結果発表

現代怪異創作祭、講評と結果発表のお時間です。

まずはレギュレーションを満たした全作品の講評と総括をして、最後に優勝作品を発表しようと思います。


アシテカイサマ/吉田 晶さま


 得体の知れない存在に接触し日常が壊れてしまうというホラーの鉄板を踏襲した作品。別に祠を壊したとかではなく、ただ立ち入り禁止の場所に入っただけでこれほどの被害にあうというのはなかなかに厳しい世界です。詳しくは説明されないけれど何か祟り神的な雰囲気を持っているこの怪異、ホラーのお約束を丁寧になぞっていて確かにかなり怖くはあるが、それだけにかえってオリジナリティはあまり感じない。具体的に何、とは言えないんだけど絶妙な既視感があって、納得感はあるが意外性はないところに収まってしまっている。全体的に綺麗にまとまった良いホラーだと思いますが、この企画の評価基準的には少し物足りない感じがしてしまいました。



社会的透明人間/異端者さま


 主人公の軽率な行動によって取り返しのつかないことが起こってしまうという王道的な現代怪談。怪異どうこう以前に社用PCでこんな怪しげなものをクリックしてはいけない。怪異の種別としてはいわゆる認識阻害系みたいな若干ニッチなところを攻めつつ、実体を持たずにネット上にのみ存在しているというのが現代っぽくて良かったです。ただそれだけに怪異そのものに関する描写があまりなく、主人公がそれをちゃんと何かしらの異常と認識しているかどうかもはっきりとしない。その部分について警官たちと話し合うシーンなどを入れると良かったかもしれません。話そのものはテンポがよくて読みやすいのだけど、導入部分も含めてリアリティが低めで、それがコミカルかつ怪しげな独特な雰囲気を生み出しつつも、ホラーとしての没入感は薄れてしまっている。

 総評としては確かな持ち味のある「怪談」ではあったけど、「怪異の出てくる小説」としては少し弱いかなというところ。



お応えできません/清泪(せいな)さま


 SFとミステリーと怪談が入り混じったような混沌とした作品。クレーム対応用のAIがどういうわけか自我を持った上に人間のコントロールを離れて暴走を始めるという筋書きは、どちらかというと古典SFなどの類型に近い気がする。最大の焦点はこのAIが怪異と呼び得るかどうかということだと思うけど、まあ確かに明らかに超常的な力を持っているし、都市伝説みたいなものだと考えればそういう解釈も成り立つと思います。ただ正直に言えばこちらが想定していた「現代怪異」からはやや逸脱気味で、企画者の思惑を凌駕するという意味では素晴らしい発想なのですが、なんというか無理に怪異という枠に入れずにそのままSFホラーとしてこのアイデアを生かした方が良い作品になったんじゃないかなと思えてしまう。物語自体も不気味さよりもそういうテーマの不和や読みづらさの方が勝ってしまって、今一つ集中しきれませんでした。しかし我々の日常に溶け込みつつあるAIや文章の自動生成といったテクノロジーに怪談的な疑いの目を向けるというコンセプトはとても面白かったです。



不問騙/きょうじゅさま


 伝統的な異類婚姻譚をベースにしつつも現代風の恋愛小説の要素も持ち合わせた作品。不問騙と呼ばれる怪異はそれこそ地方の民話に登場するような得体の知れない妖怪らしさがあり現代的な世界観とミスマッチにも思えるけれど、そういう古風で異常な存在が現代においてどう振る舞うのか、という新鮮な視点を読者にもたらしてくれる。ある特定のルールを破るとアウト、というのも怪異にはよくある設定だが、そのルールそのものがわからないという状況が緊張感を生み、近づきたいけど近づけないという恋愛的な駆け引きに繋がっていく構成も良かったと思います。

 総じて綺麗にまとまっている丁寧な作品だと思いますが、怪異のオリジナリティという点では今一つ既存の枠組みを脱し切れていないように感じました。いや、普通に戸籍とって結婚して子どもまで産んでたりするのは斬新なんですけど、そうなると今度は怪異らしさが薄れてしまうというか。後半の展開がやや駆け足なのもあって、そういった部分に少し物足りなさを感じました。でもラストのやり取りがこの作品の根幹だと思うので、これはこれで一つの完成形なんだと思います。



