第17話 ツジギリ②

翌日早朝、シーズ村の村広場に村人とモーテルに宿泊していた人間が全員集められた。広場の中央には高さ五メートルほどの板で囲まれた即席部屋があり、入り口と出口が右から左に流れるように空けられていた。説明もなしに連れてこられ不安と焦燥でイライラした雰囲気も漂う広場の中、パンパンと手を叩き注目を集めたのは彼らを集めた張本人でもあるルッカだった。


「皆集まってくれてありがとう。アタシは村長のルッカだ。今日集まってもらったのは、ちょっとした『健康診断』のためだ。今王都では命に関わる危険な熱病が流行り始めているらしい。村には王都から遥々いらっしゃる客人もいる――彼らを疑うわけではないが、熱病がこの村に持ち込まれている可能性もある」


これは真っ赤な嘘だが、王都から離れたこの地では王都のことはあまり情報として入ってこない。どうやら集められた面々はルッカの言葉を信じたようだ。


「検査は簡単。あそこの部屋に置かれた椅子に座るだけだ。部屋には熱病にかかっているかを判定する『医師』がいる。もし熱病と見なされたなら申し訳ないが病が治るまで隔離室に入ってもらう。では、早速順に並んで検査を受けてくれ」


一人目がルッカに促されるままに部屋に入る――


そこは大きなカーテンで部屋を半分に分けられ、辛うじて人が入れる程度のスペースに質素な椅子が置かれた狭苦しい空間だった。どうやらカーテンの向こう側に医師がいるらしい。


「座れ」


すると中が見えない様に入り口と出口にカーテンが引かれた。

おどおどと命ぜられるままに置かれた椅子に座る。


「問題ない。帰れ」


まだ座って二秒も立っていないのに診断結果はすぐ返ってきた。


「あの、顔を見たりは⋯⋯」


「必要ない。帰れ」


「あ、ありがとうございます⋯⋯」と席を立って出ていくと、すぐに二人目の今度はやや体調の悪そうな若い男性の村人が入ってきた。


「ぼ、僕もしかして熱病なんですか!? 熱もあるし咳も止まらないし⋯⋯し、死ぬのは嫌だ! 先生お願いします! 僕を治してください!!」


「問題ない。帰れ」


「えっ?」


「お前は熱病ではない。帰れ」


「あの、熱あるんですけど⋯⋯」


「水を飲んでよく寝ろ。帰れ」


こうして三人目、四人目と次々と検査されてはあっという間に部屋から出ていくのをルッカと並んで遠く離れたところから眺めるクラリス。彼女は昨日ハインツが言っていたことを思い出していた。


『ツジギリと対峙した時、聖剣クトの刃が金色に光り輝いていた。クトは魔族の存在を感知すると刃が黄金に光る性質がある。即ち、ツジギリは魔の力を持つ者である可能性が非常に高いと推測できるわけだ』


『それじゃクトの刃を近づけてもし刃が光った人がいたら⋯⋯』


『ツジギリの可能性は高いだろう。ただし、魔の力はあくまで魔族の類だけが持つとは限らない。知らずに魔族と接触していたり、魔界由来の食物を口にしてもクトは反応することがある。ここは王国の中では魔界に近いだけに、土地柄必ずしも魔の力と無縁とはいかぬだろう。恐らくクトが反応するのは複数名現れるはずだ』


健康診断の名目で村人とモーテルの旅人たちを集めたのは、クトの反応でツジギリの持つ何らかの魔の力を持つ人間を見定めるためだった。部屋のカーテン越しにはクトを握るハインツがいる。こうして日が傾くまでクトによる判別は進められ、遂に最後の一人が終わったのは夜も近づく夕暮れの頃だった。


「上々だ。何百人もいる中からこれだけ人数を絞れたわけだからな」


全ての判別を終えたハインツは疲れもそこそこに隔離部屋へと向かう。判別を熱病の検査としたのは、ツジギリを炙り出すためと正直に言ってしまうと”クロ”と判定された人間が他の村人から良からぬ疑念を抱かれたり、あるいは自暴自棄になって暴れる可能性があると考えたためだ。


そしてクラリスとルッカも連れるとハインツは容疑者たちが集う部屋の扉を開けた。


「おう、誰かと思えばヤブ医者の御登場じゃねえか」


ハインツを出迎えるのは明らかに不機嫌な口調の男。モーテルに宿泊していた内の一人と記憶していたハインツだが、部屋の隅で退屈そうに持っていた毛玉のようなものをお手玉していた女が口を尖らせて言う。


「こんな臭いところにいたらワタクシまで臭くなってしまいますわ。熱病なんてのも真っ赤な嘘でしょうに。先日まで王都に居ましたが熱病なんて聞いた事もありませんわよ」


すると椅子に座って本を読んでいた細身の眼鏡をかけた男が本を閉じる。


「熱病ですか。病の疑いがある者を『ベッドもなく』『消毒液もなく』『薬草も魔法薬もない』部屋に押し込めるのが医師の仕事なら、私は今頃名医でしょうね」


どうやらこの面々はハインツが嘘出まかせを言っていると早々に見抜いていたようだ。ハインツも病の件までまともに信じられてはかえって面倒だったので、彼らが熱病を信じていないのはどうでもよかった。


