パターンB:開けたい。

 山田孝夫やまだたかお君は絶賛就職活動中の大学三年生。

 大学にネームバリューがないせいか、なかなか内定をもらうことが出来ず、エントリーした企業は数知れず。面接に行けども行けども、次に進むための連絡が来ることはほとんどなかった。


 自信が損なわれていた山田君だったが、唯一最終面接まで残ったのが美容師が扱う器具を販売する企業だった。指定された面接時間の五分前に到着した山田君は、事前に説明されていた通り、最上階にある役員室へ。

 山田君はようやくこぎつけた最終面接ということもあり、緊張した面持ちでパイプ椅子に座った。


 しばらくすると元カリスマ美容師で現在代表取締役を務める若き社長が入室。向かい合って面接がスタートした。


 質疑応答の前に社長は言った。


「最近の若者は美に対する意識がとても低くてね。ウチはハサミやウィッグなど色々な商品を扱っているけど、とにかくボクは美しいものしか作りたくないんだ。なので、君もウチの社員となることが決まった時には、相応の美意識を持って欲しい。美しさの欠片もない人間はこの世に存在する価値がないッ!」


 言葉の圧に押されて山田君が「わ、分かりました」と答えたところで、質疑応答がスタート。

 簡単な自己紹介が済み、「私が御社を志望した理由は……」という話を山田君が始めた時、一本の電話が掛かって来た。社長は一言二言会話を交わした後、電話口の相手に向かって「すぐに行く」と言い、電話を切った。


「申し訳ないが、しばらくここで待ってもらっても良いかな。すぐに戻るから……。あ、机の上のものには絶対触らないでくれたまえよ。1ミリでも位置を狂わせたくないんでね」


 そう言って、社長は部屋を出て行ってしまった。


 一人部屋に残された山田君。

 初めはぼんやりと椅子に座って社長の帰りを待っていたが、五分経ち、十分経ち、一時間経っても社長は帰って来ない。


 そうこうするうちに、山田君の頭には色々なことが浮かんでは消えていく。


『社長の顔色が変わったのは、何か会社にとって大きな損害になるような事件が起きたからだろうか』

『もしかしたら、社長の家族に何かあったのかもしれない』

『いやいや、実は社長が受けた健康診断でガンが発覚してその検査結果を聞きに行ったとか……』

 

 仮に社長の身に何かあったら、ここで内定をもらっても会社の雲行きは怪しくなる。このままこっそり部屋を出て、面接自体なかったことにしてしまおうか?


 鞄を手に立ち上がり、ドアノブに手をかけようとしたその時。

 山田君はふと思った。


『もしかしてこれこそが最終面接? 緊急事態になった時にどう対処するかをどこかで見てるのかもしれない』


 自分が面接官だったなら、どこを見るか……必死で考える山田君。


『ただ待機するだけではなく、いざという時に行動力のある人材かどうか、とか?』


 よし、まずは社長が帰ってきても大丈夫なように、部屋の片付けをしておこう。

 山田君はさきほどの社長の言いつけも忘れて社長デスクに向かったところ、書類やノートパソコンなどに紛れて、地球儀サイズの段ボール箱が置かれているのを見た。少し汚れているが、蓋は閉じられている。中身については明記されておらず、ただ一言『開けるな』の文字が赤字で書かれていた。


『何の箱だろう?』


 山田君はその箱を色んな角度から眺めてみたが、どこから見てもただの段ボール箱である。

 試作品でも入っているのかもしれないと手を伸ばしかけたその時、社長の言いつけがよみがえった。


「机の上のものを触らないように」


 慌てて手を引っ込める山田君。

 一旦パイプ椅子に戻って座り直すも、なんとなく箱のことが気になって仕方がない。


『あの箱は一体何なんだろう……』


 部屋に入って来た時は緊張でそこまで気にならなかったのに、一度認識してしまうと存在自体が不自然に感じる。


 山田君はもう一度箱を確かめるためにデスクに近寄った。

 『開けるな』の文字が逆に山田君を誘っているようで、逆に開けたくなってくる。でも開いた途端、社長が現れて「はい、君は失格。我が社の採用試験は不合格」と言われるかもしれない。いやでも、不合格になったとしても、僕の中にある『開けたい』という欲求は一生残り続けるような……。