その屋敷/野村絽麻子さま


 ある配信者とそのリスナーから寄せられた「屋敷」に関する話を追っていくという物語。申し訳ないけど語り手が花畑チャイカで再生された。いや、語りの雰囲気とかは全然違うんだけど。それはいいとして、配信の様子をリスナーのコメントまで含めて表現するのは切り抜き動画の文字起こしを見ているみたいで楽しかったです。この屋敷とそこに住まう何者かが怪異の本体として存在していて、それが夢やインターネットといった非現実を媒介として拡散していく。素材自体は怪談や都市伝説でよく見られるものだけど、その二つを取り合わせることで現代らしい新たな持ち味を生み出していると思います。ただ最初の屋敷に関する話が唐突に出てくるのもあって描写がやや冗長にも感じてしまった。でもリスナーのツッコミも含めて、「ネットの怪談ってそういうとこあるよな」みたいなネタに繋がっていくのもリアリティがあって好きな部分でした。怪談とそれを語る人々、という所まで視野を広げたある種のメタ的な構造が面白かったです。



Abusing Invader/きょうじゅさま


 AI怪異みたいなものが流行ってるのか、と思いながら読んでいたら予想外のオチに後頭部を殴られた。規模的にはかなりのことをやっているはずなのに、肝心の部分はチャットという一昔前の技術に頼っているのがどこか愛嬌を感じさせる。まあこれも都市伝説的なものととらえれば怪異と呼べるでしょうが、本来SFの文脈にあるものを無理矢理コンバートした感がぬぐえない。とはいえAIが自我を持つのかというよくあるテーマから、AIも性欲を持つのかという所にまで発展していく流れは新鮮で面白かったです。



夜鳴き自販機/阿炎快空さま


 得体の知れない飲み物を販売するしゃべる自販機と、そこに集う様々な人々を題材にした怪奇小説。自販機の怪異という発想は都市伝説的な日常性と不気味さ、科学とオカルトの融和という意外性があってかなり好みでした。この自販機が一つの怪異でありながらあくまで自販機としての枠組みの中に納まっており、第三者の手によって管理されているという描写もリアリティがあって良かったと思います。一方で販売される飲み物は物騒なものが多く、登場人物たちも全体的に幸せとは言えない状況にいる人間ばかりで不条理ホラーとしての味わいが強くなっている。また地縛霊や吸血鬼といった超常的な存在まで自販機の利用者として現れ、一気に作品の雰囲気が混迷の度合いを深めていく。この辺は人によって好みが別れるかもしれませんが、個人的にはこういった世界観の広がりがかえって物語の主役である自販機の存在感を薄れさせているようにも感じました。ヤバい奴ら全員集合!みたいなお祭り感もいいですけど、やはりこの怪異の本質は「日常の中に潜む違和感」みたいなものだと感じたので、あえて話のスケールをコンパクトにした方が「怪異の出てくる小説」としては良かったのではないかと思います。怪異自体の評価はかなり高いんですけど、そこだけ少し気になってしまいました。



てんとう虫/かるびの・いたろさま


 段落下げや三点リーダーなどの基本的な文章作法をまずは勉強しましょう。作中の怪異については、それがてんとう虫を指すのかそれとも蝶やこの花畑そのもののことなのかよくわかりませんでした。結末もホラーらしさはありますが、唐突で投げやりな印象を受けます。物語の起承転結を意識して、読みやすい文章を心がけてみましょう。



ある女性の母親についての取材/ヒルさま


 いまや一つのジャンルとして確立しつつあるモキュメンタリー風ホラーの作品。作中に登場するのは怪異というかいわゆる呪物なんですが、そういうものも日常に潜む異常という視点で見れば怪異足り得ると思います。ただ正直作中の描写だけではそれがどういう代物なのか、人にどういった影響を与えるのかというのがわかりにくかった。なんか呪われているらしい、というのはわかるけどそれだけでは怪異のオリジナリティは出てこないように感じます。ストーリーに関しては、序盤の人形のくだりがいい感じのミスリードになっていて、意外性のある面白い展開だったと思います。基本的に過去形で物語が進行していくので臨場感に欠けるという点はモキュメンタリーとして少しもったいないような気もしました。

 総評としては、単なるホラーとして見れば評価できる部分はあるけど、やはり「怪異の出てくる小説」としては少し弱いかなというところ。



死体清掃業者/馬村 ありんさま


 人知れず死体を処理してくれる何者かの正体をめぐる物語。好奇心や不信感からルールを破ってしまった結果、災いがもたらされるというホラーの定番を丁寧にやっている王道的な作品でした。人を食う怪異というのはありがちですが、かなり明確な意思を持っていてコミュニケーションも可能だというのは珍しいパターンな気がする。そういう点では怪談というより、恐ろしい怪物を主人公の機転によってやり過ごすという寓話的なエッセンスも感じました。現在の人との関係性がどのように構築されたのかという点にも想像を及ばせる面白い設定だったと思います。

