〈1分小説〉声なき片影の灯
夕砂
声なき片影の灯
名もなき一つの小さな光は、夜空に浮かぶ星の群れに埋もれるように、そこにあった。
星座にも属さず、誰の記録にも残らず、望遠鏡のレンズにもかからない。
そんな小さな星は、夜ごと変わらぬ場所から、人々をただ見守るのが好きだった。
何かを伝える手段もなければ、呼びかける声も持たない。
けれど星は、一つ一つちゃんと記憶していた。
灯りが落ちた部屋の奥で、声もなく肩をふるわせる人。
伸ばしかけた手を、そっと胸元に戻したまま動けない子ども。
行き先を持たないまま、信号のない交差点に立ち尽くす小さな背中。
誰にも呼ばれなくても、誰の目に映らなくても、それでも星は、それらを照らしていたかった。
夜の向こうで、いくつもの日が巡っていく。
人の営みも、涙も笑顔も、星には手が届かない。
けれど、その無力さすら美しいと、星はどこかで感じていた。
でも、星はときどき思うことがあった。
誰にも見つけられず、名も呼ばれず、ただ夜空に浮かび続けるだけの存在に、意味はあるのだろうかと。
人の時間には触れられない。何かを変えることもできない。
それでも夜が来れば、また当たり前のように光を灯していた。
誰かがふと顔を上げたとき、空に光がないよりは、あるほうがいいはずだ。
ただそれだけの理由で、星は今夜も、そっと光を灯す。
そんなある晩、一人の少女が歩いていた。
ゆっくりと、何かを引きずるようにして。
声にならない思いを抱えたまま、ふと顔を上げたその先に、夜空が広がっていた。
無数に散りばめられた星たちは美しく光り輝いていた。
でも、少女はその影にある小さな星に、目を奪われた。
少しでも瞬きをしたら、見失ってしまいそうなほどの儚い光。
「ここにも、ちゃんと光ってるのがいるんだね。」
手を伸ばした少女の声は夜空へ、すうっと溶けていった。
小さな人間の声は、たしかに星に届いていた。
声を持っていない星は、何も返すことはできない。
けれど、その夜はほんの少しだけ、強い光を放ってみた。
誰にも気づかれなくても、名がなくても、
真っ暗な夜に寄り添うために、ここにいる。
その光が、だれかの夜にひとしずくでも届いたのなら、
それこそが"光る"ということなのだと、星は初めて知らされた。
〈1分小説〉声なき片影の灯 夕砂 @yzn123
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