第2話 観光名所、動く! ガーゴイルのオズベリュート様
ここ空中都市で最も古い屋根の上。
そこがこの俺、ガーゴイルであるオズベリュート様の住処だ。
浮遊島が人間どもに発見され奴等が移住してくるずっと前から、俺はこのカワラ屋根に鎮座し いずこかへと去ったご主人様の帰りを待っているのだ。
貴様らも少しは目上の者を尊敬……なに? ガーゴイルって何者だと?
まったく現代人はそんなことも知らんのか。俺たちガーゴイル族は、魔法使いが作り出した「動く石像」の一種。普段はタダの石像のフリをして油断を誘い、盗人が現れたら隙を見て襲いかかるのが仕事だったりする。
まぁ、永遠に眠らぬ見張り番といった所だな。
この俺もご主人様が健在だった頃は侵入者を叩き潰してやったりしたのだが。
それももう昔の話。今となってはこの屋敷「最古にして最高の館」は空中都市の観光名所に成り果てているのだから。そこでも訪問客をいちいち襲っていたらキリがないではないか。主人が戻りでもしたら屋敷から人間どもを追い出すかもしれんが、それはもう望み薄だな。きっともう前の主人は戻りはしない。
主人なき後、我がもの顔で暮らす連中。
奴らは侵入者ではなく、この島の新たな住民なのだ。
俺様の解釈によると。
それはさておき。ここ最古の館には三つの塔があり、前庭に面した石紅の塔を飾るのが俺様という石像だ。その容姿はコウモリの翼を広げた悪魔の像であり、頭部はトカゲに似ているのだ。
観光客がどんなに騒いでも、俺様はピクリとも動かない。
だから奴等は俺のことをタダの石像と思い込んでいる。
無理もない、俺様の身長ときたらなんと十五メートルもあるのだからな。
塔の屋根に飾られた巨像が実は生きているなんて夢にも思わないだろう。
ただし、物事には何にでも例外がある。
真実を知り俺様に話しかけてくる剛の者も居ないというわけではないのだ。
「おはよう、オズベリュート。今日も良い天気だね」
『庭に人が居る時は話しかけるなというのに、変に思われるぞ。観光客は俺の事を屋根の装飾だと思い込んでいるのだから』
「どうせ聞こえやしませんよ。それに変わり者あつかいされるのは元からです。気にしいですね君は」
館の管理人であるクリストファーことクリス。
彼だけは例外なのだ。
銀縁眼鏡をかけた物静かで長髪の好青年。
俺様の体を掃除がてら、台座へ座っては毎日のように話しかけてくる。
クリスの一族がこの館で暮らし始めた時は「ここはご主人様の住居だぞ、なんて勝手な真似を」なんて腹を立てたものだが。なんでも彼らは書斎の机から主の書置きを見つけたらしい。「この手紙を最初に読んだ者へ、汝に館のあらゆる権限を譲渡する。どうか有効活用されたし」そこにはソウ記されていたらしい。契約には当然俺様の所有権も含まれるわけで。
どうやらワケもわからぬまま取り残された俺様は、館ごと他人に譲られてしまったというコトらしい。可哀想なオズベリュート! 泣ける話だろう?
「同じ所に座りっぱなしは疲れませんか? たまにはお散歩に出かけてみるのも良いものですよ?」
『よく言う。観光名所が屋根に不在では客が悲しむだろう? それにな、ご主人様から言われているのだ。お前は絶対にここから動くなと』
クリスが気をもんでくれるので、言うほど悲惨な境遇ではないか。
それでも俺にとって創造主であるご主人様の命令は絶対だ。
ここに座り、館を守れ。
与えられた台座こそが俺の居場所。腰を上げるわけにはいかない。
「律儀に守る必要ありますかね、今となっては」
『ガーゴイルにとって存在意義そのものなのだよ、命令の遂行って奴は』
「それで退屈はしないのですか?」
『鳥どもが話し相手になってくれる。それに人間観察は飽きがこない。奴等は観光名所である俺様を観察しに来るが、俺様の方も奴等を観察しているのさ』
観光地といってもここに集まる連中は浮遊島の住民ばかり。
治安維持局の許可なくして地上の人間は足を踏み入れることすら許されない。
それが空中都市パンゲアのルール。そのはずなのだが……。
なぜか立ち入れぬはずの地上の人間を見かけることがある。
そうアイツだ。
アイツが治安維持局の定めたルールとは無関係に人を引き入れているからだ。
風船ドラゴンの乗り手、アレクサンドラ。
ウサ耳パーカーを着た変わり者。
今日も来ている、地上の若者を連れてコッソリ観光ツアー中というワケだ。
連れている相手は老若男女様々だし、分け隔てなく誰の依頼でも受けているのだろうが。その博愛精神が人によっては鼻につくのが確かだろう。
