蛍が死ぬ。酒を飲む。私は生きる。
さわみずのあん
2025年5月13日。火曜日。 深夜0時過ぎ。満月。
今日は5月12日だった。
深夜は0時を回る。
最終列車は、もう間に合わない。
2025年5月13日。火曜日。
今日は確か満月だった。
だが、私の頭の上に輝いているのは、
切れかけの蛍光灯だ。
一人。会社の中。
私が座っている机の列のみ、明かりがついている。
当然もったいないから、であるが、ならば、
蛍光灯から、LEDに変えることが先だろう。
と思う。
時代はもう、変わっているのだ。
昔と違い、うちの会社も働き改革とやらで、
残業をすることなど、ほとんどなくなった。
今、こうして、私が深夜まで残っているのも、
もちろん残業などではない。
これが、私の本業なのだ。
私の仕事は、端的に言えば、
社会のため、
ではなく、
会社のため、
働くことである。
そうして、それは、あくまで。
私個人が。勝手に。
他の社員の目が届かないところで。
やってしまった。
と、いうことに、なっている。
もっと、端的に言おう。
秘書が勝手にやった。
政治家の方々がよく言うでしょう?
そういう、仕事。
労働基準法に違反して、
建築基準法に違反して、
けれど、企業はコンプライアンスを遵守したい。
だから、私が。私一人が。
深夜0時を過ぎても、仕事をしている。
蛍光灯を消し、会社のビルから立ち去る。
このビルが耐震強度偽装とかしていたら、
明日から来なくてもいいのかな?
なんて、ありもしないことを考える。
もう終電の時刻を過ぎ、明かりを落とした駅まで、
歩く。
駅には、数台、タクシーがいたけれど、
私はそれには乗らず、駅から離れる。
そして、また、歩く。
途中でコンビニに寄って、カップ酒の300mlと、
明太マヨネーズ入りのカニカマを買う。
そして、また、歩く。
都会の道はもっと明るいのだろうか?
私の歩く道は、街灯はいまだに蛍光灯で、
二つに一つは、切れていて、間隔もまばら。
まあ、うちの会社の仕事なのだが。
私は、暗い夜道を歩く歩く歩く。
街灯は、もう、一本もない。
あるのは、月明かりのみ。
それでも、歩いていく。
ふと、足音が軽くなる。
川のせせらぎが聞こえる。
いつの間にやら、私は、橋の上。
橋の真ん中のあたりで、冷たい風が吹いた。
私は立ち止まり、欄干によりかかる。
川。は。真っ暗だ。
ただ、音。だけがする。
私は鞄から、酒と肴を取り出す。
体は欄干にもたれさせたまま、
見えない川の音を眺めて、
ちびりちびり。
もし、今の私を誰が見たら、
はやまるんじゃない。
なんて、言われるのだろうか?
こんな川では死ねない。
底が浅い。流れも遅い。
橋の高さも高くない。
死ねない。
けれど、会社には行かなくても良くなるかもね。
なんてことを、考えて。
びびりびびり。
ちびりちびり。
カニカマがなくなり。
していると。
ちびび。
ちびび。
黄緑色の光が一つ。
せせらぎの中を照る。
ちびび。
ちびび。
ちびび。
ぼんやりと、川の流れも見えてくる。
ちびび。
ちびび。
ちびび。
蛍が一匹。飛んでいる。
蛍が一匹。生きている。
ちびび。
ちびび。
びびび。
こちらに近づいてきている。
「おーい、こっちの水はー、辛いぞー」
手に持っている酒の、辛口の字を、
蛍に見せるようにして、叫んだ。
びびび。
びびび。
びびび。
それでも、なお、蛍は近づいて、
びびび。
カップのガラスにとまった。
びびび。
びびび。
私の手元で、蛍が輝いている。
蛍は、まだ半分ほど残っている酒を、
のぞきこむように、手足を動かし、
びびび。
びびび。
煌いて、
ち。
酒の中に、落ちた。
私はカップを覗く。
酒の上には、満月が映っていて、
その上で、蛍が、
ち。び。ち。び。
と、手足を、しばらく、動かして、
そして。動かなくなった。
満月と蛍の浮いた酒を持って、
私も、しばらく動けなかった。
この川には、うちの会社の河川工事が入る。
川底の土砂を取り除き、護岸工事を行う。
川底は深く、川幅は細く。川の流れは早く。
入水自殺ができるくらいに。
蛍が育つことのできないくらいに。
安全性のためでも、環境のためでもない。
ただ、会社のためだけに、工事が行われる。
私が、そう、絵を描いたのだ。
溺れた蛍に、私は言う。
「お前が死んでも、何も、変わらねえよ」
そう呟いた後、酒を呷る。
蛍を奥歯で、噛み締める。
存外やわらかく。
スイカの白いところの味がした。
「くそっっったれええぇっっ」
そう叫んで、ガラス容器を思いっきり、
川に投げ捨てた。
家に帰り、シャワーを浴びた。
時刻は3時を回っている。
2025年5月13日。火曜日。
今日は満月。
今日は火曜日。
今日は満月。
今日は火曜日。
もう、眠らなければいけないのに、
消えない明かりが、ちらちらとしている。
ちびび。
ちびび。
ちびび。
私の頭の上に切れかけの蛍光灯が、
点滅している。
そいつを頭のソケットから外して、
叩き折る。
鋭く尖った、割れたこの切っ先は、
誰に向ければいい?
刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す
刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す
刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す
そんな考えと、
蛍は毒を持っていたことを思い出した。
満月だけが、部屋をぼんやりと照らす。
蛍が死ぬ。酒を飲む。私は生きる。 さわみずのあん @sawamizunoann
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