第28話 ダイアナ演武会で輝く 5
『ポルテア大演武会』が開催されるここ――
ポルテア・マリンスタジアムには、すでに大勢の人々が詰めかけていた。
会場中央には大仕掛けの舞台が急ぎ仕事で設えられ、それを囲むように臨時の客席まで用意されている。
初日、二日目と見事な武の競演が披露され、今は沿岸守護兵団の団員たちも観客席に混じっていた。
日頃の成果を存分に示した達成感と、連日の修練で疲れ切った肉体。
それでも彼らの瞳は、今日この場で披露される“ある演目”への期待に輝いている。
それは一般客も同様だった。
今年はなんと、領主自らが出し物に出演するという。
しかも、誰もが心を寄せる聖女様までもが姿を現すらしいのだ。
熱気は高まるばかりだった。
ひそひそと声を潜めて交わされる会話も、これだけの人数が集まれば、
やがて打ち寄せる波のようなざわめきへと変わっていく。
その様子を、舞台裏から見つめる二人の少女がいた。
一人は、爛々と目を輝かせ、今にも飛び出しそうなほど意気盛んだ。
もう一人は、不安に押し潰されそうな、切迫した青白い顔をしている。
そこへ背後から近づいてきたのは、今日の催しの主催者にして、二人の父親。
――ダフネス=フォルンコート伯爵、その人であった。
「ダイアナ、そしてレイチェル。
気負うことはない。
自分を信じて、そして連日頑張ってきた自分たちの努力を信じればいい」
そう言って、二人の愛娘の頭をやさしく撫でる。
「大丈夫。君たちなら、必ずできるさ」
「お姉さま、いよいよですわね。
お姉さまの素晴らしさを、皆さまに見ていただきましょう。
何と言っても、わたくしの自慢のお姉さまなのですもの。
自信満々、成功間違いなしですわ!」
普段なら、こうした言葉さえ重荷に感じてしまうダイアナだった。
だが、この日は違った。
妹の言葉を、父の想いを、
彼女は素直に胸の奥で受け止めることができた。
「ええ……やりましょう。
私たち親子のお気に召すままに」
☆ ☆ ☆
幕が上がると同時に、場内からどよめきが走った。
驚きの声があがったのも無理はない。
――舞台の上には、何もなかったのだ。
舞台装置も、物語の背景となる大道具もない。
人影すら見当たらず、ただ広い舞台がそこにあるだけだった。
不意を突かれ、呆気にとられる観衆。
だが次の瞬間、さらなる驚きが彼らを包み込む。
突如として、きらめく光の洪水が舞台を飲み込んだ。
眩い輝きが渦を巻き、その中心から――二人の人間が姿を現したのだ。
「やぁ、みんな! 私は風来のリラ。
この相棒、トーマスと冒険を続ける、さすらいの女剣士さ!」
「お初にお目にかかる。
私はこのじゃじゃ馬に引っ張り回される、ただの道化。
世間では勇者トーマスなどと呼ばれているが……実際はこの通り。
どこへ行くにも、この美しくも気の強い女性に翻弄されてばかりでね」
軽妙なやり取りとともに始まった、壮麗なる冒険の幕開け。
一瞬にして、観衆の心を掴んでいた。
――この不思議な演出は、一体何なのか?
