蚊帳の外

白川津 中々

◾️

まったくよくない趣味をしているなと自分でも思っている。


成原なりはらさん、コーヒーあげちゃいます」


「え? ありがとうございます。しかしどうして」


「普段、普段お世話になっておりますのでぇ? 加奈子かなこなりの感謝のお気持ち表明的なあれでぇ?」


「……ありがとうございます」


新卒の佐藤加奈子さとうかなこはメンターの成原俊道なりはらとしみちに対して先輩後輩以上の感情を抱いている。しかしどうにも不器用というか、学生気分が抜けきれていないというか、子供じみた部分と社会人になろうとしている部分がありぎくしゃくとした接し方になってしまっている。痛々しささえ感じるこの対応、当然成原とてどういう類の感情が向けられているのか気付いている。が、佐藤の恋慕につけ込み食い物にするといった外道は行かない。奴はまったく紳士な奴なのだ。

そして、これは二人も気付いていないが、実は佐藤と同じく新卒の狩屋かりやが彼女に想いを寄せてる。見るからに童貞の彼はやはり童貞なのだろう。入社式、同じ部署に配属された佐藤と話をしただけで「いけるんちゃうか?」と勘違いしてしまったのだ。若く未経験の人間は不思議と自尊心が高く、そういったよく分からない判断をしがちなのである。かくいう俺も……いや、いい。俺の話は。ともかく、弊社内においてまったく綺麗でしっかりとした三角関係が描かれているのだ。この相関図がどのように変化していくのか楽しみで仕方がない。これが俺の趣味。社内の恋愛模様観察。どの部署の誰が誰に赤い矢印を向けているのか逐次把握しデータにまとめ照合する行為にたまらない恍惚感を得ているのだ。

その中で今一番の注目はやはり件の三人なのだが、俺の予想では彼ら、拗れると睨んでいる。佐藤は相手にされず、感情が抑えきれなくなり周りを巻き込み、その話を耳にした狩屋は荒んで業務に影響を及ぼし、成原はさて困ったと思うものの対策もなく、総合的に仕事に支障を出しまくった挙句、成原の退職という形で決着がつく。そんな筋書きとなるだろう。もしかしたら意外な終わりを見せるかもしれないがそれもまたよし。これはリアルな感情が織りなす台本のないドラマ。最高のエンタメなのだ。期待を裏切ってくれた方が観察のしがいがあるというものではないか!


松本まつもとさん、進捗どうですか?」


「絶好調です」


「嘘つかないでください。廊下にゴミ落ちてましたよ」


「あ、仕事そっちの話」


「はぁ?」


「いえ、なんでもないです。掃除してきます」


そして会社のお荷物認定された俺には誰からの矢印も伸びていない。蚊帳の外だ。だからこそ、分かることがある。


さぁ、ゴミを片付けついでに、更なる情報収集をしてこよう。ドラマはまだまだ、腐る程あるのだから。

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