エピローグ《こういう世界で生きている》
“骨格標本ツアー”の翌朝。
ベッドの上でゆっくりと身を起こした
薄いカーテンのすき間から、冬の光が差し込んでくる。
その先で――つぼみだったガーベラが、ひとつ、咲きかけていた。
「……わぁ! もうすぐ開きそう」
寝ぼけた声のままベッドを降り、両手で鉢を抱きかかえるようにして見つめる。
昨日まで固く閉じていたつぼみが、たしかにほころびている。
「おはよう、ガーベラちゃん」
――冬に咲くなんて、奇跡みたい。
そう思うと、胸の奥が少しくすぐったくなった。
*
登校すると、教室は昨日の“スケルトンくん事件”の話でもちきりだった。
「俺もう理科室行けねぇ……」
「ホンホン、夢に出てきた……笑って追いかけてきたんだけど……」
「親に話したけど、全然信じないんだよ!」
怯えともため息ともつかないざわめきが、教室のあちこちで交差する。
ケンケンが自分の席で、机に額をつけたまま笑い出す。
「俺……本当はすっげぇ怖かったんだけど、みんなと一緒だったから楽しかったかも……」
顔を上げたケンケンは、いつもの調子で笑ってみせた。
「思い出すと笑えねぇか? 全員で泣きながら全速力! 次の運動会は俺ら優勝だぜぇ!」
その言葉に、教室がどっと笑いに包まれる。
長いあいだ“強がり担当”だった彼の本音が、はじめて素直にこぼれた瞬間だった。
珠子はうれしそうに頷いた。
「うん! 私も楽しかった!」
笑い声がひとつ、またひとつ重なり、昨日の怖さは少しずつ笑い話へと変わっていく。
――きっといつか大人になっても、あの夜の出来事を思い出すたび、同じ気持ちで笑い合えるだろう。
そのとき隣にいた友だちは、きっと一生の仲間になる。
*
数日後の昼休み。
理科係当番の
あの騒ぎのあと、理科室に本を借りに来る子の数は激減した。
窓の外では、木々が冬の風に揺れている。
「ふぁぁ……」璃久は椅子に座って、小さくあくびをした。
理科室の空気には、少しだけ懐かしい病院の匂いが混じっている。
――また、見えてる。
幼いころ――長期入院していたころから、璃久には“それ”が見えていた。
病室の隅、窓の外、点滴スタンドの向こう。
誰もいないのに、確かに“誰か”がいる気配。
でも、怖いと思ったことはない。
それらはただ、世界の片隅にある“もうひとつの仲間”のようなものだった。
「4、5……7、8……今日はたくさんいるね」
璃久は机の上で組んだ腕を枕のようにして、ふっと笑う。
「幽霊がいるとかいないとか、そんなことはたいした問題じゃない。本当の問題は――」
言葉を探していると、理科室の端で
璃久は目を細め、立ち上がる。
窓際に歩み寄り、誰もいない空間に
差し出した右手をぐっと握ったあと、手のひらをすべらせ、指を鳴らし、肘を軽く合わせる動作。
そして――横ピース。
その瞬間、校舎にチャイムが鳴り響いた。
璃久はにこっと笑ってその場を離れ、荷物をまとめる。
教室を出る前、ふと振り返ってつぶやいた。
「花子ちゃんも、ホンホンも――ぼくが卒業するまで、仲良くしようね」
理科室のドアが閉まる。
風がカーテンをふくらませ、ふわりと浮いた隙間から、午後の陽が床をやさしく照らした。
幽霊がいても、いなくても。
信じていても、信じなくても。
見えない何かに守られながら――みんな、今日も生きていく。
この世は、そんな優しい世界なのだと、小学生の璃久は信じている。
よみがえらせ屋やってます ― 忘れられない“誰か”はいますか? 晴久 @nanao705
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