誰もが目を見開き、言葉を失っていた。
だが同時に、すぐ理解できたのだ。
これは――誰もが知る、あの物語なのだと。
そこから先は、瞬く間だった。
場面は目まぐるしく移ろい、物語は勢いよく進んでいく。
途中、舞台袖から姿を現したのは、噂に名高い聖女様。
煌びやかな衣装に身を包んだその姿は、まさにプリンセスそのもの。
場内は割れんばかりの歓声に包まれた。
やがて、意地悪なメイド長の罠にかかり、囚われの身となる場面。
危険を察した観客たちの悲鳴と警告が、阿鼻叫喚の叫びとなって響き渡る。
次々と切り替わる風景の、あまりのリアルさ。
手に汗握る戦闘シーンの、圧倒的な迫力。
観客たちは食い入るように舞台を見つめ、
息をすることさえ忘れているかのようだった。
舞台袖で、ダイアナはスキル【夢想誘い】を発動し続けていた。
特訓の時とは比べものにならないほどの重圧が、全身にのしかかる。
彼女の一挙手一投足に、観衆の反応が即座に跳ね返ってくる。
映像が動くたび、場内の熱気はさらに高まり、
それがそのまま、ダイアナの精神を揺さぶっていた。
――受け止めるだけでも、並大抵のことではない。
「お、お姉さま……大丈夫ですの?」
舞台から一度身を引き、次の場面に備えていたレイチェルが、
準備も忘れて声をかける。
「汗びっしょりですわ……」
「私は大丈夫よ。心配はいらないから、早く衣装を着替えてきなさい」
ダイアナはそう言って、わずかに微笑んだ。
「さすがに、あなたの衣装までは私のスキルでも変えられないもの」
そう言って片目をつぶる。
苦しさを悟らせまいとする、精一杯の気丈さだった。
「……お姉さま」
なおも心配そうに見つめていたレイチェルだったが、
やがて小さく息を吸い込み、意を決してその場を離れる。
「お姉さまなら、きっと大丈夫。
わたくしは……わたくしにできることを、精一杯やるだけですわ」
そう自分に言い聞かせながら、
レイチェルは着替えのため、控室へと走っていった。
いよいよ、物語はクライマックスへと差しかかっていた。
それと歩調を合わせるように、ダイアナの消耗も激しさを増していく。
肩で息をするその姿に、父ダフネスの胸も揺れた。
中盤に入り大歓声で迎えられた興奮も一気にさめてしまっていた。
「もういい。 君は頑張った」
そう言って抱きしめたい衝動に駆られてしまう。
だが、それでも踏みとどまった。
なぜなら――ダイアナの瞳が、その迷いなき決意を雄弁に物語っていたからだ。
一心に見つめるその先で生き生きと演じるリラとトーマス、そしてレイチェルがいたからだ。
一心に見つめるその先には、
生き生きと演じるリラとトーマス、そしてレイチェルの姿がある。
「ならば、私のやるべきことはただ一つ」
悪名高き黒幕を――
最後まで、演じ切るのみ。
そうして、ダフネスは舞台へと踏み出した。
「もう逃げ場はないぞ。
姫はすでに我が手にある。
後は貴様の息の根を止めるだけだ」
「我が勇者の名に懸けて、貴様に天誅を下す。
覚悟召されよ!」
「ははははは!
貴様ら如きに、この私が討たれるものか。
我が最後の奥義を食らうがいい!!」
交錯する、三つの影。
次の瞬間、二つの身体が地に崩れ落ちた。
勇者トーマスを貫く黒幕の刃。
そして、黒幕を貫く勇者の刃。
リラは寸前で、トーマスに突き飛ばされていた。
黒幕の狙いが、彼女に向けられていると気づいたからだ。
リラを庇い、
それでもなお腕を伸ばした結果――相打ちとなったのだった。
鮮血に染まる勇者に縋りつき、泣き叫ぶリラ。
静かに息を引き取ろうとした、その刹那。
奇跡は起きた。
切り立った崖に、思いがけず浮かび上がる光。
その光の中に現れたのは、海神――
『アムピトリーナ』であった。
「勇敢なる者よ。
まだ休むには早すぎるようだ」
「そなたには、討ち果たさねばならぬ相手がいる。
我が敵にして、邪神へと堕ちた彼の者を滅せよ」
「我が秘宝を遣わそう。
汝が使命を果たすことを、我は望む」
そう言い残し、女神は光とともに姿を消した。
――そして。
リラの膝の上で冷たくなりつつあったトーマスが、
再び息を吹き返した。
「やぁ、リラ。どうしたんだい、そんな顔をして。
せっかくの美人が台無しだよ?」
「……へん。
死に損なって戻ってきやがったな。
さっさとくたばっちまえばよかったのさ」
「ははは。辛辣だね。
でも、そんな天邪鬼なところも――
君を好きな理由の一つさ」
「ちょ、ばか、恥ずかしいこと言いやがって。
悪い口は、こうして塞いでやるんだ」
夕暮れに染まる大地。
伸びる二人の影が、静かに重なった。
次なる戦いまで――
しばし甘いひとときを過ごしたとて、罰は当たらぬだろう。
――FIN――
物語の余韻を残し、幕は下ろされた。
直後、割れんばかりの拍手が場内を包み込む。
後にこれは、
『ポルテア大演武会』始まって以来の名演目として語り継がれることになる。
――親子三人による、渾身の出し物は、
こうして大成功のうちに幕を閉じたのだった。
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オレサマ令嬢は全てを欲しがります。 東春匂梅 @resta-man
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