第3話 才能の違いがあるのなら

「どんまいッスよ。二重スキャンなんてあるあるッス。俺なんてさっき商品ぶちまけちゃいましたからね〜。ガチでキモ冷えましたわ」


 坂下はそう言いながら俺の隣でタバコを吸う。

 お前と比べないで欲しいと内心思う。お前が無駄にした商品はいくつだ? それに対し俺は別に無駄になんかしていない。少し間違えただけだ。


「野上さんの吸ってるのアメスプッスか。カッコイイッスね」

「……そう?」

「俺最近友達に誘われて吸い始めたばかりなんで、モブウスとかしかわかんなくて」


 そうやって坂下はパッケージを見せてくる。

 モブウス、初心者向けの吸いやすいものだ。


「野上さんはなんでタバコ吸い始めたんスか?」

「パチンコで吸っているヤツを見かけてそれ以来……かな」

「へぇ〜パチもやってるんですね。なんか大人って感じがするッス」


 坂下はそうやって俺を持ちあげてくる。

 哀れみのつもりか? ミスをした俺への。

 お前もミスをしてるんだからな。


「全然勝てないけどな」

「あー、やっぱムズいんスか。人生そう簡単じゃないッスね〜」


 ガキが知ったふうな口を聞く。無性に腹立たしい気持ちになる。


「俺も今ちょっと音楽系の動画投稿してて〜。歌って見たってやつッス」


 そう言いながら坂下は自身が運営しているチャンネルを見せてくる。

 チャンネル登録者は……14人。再生回数も最も多い動画で105回だった。

 詳しくはないが……売れてない。下手くそ。見られていない。興味を持たれない。それがありありとわかるチャンネルだった。


「へへっ、全然っしょ。マジ人生つれーッス」


 坂下は笑いながらそう語った。

 馬鹿なヤツだ。まだ現実が見えていないらしい。才能がないんだよ。諦めろ。


「伸びてないな。才能無いな」


 マズイ。思わず口に出してしまっていた。

 正論を言われて何を言われるかわからない。

 この場を離れよう。

 そう思い、立とうとした瞬間。


「いやー、実は俺が1番才能あるの歌なんスよ」


 坂下はそう笑いながら答えた。


「あれっス。才能証明書。あれに歌の上手さって書いててー。マジかヨッシャって思ったんスけどね。中学で友達とカラオケに行った時友達の方が良い点数取ってうわちゃーって。あれはショックだったなー」


 坂下も俺と似た経験をしていた。

 自分が最も優れている才能が他者と比べたら劣っている事実。

 だが、何故お前は歌うことをやめていない?


「じゃあなんでまだ歌ってるんだ」


 また思わず聞いていた。現実を、才能の差を見せつけられてなんで諦めてないんだ。


「なんでってそりゃ歌うの好きッスからね。そりゃあ負けた時は悔しかったッスけど1番になれなかったからってやめる理由ないッスし」


 坂下はそう答える。

 胃の中に手をつっこまれ掻き回されるような気分になっていく。


「それに見てくださいよ。これ、このコメント」


 坂下は投稿していた動画のコメント欄を見せてきた。

 たった1コメントだけだったがそこにはこう書かれていた。


『癖がある声で耳に残りました。これからも頑張ってください。』


「この人チャンネル登録とかもしてくれたんスよね。もーめっちゃ嬉しくて、この人の為にも頑張ろって思ったんス」

「……いやいや、こんなの冷やかしだろ。本気になんてすることない」

「かもしんねえッス。でも本気でそう思ってくれたのかもしれねぇッス。それの判断は俺にはわかんないんで。だったらコメント通りに受け取っちゃおっかなーって。俺馬鹿ッスから」


 なんだ、なんなんだ。どうみても冷やかしだろこんなコメント。歌声はストレートに褒められてない。癖があるって馬鹿にされてるんだぞ。そんなことも分からないほど頭が悪いのか。


「やっぱこういうファンがいてくれると嬉しいッスよねー」

「どうせ続けられねぇよ。上見ろ上。何百万再生とかされてるんだぞ」

「まぁそうッスけど。多分その人たちだって初めは少なかったと思うんス」

「才能が違うんだよ。友達の中ですら1番じゃなかったんだろ? 無理だよ無理」

「そッスね。でも才能が違うからってやめる理由にはなんねッス。有名になれなくてもこうやってコメントしてくれたり、聴いてくれる人がいるなら、俺が歌が好きである限りは頑張りたいッス」


 反吐が出る。吐きそうだ。気持ち悪い。

 なんでそんなにキラキラとした表情で語れるんだ。

 諦めろよ。俺と一緒なんだろ。

 中学で挫折したんだろ。もう終わりなんだよ。

 1番才能のあるやつで抜かされたらおしまいなんだよ。


「ま、世の中全部1番が好きってのは無いッスからね! 俺だって好きなバンドは今1番流行りの人達じゃないッスし。てゆーか他にも好きなバンドがあるッスし。そうやって誰かの好きの1つになれたらチョー嬉しいッス」


 ダメだ。こんなお花畑のやつと一緒にいては行けない。

 俺は馬鹿じゃない。馬鹿じゃないんだ。


「あ、ヤッベ休憩終わる。なんか俺の愚痴みたいになっちゃったッスねすんません。聞いてくれてアザッス」


 坂下はそう言って喫煙所から出ていく。


 俺はそのまま休憩を終えて、帰宅した。

 具合が悪かったから。

 あいつの顔を見たくなかったから。

 もうバイトには顔を出したくなかった。

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才能が可視化されたこの世界はどうやら生き地獄のようだ 夕雲 @yugumo___

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