐらいだが、当人たちは何も言っていない。彼らはライブで親しげに歌っているし、お互いに尊敬し合っているようだ。ジャージー・シティはBruceの出生地のニュージャージー州のことという。Bruce自身も「ボブ・ディランのような歌詞を、フィル・スペクターのようなサウンドに乗せて、ロイ・オービソンのように歌いたかった」と言っているようで、Traveling Wilburysはまさに彼の理想のグループと言えよう。


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[Verse 1: Bob Dylan]

Tweeter and the Monkey Man were hard up for cash

They stayed up all night selling cocaine and hash

To an undercover cop who had a sister named Jan

For reasons unexplained, she loved the Monkey Man

Tweeter was a boy scout 'fore she went to Vietnam

And found out the hard way nobody gives a damn

They knew that they'd find freedom just across the Jersey Line

So they hopped into a stolen car, took Highway 99


ツイーターとモンキーマンは荒稼ぎ

コカインとハッシュを売って大忙しだ

買い手と見せかけた潜入刑事、その妹の名はジャン

なぜかわからないが彼女とモンキーマンは良い仲だ

ツイーターはベトナムに行く前はボーイスカウトだった

『彼女』はバカにされない道を見つけたって分けだ

二人はジャージーを出たら自由の身

車を盗んで99号線を一目散


[Chorus: The Traveling Wilburys]

And the walls came down, all the way to hell

Never saw them when they're standing, never saw them when they fell


自由になるには壁がある、地獄の果まで

壁の上に立てないし、向こう側に飛び降りることも出来ないさ


[Verse 2: Bob Dylan]

The undercover cop never liked the Monkey Man

Even back in childhood, he wanted to see him in the can

Jan got married at fourteen to a racketeer named Bill

She made secret calls to the Monkey Man from a mansion on the hill

It was out on Thunder Road, Tweeter at the wheel

They crashed into paradise, they could hear them tires squeal

The undercover cop pulled up and said "Everyone of you's a liar

If you don't surrender now, it's gonna go down to the wire"


潜入捜査官はモンキーマンを嫌っていた

小さいときから知っていたがいつも虐めてやりたいと思っていた

ジャンは14でヤクザのビルとと結婚

でも丘の上のマンションからモンキーマンに秘密の電話

サンダーロードの外れに奴らの車。ツイーターが運転してた

彼らはパラダイス通りで事故を起こしタイヤの軋む音

潜入捜査官はそこに来て言った「この嘘つきらめ!」

「降伏しないなら縛り上げてやる!」



[Chorus: The Traveling Wilburys]

And the walls came down, all the way to hell

Never saw them when they're standing, never saw them when they fell


自由になるには壁がある、地獄の果まで

壁の上に立っても落ちるだけ



[Verse 3: Bob Dylan]

An ambulance rolled up, a state trooper close behind

Tweeter took his gun away and messed up his mind

The undercover cop was left tied up to a tree

Near the souvenir stand by the old abandoned factory

Next day, the undercover cop was hot in pursuit

He was taking the whole thing personal, he didn't care about the loot

Jan had told him many times "It was you to me who taught

In Jersey, anything's legal as long as you don't get caught"


救急車がやって来て州兵までが出動だ

ツイーターは彼の銃をまんまと取り上げた。彼は『彼女』惚れていた

こうして潜入捜査官は木に縛り上げられ、彼らに逃げられた

廃工場のそばの土産物売り場の近くでね

翌日、彼は怒り狂って追いかける

全財産を投げ出して、もうなりふり構わない

ジャンは彼に何回も言っていた「あんただよ、こう教えてくれたのは!」

「ジャージー州では捕まらない限り何をやっても良いってね!」


[Chorus]

And the walls came down, all the way to hell

Never saw them when they're standing, never saw them when they fell


自由になるには壁がある、地獄の果まで

壁の上に立てもしないし、向こう側に飛び降りることも出来ないのさ


[Verse 4: Bob Dylan]

Someplace by Rahway Prison, they ran out of gas

The undercover cop had cornered 'em, said, "Boy, you didn't think that this could last"

Jan jumped up out of bed, said, "There's someplace I gotta go"

She took a gun out of the drawer and said, "It's best if you don't know"

The undercover cop was found face-down in a field

The Monkey Man was on the river bridge using Tweeter as a shield

Jan said to the Monkey Man, "I'm not fooled by Tweeter's curl

I knew him long before he ever became a Jersey girl"


ローウエイの監獄の近くに来て、奴らの車がガス欠だ

潜入捜査官は彼らを追い詰めた「おい、いつまでも逃げられると思ったのか?!」

ジャンはベッドから飛び起きて「あたし、行くところがある!」

彼女は引き出しから銃を出して言った「知らないほうが良かったのに!」

潜入捜査官はこうして地面に突っ伏して死んだ

モンキーマンはツイーターを盾にして橋の上に逃げ込んだ

ジャンはモンキーマンに言った「その巻き毛に騙されるもんかい!」

「ジャージー女になる前からそいつを知ってるんだ!」


[Chorus: The Traveling Wilburys]

