第2話 この世は生き地獄

 ガキの頃の夢はプロ野球選手だったっけ。

 才能が確定するまえから俺は動くことが好きだったのだろう。

 野球がやりたいからと親に頼みリトルリーグに入れて貰った。

 思えばその頃から駿足の才能の片鱗はあったのだろう。足は速い方だった気がする。

 だがヒッティングもキャッチも他より下手くそだった。

 試合ではいつもベンチ。たまに代走で出ていた位だ。


 次第にリトルリーグには行かなくなって行った。

 変わりにまだ見ぬ才能を夢見るようになった。

 中学に入れば別の分野で強くなるんだと。根拠もない自信を胸に過ごしていた。




 そして自分は優れた人間では無いという現実を突きつけられその世界からも逃げた。


 こんなはずじゃない。きっとまだ見ぬ凄い才能があるはずだ。

 そんなことすら願うことが出来ない。

 才能証明書が発行されてしまった以上、俺にこれ以上優れた才能は無く、それすらその分野の人間と比べてしまえば何ら変哲もない凡夫の強さ。


 その現実が辛くて、上を見る度に嫌気がさした。


 勉強なんてどれだけ頑張ってももっと賢い同級生がいるのだからと適当な高校に進学。

 そこでも他者と比べられることが嫌でのらりくらりとすごしていつの間にか卒業。

 大学には入ったものの、部活やサークルに入る気は起きず、勉強にも精が出ず中退してズルズルとフリーター生活でここ数年を送っている。




「…………生き地獄だよなぁ」


 タバコをふかす手はいつの間にか止まっていた。


 パチンコの才能も、睨み返す才能も、啖呵を切る才能も、むやみに当たり散らす才能も、怒鳴る才能も、何もない。

 精々あるものは、家賃手をつけてはいけない金に手を出したという事実だけ。


「ははっ、実は俺が一番優れてる才能ってクズの才能じゃねーの?」


 自嘲気味に笑う。

 でもきっとその才能もそこまで優れている訳では無い。

 世の中にはもっとクズと呼ぶべき突き抜けた者達もいる。

 それに対して俺は内心文句を言っているだけの中途半端な人間でしかないのだ。


 才能がわかることで人生がより良いものになんてなるわけが無い。

 むしろ俺の人生はそのせいで壊された。漠然とした希望すらも、壊されたのだから。






 ヴーッヴーッ


 ケータイのバイブが振動する。

 そろそろバイトの時間だということを激しく知らせてくる。


「うるせぇ……」


 指を動かしアラームを止める。

 憂鬱な気分だ。

 バックレてしまいたいが生活のことや職場でどんな目で見られるのかを想像すると、逃げれない。

 一度家へと帰宅し支度を済ませて出勤する。






「らっしゃいませー」


 24時間営業のスーパー。

 そこで俺は夜勤勤務で働いている。


 別に特別なことじゃない。

 誰にでもできる仕事。

 俺じゃなくても務まる仕事だ。




 ガシャーン


 向こうで何かをこかしたような音が響く。

 すいませんすいませんと聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 おそらく最近入ってきていた大学生バイト……たしか坂下さかしただ。

 ああやって誰にでもできる仕事をミスをするヤツがいる事実を知る度に、俺よりも下のやつがいるんだという実感が安心を運んでくれる。

 ああいうのは何をやってもダメなんだから。








「これに気づかずに行ったらどうするつもりだったんですか!?」

「…………」

「返事くらいしたらどうなの!?」

「…………ッチ……ンマセン」


 面倒くさい輩クレーマーに当たった。

 よりによって俺がレジの時にだ。


 目の前のババアは俺が通した商品の1つが2回スキャンされているといって喚いて仕方がない。

 たしかにミスをしたが精々酒缶1つだろ。そのくらいスルーするのが大人じゃねぇの。て言うか店を出る前にレシート確認とかすんなよ捨てとけそんなもん。どうせ家に帰って酒を飲むことでしかストレス解消できねぇ人生なんだろ。香水くせーんだよ。そもそも俺はバイトなんだから返金対応できねーんだよ他のやつに言え。


 長々と続く目の前のババアクレーマーに耐えながら俺がそんな事を考えていると。


「すいませんお客様。先程責任者の方をお呼びしましたのでもう少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか」


 坂下が横から口を出してきた。


「商品を二重スキャンしてしまったということでよろしかったですよね」

「そうよ!」

「すいません。ちょっとレシートをお見せいただいて…………あー……誠に申し訳ございません。こちらの不手際でご迷惑をおかけしてしまって」


 坂下はババアクレーマーに頭を下げる。プライドとかないんだろうか。


 そんな時に店長がやってきた。遅いんだよ。

 店長はババアクレーマーに頭を下げながら返金対応をしていく。ババアクレーマーはブツクサと言いながらも店を後にしていった。


「野上君。ああいう時は内線で連絡してね」

「……ッス」

「ミスは誰にでもあるから仕方ないけど、その場で何もしなかったら何も進まないんだから」

「……ハイ」


 店長が俺に説教をしてくる。

 俺は適当に聞きながら相槌をうっていく。

 ミスが誰にでもあるんだったら説教なんてしてんじゃねーよ。


「…………はぁ。次、休憩でしょ? 行っていいよ」

「ッス」


 休憩に行きバックヤードへと入る。

 そこには坂下がいた。


「あっ野上さんも休憩ッスか? さっきは災難だったッスね〜」


 坂下はそうやって笑いながら俺に話しかけてくる。バカにしやがって。


「野上さんもタバコ吸うんですよね。一緒にどうッスか。隣の喫煙所で」


 なんで知ってんだよ気持ち悪い。

 断りたいがここで断ったら裏で何を言われるかわかったもんじゃない。……クソ、付き合うしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る