第9話 もう殺さないでください
史書に曰く。
楊僥信は希代の仁君であった。政をよくし、民を安んじ、臣民問わず心を砕いて慰撫を尽くした。
ただ──「腹上死したうえ一時キョンシーと化し、のちに生還する」などという荒唐無稽な記述に関しては、作り話として後の世の史家には黙殺された。本当のことなのに。
名君と伝わる夫とは逆に。
その皇后、洪春霞にまつわる史書の記述は、まさしく悪女を描く筆致である。アホで強欲で強かで、どこかしら豪快で。夫君をキョンシーに貶めたり改心して彼を生還させたりと、虚実曖昧で強火すぎる言動が多く、彼女の功績、もしくは存在自体が虚構だと考えられている。実在してるのに。
夫妻は後世の歴史愛好家から非常に愛された。ネタ的な意味で。
真面目でちょっと気弱な夫に、頭のネジがはずれた妻。でこぼこ夫婦は力を合わせ互いを励まし合い、天下に安寧の世をもたらしたという──。
── ── ── ── ── ──
「よーしよーし、あぶぶぶぶ~」
百花咲き乱れる庭園で。春霞は腕に抱いた赤子をあやしていた。傍らには、少し自信のついた顔つきの楊僥信。
夫婦は赤子を連れて紫庭を散歩している。うららかな春の日、あたたかな空気のなか、泳ぐように蝶が舞っている。
生まれた赤子は女の子だった。春霞の腕の中で、蝶へ手を伸ばしながらきゃっきゃと笑っている。
皇嗣ではなかったけれど──春霞は幸せだ。
とはいっても。
「ねえねえ、信にいさん。やっぱり男の子ほしいよね~」
「え!? いや、あの……」
僥信はぎょっとしながらこちらを振り向いた。「子ども生んだばかりでする話!?」と驚いている彼へ、「だってあなた皇帝でしょ」と春霞は当然のように返す。
「ま、いまは産後で身体も辛いし、先々の話と思ってもらっていいんだけどさ~」
「ほっ……」
「ちょっと! なんで安心してるの!」
「だ、だってきみが子作りの話をすると、その……」
僥信は赤くなるやら、青くなるやらである。
そんな夫君へ、春霞はにんまり笑ってみせた。
「ふふふん、だーいじょうぶ! もし死んじゃっても、またキョンシーにしてあげるから!」
「ヒッ……」
皇帝、楊僥信は完全に恐怖している。春霞は「冗談冗談! わっははは!」と豪快に笑っているけれど。
わなわなと怯えながら、青年は懇願するように告げた。
「もう、殺さないで……」
(おわれ)
陛下はもう死んでいる ~皇帝陛下を腹上死させてしまったのでキョンシーにして復活させます~ 卯月みそじ @uzumiso
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