夜明けの問い

誰かの何かだったもの

0話

その村は、どこか時間が止まったかのように見えた。古ぼけた家屋、石畳の道、そして重く垂れこめる霧。外界から隔絶されたその場所に、悠斗は仕事の関係で足を踏み入れた。


村人はどこか影のある表情をしており、彼を歓迎するどころか、ただじっと見つめるだけだった。悠斗は何かがおかしいと感じたが、それを言葉にすることもできなかった。


宿に案内された部屋は薄暗く、窓の外には黒い森が広がっていた。夜が来ると、森の奥から低く囁くような声が聞こえてくる。


「来るな…」


だがその声は、悠斗の好奇心を掻き立てた。彼は懐中電灯を手に森へと足を踏み入れた。


足元の葉がカサリと音を立てる。暗闇の中、何かが彼を見ている気配を感じながらも、彼は進み続ける。


やがて、朽ち果てた祠が見えた。祠の中には古びた鏡が置かれている。


悠斗はその鏡に映る自分の顔を見つめた。だが、その顔は自分のものではなかった。目が空洞で、そこから冷たい闇が溢れている。


「これは一体…?」


突然、鏡の中の自分が口を動かした。


「お前はここに何を求める?」


悠斗は息を呑んだ。声は自分の声そのものだった。


「答えを…存在の意味を。」


鏡の中の顔は歪み、微笑んだ。


「存在とは問い。問いに答えはない。答えを求めるお前こそ、迷いの始まりだ。」


周囲の霧が濃くなり、悠斗の意識は揺らぎ始める。


「なぜここに来た?」


鏡が波打ち、悠斗は自分が映る像の中に吸い込まれそうになる。


「やめてくれ…」


叫んでも声は届かない。境界が溶けていき、現実と幻想の境目が曖昧になる。


闇の中で、無数の声が囁く。


「お前は誰だ?」「存在するのか?」「お前は影、虚像に過ぎない。」


悠斗は必死に抗うが、力は尽きていく。


気がつくと、彼は宿の部屋で震えていた。朝日が窓から差し込み、霧は晴れ始めている。


しかし、胸の奥に重苦しい疑念が残った。


「俺は一体、何を見たのか?」


扉の外から村人のざわめきが聞こえる。彼らは悠斗を恐れるように避け、決して目を合わせようとはしなかった。


その日、悠斗は村を後にした。だが、心の闇は消えず、問いは消えることはなかった。


「存在とは何か?」


夜の闇は深く、答えは遠い。だが、彼の中の闇は確かに目覚めていた。

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