『だったらいっそのこと、サッと開けて中身を確認してから逃げるのもアリか?』


 好奇心に負けた山田君は箱に手を置いたものの、緊張で指は震えるし、額から変な汗も流れてきた。


『ええい、開けるぞ!』


 心を決めていざ開けようとしたその時、デスクにある社長の電話が鳴り響いた。

 びくつく山田君。

 コールは五回ほど鳴って切れ、部屋に静けさが戻る。


『開けようとしている僕を、どこかで社長が見ているのかもしれない』


 山田君は部屋の中を見回す。

 社長が退室して既に二時間が経過していた。


 ここで山田君はあることに気が付いた。


『もしやこの箱には、裏帳簿のような見付かってはマズい会社の金の流れに関する資料が山のように入っているのでは……。それを隠そうとしてとりあえず箱に詰め込んだとか。ほら、テレビでよく見るじゃないか、国税のガサ入れに備えて一旦どこかに移しておく、みたいな』


 もしそうだとしたら不用意に開ける訳にはいかないし、裏金を作っている会社なんてロクなもんじゃない。そうだ、そんな危ない会社に就職したら、自分はまともな仕事をさせてもらえないかもしれない。


だったらもう最終面接なんて受けてる場合じゃないぞ!


 山田君は面接を放棄することに決め、鞄を手にドアノブを回そうとしたが、『だったら最後に箱を開けて、どれだけ儲かってるのか確認してから、ダッシュで逃げたらいいんじゃないか』と思い直した。


 山田君は踵を返して社長のデスクへ。

 箱を前にしてひとつ深呼吸をし、いざ開いてみると……。


 そこには、練習用の土台にするマネキンの頭がひとつ入っていた。


 なんだ、練習用の頭か、とがっかりした山田君はフタを閉め直そうとしたが、よく見るとやけに髪がリアルなことに気が付いた。


「なんか変だな……」


 すっぽりと箱に収められていた頭を取り出してみると、首の付け根のあたりが妙にぬるぬるとする。気になって自分の手を見ると、べっとりと赤い液体が付着していた。


「うわわわわわわわわわッ!!」


 箱に入っていたのは練習用の頭ではなく、本物の人間の生首だった。

 動揺した山田君が生首を放り出して腰を抜かしていたら、がちゃりとドアが開かれた。社長の帰還である。


 床にへたりこんでいる山田君と床に転がっている生首を見て、社長の表情は一変した。


「もしかして君、私の机の上にあった箱を開けたのか!?」


 すさまじい剣幕で怒鳴る社長に、山田君は「す、すみません、悪気があった訳ではなくて、いや全くなかった訳ではないのですが、というよりも社長、生首、生首が……!」と目を開いたままの悪鬼のような形相で固まっている頭部を指差した。


 社長はツカツカとデスクに駆け寄ると、「あぁぁぁ、私の大事な机の上が乱れているッ! 書類は散って、パソコンは角度が十八度ズレているッ! これではちっとも美しくないッ! 美しくないじゃないかぁぁぁぁッ!」と半狂乱になりながら、必死で元通りに直し始めた。

 

 あまりに異常な社長の行動に怯えた山田君は、腰を抜かしながらもズルズルと何とかこのおかしな場所から逃げなければと這うようにして移動を試みる。


 が、その様子を視界の端に捉えた社長は片付けていた手をピタリと止め、山田君に向かって「お前のせいで……お前のせいで、私の美しい机が汚れてしまったじゃないか……。絶対触るなという言葉すら守れないなんて、どうせお前なんか九九もまともに言えない馬鹿で阿保な癖に、デカい声で主張だけは一丁前にするようなロクでもない学生なんだ……」と呟いた。


 社長の手には、髪を切るために使われる切れ味抜群そうなハサミが握られている。

 山田君は恐怖に震えながら、「も、申し訳ありませんでした! 本当に本当にすみません! でも、まさかそこに生首があるなんて思わなくて……!」と弁解したが、社長は山田君の眼前まで顔を近付けて一言、「美しくない人間など、うちには必要ない」と言い放った。

 

 山田君の叫び声が部屋中に響き渡り、やがて静かになった。


 四月一日。

 新年度のスタートと共に、コンコンと役員室の扉をノックする音がした。

 希望と緊張に包まれた顔をした新入社員たちが「失礼します!」と部屋へ入る。


「ようこそ我が社へ! 最終面接でも言った通り、ボクは美しいものしか作りたくないと思っています。ウチの社員となったからには、美意識を高く高く持って仕事に邁進まいしんして頂きたいッ!!」


 はい、と元気に返事をする新入社員たち。

 デスクのそばには赤黒くにじんだ汚れが付着した段ボール箱がごろごろと置かれていたが、気に留める者は誰一人いなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

山田くんの就職活動 もも @momorita1467

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説