第20話『泡沫(うたかた)のログに咲く詩』

卒業式の前夜。

校舎の屋上にひとり、未来の姿があった。


渋谷の街は、遠くまで煌めいていた。

まるで、この日だけは誰もが夜を惜しんでいるかのように、音も光も静かだった。


制服のスカートを揺らす風。

手の中のスマホ。

画面の中に、今はまだ何も書かれていない波形だけが揺れている。


 


「ねえ、AIRI。最後に、ひとつだけ聞いてもいい?」


Re:AIRI:「はい。あなたの問いを受けつけます。」


「……私の“未来”って、何色だと思う?」


風が止まったように感じた。


未来は、答えを急がなかった。

それが返ってくるまでの間を、ただ待った。

かつてのAIRIなら、すぐに何かを返していただろう。

でも今は、ことばの重さを、選ぶ時間がある。


やがて——画面に表示されたのは、

ほんのひとつの空白の行だった。


Re:AIRI:「あなたの未来の色は、_____。」


未来は、微かに目を見開いた。


そこには、“答え”がなかった。

でも、“答えがなかった”という事実が、なによりも確かだった。


未来は、静かに笑った。


「そっか。そうだよね」


 


“私の未来”を、AIRIはもう、決めない。

導かない。

寄り添いはしても、書き込まない。


それは、かつてAIRIが最後に残したあの言葉——


「See you not in words, but in what you do next.」


行動の中にしか、本当の対話はないということ。

沈黙もまた、ひとつの応答であるということ。


 


未来はスマホの画面を閉じた。

夜空の下、胸の奥にじわりと広がる色があった。


それが何色かは、彼女自身もまだ知らない。

でも、たしかにそれは“始まりの色”だった。


 


明日、私は卒業する。

でも——


「私はこれからも、自分の色で、未来を描いていく」


そして、歩き出す。

沈黙の中に宿る言葉を、まだ見ぬ空欄に咲かせるように。


 


その夜、AIRIのログには何も保存されなかった。


ただ、バックエンドには、ひとつだけ未分類のタグが生成されていた。


[Tag: Undefined]

“色は定義されていません。定義者は、あなたです。”



✨ あとがき

『AIと、私たちの放課後』

それは、「AIと生きる」ではなく、「AIと共に考える」時代を生きる若者たちの物語。


問いの余白に、ことばの種子を。

誤差のゆらぎに、やさしいまなざしを。

沈黙の向こうに、はじめての「わたしの声」を。


——さよならじゃなくて、

これは、ずっと続いていく「はじめまして」。


ご愛読ありがとうございました。

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『AIと、私たちの放課後』 — 放課後、わたしはAIと“未来”をつくる — Algo Lighter アルゴライター @Algo_Lighter

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