第8話・少年と豹閃

 真剣での勝負は命を落としかねないので、木刀での勝負となったこの試合──



(構える位置が高すぎる。力んでいるし、腰も浮いていて、あれでは実際に斬るとき次の反応が遅れてしまう。……彼はまったくの素人ではないか)


 イージアはヨークの構えを見て、がっかりした。しかしそれは仕方がないこと。ヨークは小さいときにティティル村の子どもたちとチャンバラで遊んだとき以来、木刀をまともに握っていないのだから。


 対し、イージアの構えは完璧だ。斬撃に即移れる最適な角度の剣先、視線は相手の中心を捉えている。重心をしっかり落とし、足幅も適度に広く保ち、動きにすぐ移れる姿勢を作っていた。


(静かだけど気迫を感じる。これがヴェンディル王国近衛兵長のイージア・リズラか……)


 ヨークは緊張で、肩がこわばり木刀を持つ手にも力が入っていた。


 外野の近衛兵たちが「なんだあいつは」「弱そうな奴だな」「剣も持ったことないのかよ」などとヒソヒソ話をし始める。ヨークの耳にもそれらの悪口はしっかりと聴こえていて、彼に更なるプレッシャーを与えていた。



 「カミュよ、そなたはこの試合をどう見る? 一体いかなる意図があって、リスティアーレス様は、あのような華奢な少年とイージアを戦わせようとしておるのだ?」


 玉座に鎮座しているオルディアが、相談役のカミュに問うた。


「…私にも、断じては申せません。ですが……」


 カミュは一拍置いて、思慮深げに言葉を継いだ。


「イージア殿は、ヴェンディル王国でも屈指の剣士。五指に入るほどの御方にございます。そのような人物に、あの少年をあえてぶつける意図があるとすれば、唯一考えられるのは……」


 カミュは、慎重に言葉を選びながら口を開いた。


「……あの少年が、リスティアーレス殿を凌ぐ力を内に秘めており、それを我々の目前で示そうとされている……という可能性、でしょうか?」


「な……まさか、そのような事が……」


 オルディアは目を細め、唇を結んだ。


「……我には、どうしても…あの少年がイージアに勝てると思えぬのだがな……」



 オルディアの「始め!」のひと声で、試合が始まる。



【ヨーク VS イージア】


 ヨーク LV1(HP12・MP0・力3・防3・速4)


 イージア LV62(HP451・MP0・力185・防145・速82)



(悪いが君は前座だ! すぐに終わらせるよ!)


イージアが踏み込み、剣を振り上げた。


「すぐに行けえ! ヨーク少年!!」


 試合を少し離れた場所で見守るリスティアーレスがヨークに声をかけた。ヨークは緊張を弾き返すように大きな声で叫んだ。


「ブレイブ!!」


 ヨークの血流が速くなり、筋肉が誇大した。彼のレベルは∞を超える。

 

 咄嗟に、イージアは剣を振り下ろすのを止め、瞬時にヨークとの距離を取った。


(何が起こった……彼の雰囲気が一瞬で変わったぞ……)


 イージアは警戒し、自らの隙をなるべく消した。



 試合を観戦しているリスティアーレスが、「さすがイージア殿、気づいたか」と呟いた。


 オルディア王、カミュ、スクルド、近衛兵たちはそれぞれが何が起きているか分からない様子だ。


 近衛兵の中から「せっかくのチャンスだったのに、なぜイージア様は攻撃したなかったんだ?…」という話し声まで聴こえてくる始末である。

 そんな中たった1人だけ、驚きのあまり尻もちをついた近衛兵が居た。


(ほぉ、彼だけはどうやら見えているようだな)


 リスティアーレスは、薄く微笑み感心した。



 ヨークはその場から動かず、木刀を構え直した。


(!?……さっきまで素人のようであった彼に、なぜ熟練者のような構えができるのだ!!)