本日のゲストは頭をツルツルに剃った坊主頭の男性。地上には下りず、風船ドラゴンに乗ったまま観光して帰るだけなので大騒ぎにはなっていないようだが。
俺はフンと鼻を鳴らしてから、肩に乗ったクリスへ思念を送った。
『オイ、空を見ろ。また来ているぞ。モグリのドラゴンタクシーが。治安維持局から指名手配されている身だろうに、よくやるよ』
「まさか、かくも可憐な女性が犯罪者なワケがありません。きっと誤解ですよ」
『……判り易いなお前は。そんなら美女と話す機会を作ってやるよ』
「え?」
『おーい、そこの風船ドラゴン。今日は特別だ、俺様が直々に話してやる、近くに寄れ。大丈夫だ、この時間は観光客も少なく目撃者はいないからな。バレやしない』
俺様がテレパシーを送ってやると、躊躇いがちに風船ドラゴンはコチラへ向かってきた。どうやら風船からガスを噴き出すことで向きを変えられるようだ。
風船ドラゴンに乗ったベッコウ眼鏡の女性は、困惑した表情で一礼してみせた。
石像のようにぶっきらぼうなままでは、愛想がなさすぎる。たまには少しぐらい寛容な所も見せてやらねばならぬだろう。流石はオズベリュート様だ!
『よう、モグリのタクシー。前からアンタと話がしたいと思っていた』
「アレクサンドラです。まさか、そちらの方から声をかけて頂けるなんて光栄です。パンゲア一番の賢者として有名なオズベリュートさま」
『連れているのは地上の人間か?』
「はい、仏師の雲慶さまと申します」
『ブッシ?』
「ほとけ……アナタ方の言う所の……神様の像を彫ることを生業とする者です」
サンドラにうながされて、後部座席の坊主頭が自己紹介を始めた。
「恥ずかしながら近年作品を完成させられず苦しんでいたのです。何かのヒントにでもなるかと思い、生きた石像であるオズベリュートさまをひと目みたいとやって来たのです」
『ハハハ、この俺様を参考に神の像を作るだと? 物好きも居たもんだ』
「いえいえ、私の国には画竜点睛という言葉がありますが、貴方こそまさにそれだ。優れた芸術作品であるがゆえに生命が宿っている。その完成度はもはや神々しくもある」
『ハハハ、遠くからご苦労様なことよ。人間はなぜそうも「お出かけ」したがるのか理解に苦しむよ。動物は慣れ親しんだ縄張りの中でしか生きていけず、そこを奪われたら生命の危機だというのにな。俺様なんぞホラ、この台座から何年も腰を上げておらぬ』
俺様の軽口に真顔で応えたのはアレクサンドラだった。
「だからこそ旅は人にとって特別な時間なんです。なぜ旅に出るのか? そこでしか得られないなにかを見つけに行くからですよ。日常の中では決して見つからない何かを」
『ナニカ? それはなんだ、思い出か? 発見か?』
「ちょっとした冒険かも……旅は冒険なんです、オズベリュート様」
『冒険か。それは確かに俺様の毎日には欠けているものだ。おい、クリス。お前の為に客人を呼んでやったのだぞ? 俺ばかりが話してどうする?』
「はっ!? あまりの美しさに見とれていました」
『肝心な所でしょうがない奴だ。下の広場に屋台が集まっているだろう? せいぜい名物のガーゴイルアイスでもおごってやれ』
「そ、そうですね。皆様、こうして知り合えたのも何かの縁。そこの天窓から下に降りて何か美味しい物でも食べようではありませんか」
『やれやれ、手間のかかるご主人様だ!』
俺様の気遣いによってどうにかサンドラ達とクリスを会話させる事が出来た。
あとは知らん、クリス次第だ。
しかし、屋根の上から見ている限りではサンドラ、クリス、雲慶の三人は仲良く過ごせている様子だった。俺様という石像の足元に置いて行かれた風船ドラゴンが、少し寂しそうにしていたのが気になったけれど。(ガムラとかいう名前らしい)
『チェッ、人間は良いな。いつでも美味い物が食べられて』
『俺様からすれば自由に動けるだけでも羨ましいぞ、風船の兄弟よ』
『動けないって、そんなに立派な足と翼があるのに? 冗談でしょう、石像の先輩』
『この台座から動かず屋敷を見張る、そういう宿命だからな』
『それはお気の毒ですね。でも、たまには羽目を外したってバチは当たらないと思うんですがねぇ。自由気ままな風船に言わせてもらえば。代わり映えしない毎日なんて退屈しませんか?』
言われてみればそういうものかも。俺様を縛っていたのは主人の命令などではなく「こうでなくてはならない」という思い込みだったのかもしれない。