「⋯⋯どーせ、ツジギリ探しでしょ」


だが部屋の隅にいた灰色の髪に三角形の耳——明らかな『エルフ』の特徴を備えた青年の声はハインツの意図を見抜いていた。


「⋯⋯でしょ?」


「その通りだ。隠しても仕方がないので簡潔に述べよう。ここに集められた四人は、シーズ村で発生した『ツジギリ事件』の容疑者だ。お前たちはこれより、ツジギリが捕まるまでの間ここで拘束させてもらう」


「ああ!? 拘束って、何の権利があって言ってんだオラア!!」


いきり立つのは早々にハインツをヤブ医者呼わばりした男だ。無精ひげを逆立たせ椅子を蹴飛ばし立ち上がると大股でハインツに近づき睨みをきかせる。


「俺はな、これからゼンに行かなきゃなんねえんだよ。ゼンにいる剣聖に挑戦するためにな、はるばる南のサウザンドから歩いてここまで来てんだ。テメエが何の都合で俺の足止めをしたいのか知らねえが俺の邪魔をすんならただじゃおかねえぞ!!」


「サウザンドからノウルウェックまでか。歩いてなら軽く一年以上かかっているだろう。その努力と執念には敬意を示そう。だが、お前をここから出すわけにはいかない」


「テメエ⋯⋯!!」


「ゼンへ向かうならノウルウェックとゼンの関所でノウルウェック領主の越境許可が下りているかを調べられるだろう。ここにいるクラリス・ベルンの許可なくゼンには決して行けない。分かったら大人しく我々の言うことに従え」


「関係ねえ!! 俺あもう待てねえんだよ!! これ以上俺の邪魔をするってんなら、お前ら全員ぶっ殺してもいいんだぞ!! ああっ!!?」


ツジギリか否かを問わずツジギリ並に好戦的なこの男。

すると毛玉の女も男に同調するように言った。


「一応言っときますけど、ワタクシは『魔女』ですわよ。魔女の国マーモッド出身、王都にて国王陛下より国家魔術師の任を賜った『大手毬おおてまりの魔女』ことスィズーラ・サマーソルトを知らぬお馬鹿さんではないですわよね?」


「スィズーラ・サマーソルトか。名前は何度か耳にしたが、お初にお目にかかる。私はハインツ・ピスタだ」


「あーらハインツさんと言えばワタクシも噂は聞いておりますわよ? いろいろと⋯⋯”大変な過去”をお持ちの御方だと」


ピクッ、とやや耳を動かす。

が、ハインツは冷静につとめた。


「国家魔術師は一般貴族と同格の権限を持つというのは知っている。特に貴方は魔術師の中でも屈指の実力者⋯⋯その名声は領主にも匹敵すると聞く」


「オーッホッホッホ!! 物わかりが良くて助かりますわ。ワタクシには国に認められた『権力』がありますのよ。分かったらワタクシだけでも開放してくださる?」


だが、ハインツは言った。


「認められない。理由はどうあれ、ツジギリが見つからないことには⋯⋯」


ドンッ!!とハインツの背後の壁にめり込んだ毛玉。

ハインツの頬を掠めたそれはハインツの肌に傷をつけ血が滴った。


「⋯⋯ごちゃごちゃうっせえですのよ。ワタクシがその気になれば貴方を叩き潰して力づくで出ていくことも出来るのですわ。そっちの方がお好きならそうさせて頂きますわよ」


亜音速で発射された毛玉は鉄の砲弾の如き威力に変わり壁に大穴を開けた。あらゆる『玉』を変幻自在に動かす彼女の力。


「⋯⋯そうか。お前たちは納得していないのだな」


あくまで冷静に、


ただし冷徹に。


「⋯⋯一応聞いておく。文句があるのは四人中何人だ。お前は? そこのお前たちはどうなんだ」


ハインツが向けたのはエルフの青年と、本を読んでいる眼鏡の男。

するとエルフの青年は肩をすくめると言った。


「僕は別に。この村の人間だしね。出ていく理由もない」


「私も、今読んでいる本を読み終わるまではここを動くつもりもありません」


無精ひげの男と、スィズーラの二人がレジスタンスの先鋒のようだ。ハインツの本音としては『面倒事』を起こしたくはない。だがツジギリの疑惑のある二人をここで逃がすわけには何としてもいかない。


ツジギリは魔の力を持った猟奇的殺人犯。恐らく事が王都に伝わり国際手配となれば勇者の派遣もあり得る事案だろう。マーレッド探しの道中とはいえ、事案を知りながら事態を放置することはハインツの評価にも関わる。


「いいだろう。お前たちは出て言っても構わない。ただし⋯⋯」


ハインツはローブを脱いだ。


「古来より権力よりも、あるいは富や名声よりも重宝されたものがある。それはいついかなる時も確実な財産として機能した。価値がいくらでも変動する金や、時代や場所が変われば容易に失われる権力、あるいは名声よりも遥かに優れた財宝。それは純粋な武力、即ち『力』だ」


ゼンで頂点を目指す戦士。あるいは国家魔術師。

彼らもまた『力』を持つ者だろう。


「お前たちの意志による行動を私は歓迎しよう。その意志のままに私の制止を振り切り自由を目指すといい」


だが、それはハインツもまた同じ。


聖剣クトを腰に帯び、ハインツは二人に目をやった。

その目は両者を確実な『獲物』と見る目であった。


「ただしそれは⋯⋯私を倒せた場合の話だ」

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