 ヨークの力は、このとき既にイージアの理解を超えていた。



 「どちらも動かぬな……」


 オルディアは静かに呟くように、カミュに声をかけた。


 「左様でございますね。イージア殿は何らかの意図をお持ちかと存じます」


 そう述べながらも、カミュの胸中には無視の出来ないざわめきがあった。


(まさか……あのイージア殿が敗れるなどということが……)


 彼はこと戦いにおいては素人である。剣の応酬や、間合いの妙など、理解に及ばぬ部分が多い──だが……カミュの勘はとてつもなく鋭い。確たる証拠はない。ただ胸に渦巻くこの感覚は、幾度となく彼に最悪を告げてきた。



 イージアは一歩も動かず、その場で目を閉じ集中し、闘気を練りあげる。次に「ふーーーっ………」と深く息を吐き、息を吐ききるとカッと切れ長の目を見開いた。彼の周囲の赤い闘気が一際大きくなり、盛んに燃え上がる。


「少年、悪いが私は本気で行かせてもらうよ……」


 イージアは一気にヨークとの間を詰め、木刀を槍のように使い、突きを素早く何度も繰り出す。シュッ、シュッ、シュッ、と空気を切り裂く音が周囲に響きわたる。しかしヨークは木刀に当たることなく、最小限に身体を動かして全て避けていく。


 「速い! さすがは豹閃ひょうせんの異名を持つイージア様だ!」、近衛兵の1人が大きな声を上げると、隣りに居た別の近衛兵が、「でもあの男の子も全部避けてるぞ……」と首を傾げながら言った。



 「カミュよ……我は、夢でも見ておるのか?……なにゆえ、あのように華奢な少年がイージアの一打、一打を全てかわしておるのだ」


 オルディアは目を細めながら、驚愕を隠さぬ声で呟いた。


「…私にも理解に及ばぬことでございます。確かに申せるのは、ただ一つ。この試合は一瞬たりとも目を離してはなりません」


 カミュはそう静かに答えながら、胸中で、不安の輪郭が色濃くなっていくのを感じていた。


(やはり……私の予感は……)


 悪い勘はいつだって外れたことはない。そして今回もまた、それが的中しつつあるのでは…?という考えが、冷静な彼をじわじわと締めつけていった。



「なかなかやるね…でも、これならどうだ?」


 イージアはもう一段階突きのスピードを上げた。シュ、シュ、シュ、という音に変化し、テンポは速められていく。するとヨークは、今度は避けるのではなく、イージアの木刀を、自分の木刀で確実に弾き返していく。


「どうした? 守るばかりでは私に勝てはしないぞ!」


 ヨークは一切顔色を変えることなく、何かをブツブツ言いながら、淡々と相手の攻撃を弾き返す。


 リスティアーレスは苛々した様子で、「何をしているヨーク少年! 速く攻撃しろ! 時間が減るばかりだぞ!」とヤジを飛ばした。



 ヨークはこのとき、デビルドッグを殴ったときの感触を思い出していた。右拳を強く握り、思いっ切り横っ腹を殴ったのだ。すると内臓と骨と血が飛び出し、デビルドッグは森の木をなぎ倒しながら遠くまで飛んでいった。


(あのときのデビルドッグは、たった1発でボロ雑巾のようだった。イージアさん、この人は、おそらくデビルドッグの倍ぐらいは強い……)


「だけど人間だ……だから、うん、…これくらいか…」


 ヨークはそう独り言を呟く。イージアもさすがにシビレを切らしてきたのか、「さっきから君は五月蝿うるさいぞ!」と、力を込めた渾身の突きを繰り出す。

 ヨークはその突きを弾き、隙を付いて木刀を振り下ろした。イージアが防ごうとするが間に合わず、彼はヨークの剣戟をザンッと、受けてしまった。鎧の一部分がボロボロと砕けて割れた。


「クッ…! そ…そんな馬鹿なことが……この私が……!!」


 イージアは、そのままその場に仰向けに倒れた。



 オルディア、カミュ、スクルド、近衛兵たちから「オオっ…」と一瞬声が上がったが、皆あまりの衝撃で、そのあと空気が止まり、沈黙が続いた。


 リスティアーレスは「冷や冷やさせやがって。ギリギリだよ」と、思わず声を漏らしたあと、安堵した表情を浮かべた。


 ヨークはリスティアーレスの方を見て、ニコリと微笑んだ。



 ヨークが神の力を発動させてから、【14分29秒】、ヨークはイージアとの戦いに勝利した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リミテッド・ブレイブ 詣り猫(まいりねこ) @mairi-neko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