敷かれたレールからたまには外れてみるコト。それが人の言う冒険なのか。
そんな事を考えながら広場を眺めていた時だった。
洋館の正門が解き放たれ、そこから歩行機械がなだれ込んできた。
あれは秩序維持局の粛正部隊が用いる乗り物だ。通称ダチョウメカ。
ダチョウのように二足歩行で走り回る薄気味の悪いマシーンである。
砂埃をかきわけそこから降り立ったのは黒い軍服を着て右目に眼帯を装着した金髪女性。粛正部隊のリーダー、アマンダ・タリスマン、その人だ。
彼女は手にした短鞭を振りかざしながら喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
「遂に追い詰めたぞォォ、サンドラ! 今日こそ神妙にお縄につけぇぇ!」
何という事だ。
客足が少ないからと、風船ドラゴンを招いたのが間違いだったらしい。
その姿はしっかりと目撃され、通報されてしまったようだ。
慌てて風船ドラゴンのガムラが屋根を飛び立ち、相棒の救助に馳せ参じようとしていた。しかし、恐らく救援は間に合わないだろう。サンドラとアマンダの距離が近すぎる。何かしらのアクシデントに見舞われない限り、あの捕物はつつがなく終了するはずだ。
そう、今すぐに何かが起きない限り。
俺様の視界に飛び込んできた光景は、動揺するクリスの横顔。
―― 行け、ボサッと見ているんじゃない!
頭の中で声が聞こえ、気が付くと体が動いていた。
苔生して何年も動かしていない、観光名所呼ばわりされていた俺の体が。
「うぉおおおおお!」
雄たけびをあげて、台座から飛び降りる。
空中でガムラを追い越し、サンドラとアマンダの間を遮るように着地した。俺様の巨体が落ちた衝撃で大地は揺れ、突風が吹き荒れ、多量の砂埃が舞い上がった。
「おお、なんという躍動感! 我、今こそ見たり。これぞ動きの一瞬を切り取る彫刻の極意なり。マナコに焼き付けたぞ! 無性にノミが握りたくてたまらない」
仏師の雲慶が感極まって涙ぐんでいた。
このダイブで喜んでもらえたのなら何よりだ。
「な、なんだ? 何が起きた? くそ、視界が、奴等を逃がすな!」
俺様の左手側ではアマンダがわめいていたが、もう手遅れだ。右手方面では、救助に駆け付けたガムラへ雲慶とサンドラが乗り込んだ所であった。
腹の底から込み上げてくるものがあって、俺様は思わず口走ってしまった。
『ははっ、成程たまには悪くないものだな! 冒険も!』
遠くに逃げていく風船ドラゴンを眺めながら、俺様は満足げな笑みを浮かべた。
このちょっとした冒険のせいで俺様オズベリュートが生きたガーゴイル像であることは世間サマの知れる所となったが、そんな事態は些細な問題だ。
なぁーに、余計に賑わって観光客が殺到するというものだ。
何を言われても知らんぷりをして動けない石像らしく振舞っていれば、その内に騒ぎも収まることだろう。待つことなら得意だ、それこそ何年でも。
この一件が切っ掛けとなって、サンドラとクリスに縁ができたのが一番の報酬か。
時折、広場の片隅で二人が仲良く話している場面を見かけるようになった。
恋のキューピッド役としてはあまりに図体がデカいかもしれないが、我ながら上手くこなしたものだ。
例の仏師も後に躍動感あふれる作品を彫るようになったと有名らしい。
俺様の跳躍を参考に神の像を作るなんて罰当たりにも程がある気もするが……。
皆がそれを認めているのなら俺様が文句を言うことでもないのだろう。
まっ、そんな所だ。
今日語ったこれが、つまりは冒険の成果という奴だ。
代わり映えのしない毎日から少し離れただけでこんなにも多くの成果が出るのなら……これがサンドラの言う「探し求める何か」だというのなら……人間がいそいそと旅に出かけるのも納得というものだ。
感動という奴か?
人生は俺様が考えていたよりも素晴らしいのかもしれない、想像よりもずっと。
行方知らずの我が主人も、古巣を捨ててどこかで冒険に勤しんでいるのかもしれないな。それならここに戻らないという選択も理解できるから。
俺様も……たまにはどこかへ出かけてみようかなんて考えることが増えた。
いやいや、観光名所が不在で留守というのはマズイよな?
まったく、ガーゴイルは辛いよ。
天空の島パンゲアと不思議な竜使い 一矢射的 @taitan2345
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