And the walls came down, all the way to hell

Never saw them when they're standing, never saw them when they fell


自由になるには壁がある、地獄の果まで

壁の上に立てもしないし、向こう側に飛び降りることも出来ないのさ


[Verse 5: Bob Dylan]

Now the town of Jersey City is quieting down again

I'm sitting in a gambling club called A Lion's Den

The TV set was blown up, every bit of it is gone

Ever since the nightly news show that the Monkey Man was on

I guess I'll go to Florida and get myself some sun

There ain't no more opportunity here, everything been done

Sometimes I think of Tweeter, sometimes I think of Jan

Sometimes I don't think about nothing but the Monkey Man


こうしてジャージー・シティは静けさを取り戻した

ライオンの巣と呼ばれる賭博場で『私』は座っている

テレビは粉々に壊されている

夜のニュース番組ではモンキーマンの話で持ちきりだ

『私』はフロリダに行って太陽でも浴びようかと思っている

ここには未来もないし全て終わってしまった

時々、ツイーターのことを考え、次のときはジャンのことを考える

もっと時々、モンキーマンのことを思い出さずにはいられない


[Chorus: The Traveling Wilburys]

And the walls came down, all the way to hell

Never saw them when they're standing, never saw them when they fell


自由になるには壁があった、地獄の果まで続いてる

奴らは壁の上に立つことも出来なかったし、向こう側に飛び降りることも出来なかった


[Chorus: The Traveling Wilburys]

And the walls came down, all the way to hell

Never saw them when they're standing, never saw them when they fell




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 物語の内容が少しは理解できただろうか?

 直接的な表現はないのだが、登場人物の殆ど、モンキーマン、ツイーター、潜入捜査官は死んでしまう。潜入捜査官の妹、ジャンも最後の節の『私』の回想では過去の人となっている。最後に現れる『私』は誰なのか不明なのである。


 また潜入捜査官は妹であるジャンに殺されるようだし、ジャンの恋人であるモンキーマンは橋の上でツイーターを盾にジャンの銃口を避けようとするが、ジャンは許してないようだ。潜入捜査官はモンキーマンを幼い頃から知っていて嫌っていた。ジャンがモンキーマンと恋仲になったのは「なぜかわからないが」と詩文にあるが、捜査官とジャン、モンキーマンは幼馴染なのだ。これはDylanの諧謔と思われる。

 ジャンはモンキーマンの恋人だったのだが、なぜかモンキーマンを殺すことになる。この理由も語られていない。ハードボイルド的な物語なのだ。


 さらにツイーターはベトナム戦争に従軍する前は男であり、モンキーマンと麻薬を売っていた時は女性となっている。これはBruceの歌にもそういう曲があるらしいが、私が思い出すのはBeatlesの「Get Back」である。


 潜入捜査官がツイーターとモンキーマンを追い詰めたと思ったら、ツイーターになんなく銃を奪われたということになり、それをさらっと歌ってこちらも聞いてしまうのはDylanならではの魔術である。


 蛇足ではあるが、Dylanの歌詞のありかたを日本ではどのように考えるのか考えたい。この思考は未だ整頓・完結せず、時々の私の論考に著したいと思う。

 Dylanは詩人であると同時にシンガーである。いやその逆かもしれない。そして物語を長い韻文にし、詩脚をテンポに乗せて歌う天才である。それが英語のロックの面白みであり、英語という言葉を操る人々の中で彼のような天才が歴史的に育んできたものだ。


 日本文学はどうだろう?日本語でDylanのような長いバラッドを商業的に聞いたことはない。最近おもしろいと思ったのはNHKの「みんなのうた」で掛かっていた岡崎体育の「ともだちのともだち」

 https://www.uta-net.com/movie/362933/

である。かなりアクセントや拍子を工夫をしている秀歌であるが、物語的に短いし、そのため歌われていない部分の想像力を掻き立てる深みというと、少し限界があるかもしれない。


 和歌や俳句はロック(英語詩が基本にある)と音楽的に見た比較文学的には対等なものであるが、短さが特徴だ。

 明治以降の「今様」風(七五調)の「海潮音」などに見られる形式では、叙事詩的な展開は可能である。が、惜しむらくは現代の若者がそれを文化としては受容していないことだ。校歌や唱歌には残っている。

 また日本語で長いバラッドを歌う天才が出てきたとしても、日本のエンターテインメント業界が視聴者を含めて受けいるとは思えない。忌野清志郎などの業界を問題にしない天才が時々に現れることはあるが。


 三島由紀夫は、ロックのような音楽的な「叙事詩(バラッド)」は日本語では難しいと考えていたようで、そのかわりに川端康成の100篇に及ぶ短編集の「掌の小説」を規模が大きいバラッドのような日本語の「詩」と考えていたと思われる。




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