 ただ少し気になったのが、怪異の「わからなさ」というのがホラーを構築する上で必要になってくると思うのだけど、この怪異は普通に話せるし人間の理屈とは違うけれどちゃんと理性的な判断を下すこともできる。そのせいかこの作品では怪異そのものというより、この怪異を黙認し協力関係にある人間(ある程度の事情を知っているであろう組長)の方がわからなさや不気味さで勝ってしまっていて、怪異の怪異らしさが薄れてしまっているようにも感じました。最終的な物語の着地点も怪異そのものとは関係ないところにあるので、そこも少しもったいなかったです。ですが安直なバッドエンドに走らない点も含めて、全体的にはかなり好きな作品でした。



甲子園球場に棲むノブ子/中田もなさま


 甲子園に棲む謎の怪異をテーマにした青春と回想の物語。甲子園ではありませんが自分も何度かプロ野球の応援に球場に行って、その熱気と迫力に驚いたことがあります。人に危害を加えるわけではなく、そういった声援を増幅する呼子のような何かという着眼点はとても斬新で面白かったです。日常と怪異という組み合わせは怪異の異常性や非日常感を演出するのにうってつけのシチュエーションですが、江戸時代の絵巻に出てくる妖怪たちのような奇妙な親近感を生み出すのにも使える、というアプローチの仕方がうまい。

 一方でストーリーはまとまってはいるもののどこか物足りなく感じる平坦さがあって、あまりこの怪異の存在が活きていないなと感じました。主人公にとってこの怪異が必然的な存在かというとそれほどでもないし、怪異にとって必然であった人は回想の中で語られるだけでそれ以上のことはわからない。並行する二つの物語はなんとなく重なる部分はあっても、結局最後まで接合されることはない。この二つを繋ぐなんらかの仕組みを用意するか、もしくはどちらか一方に焦点を絞ってしまった方が物語としてはすっきりする形になったんじゃないかという気がする。怪異の評価は高いけれど、こちらはもう少し話にインパクトが欲しかったなというところ。



とあるビルで発見された警備報告書について/ヒルさま


 架空の報告書という体で語られるモキュメンタリー風ホラー。怪異としては認識改変系の一種という感じで、前半の陰鬱な描写から一転して種明かしに移るのは解放感があって良かったと思います。ただそういった描写を抜きに客観的にみると「変なことが起こる廃ビル」というのはそこまで目新しいものではないかなと感じました。

 報告書の内容も報告書らしい硬さやリアリティが感じられず、あまり文章を書き慣れていないような印象を受けました。自分も報告書文体の作品を書いたことがあるのですが、こういう文体を選んだ時点で読みやすさや臨場感といったものはある程度犠牲にしなければならないので、そういった部分に対する工夫を見てみたかったです。




以上が全講評となります。参加者の皆様方、本当にありがとうございました。


僕はたまに短編ホラーも書いてるんですが、実を言うとホラーは結構苦手で映画とかは見れないんですよね。でも自分のペースで読むことのできる小説ならなんとか接種できるので、こういう形で色んな作品を集めて参考にさせてもらおうと思ったのがこの企画を立ち上げた動機です。その期待通り皆さま色んなアプローチで自分なりの怪異を書いてくださって、読んでいてとても楽しかったです。ただこうして振り返ってみるとちょっと評価が辛口になりすぎたかなという気もします。あくまで一個人の意見に過ぎませんので、寛大な心で受け流してもらえると幸いです。


それでは最後に優勝作品の発表に移りたいと思います。現代怪異創作祭、優勝は——




『その屋敷/野村絽麻子さま』に決定です! おめでとうございます!


やっぱりこういう日常を浸蝕してくるタイプの怪異は王道的な良さがありますね。そのうえで古典的なホラーと現代のネット文化を上手く融和させた斬新な切り口がとても魅力的でした。


さて、そういうわけで現代怪異創作祭、これにて閉幕とさせていただきます。第二回があるかどうかはまったくの未定ですが、またインターネットのどこかでお会いしましょう。それでは、おやすみなさい。

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現代怪異創作祭・概要と結果発表 鍵崎佐吉 @gizagiza

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