第16話 ツジギリ①
雪道も難なく突き進むスノウホースの馬車に乗ってキハラ山まで向かったハインツとクラリス。半日近い馬車旅の末に、彼らはキハラ山の中腹に位置するシーズ村に到着した。シーズ村は剣の国ゼンに向かう修行者や、キハラ山で探索を行う冒険家たちが多く拠点を構える村であり、ノウルウェックの中心部とも頻繁に交流があるため食料から武器まで多く揃っている。ハインツもキハラ山でのマーレッド探しに向けて村で装備を整えようとしたのだが⋯⋯
「雪娘よ。シーズ村とはいつもこのように閑散としているのか?」
人の気配が消えた村は店も開いておらず、いつもは活気溢れる露店が立ち並ぶはずの村の中心の広場にも人っ子一人として人の気配がない。昼夜問わず鍛錬に励む修行者や探検家のために夜も営業を行っていると聞いていたハインツ。時刻は深夜だが、街はまるで廃墟のように閑散としていた。
「おかしいな⋯⋯前に視察に来たときは夜も賑わってたはずなのに」
「だが人の気配を感じる。表に出てきていないだけで閉めた店の中には人がいるようだ。夜の営業を止めたのなら、せめて注意書きくらいは立てておいてほしいものだが」
が、その時。
「ハインツ! あそこに人がいる!」
クラリスの声で目をむけると、廃墟のような村の中心に一人の人影がいた。
しんしんと降り注ぐ雪の中、ポツンと一人立っている。ハインツたちと同じく行く当てを失った外からの訪問客だろうか。
「すまないが――そこの客人、あるいは村の民よ。私たちは王都よりやって来た者だが、行く当てがなく困っている。どこか身支度を済ませられる場所があれば教えてはもらえないだろうか?」
ハインツは人影に呼びかけた。
すると、人影はゆっくりと、こちらを向いたようだった。
どこか幽鬼のような動きで体も動かさず首のみがこちらを向いた。
深くフードを被っていて顔は見えない。痩せた長身だ。
「ハインツ⋯⋯あの人⋯⋯」
不安げなクラリスの声。
すると人影はゆっくりと、こちらに向けて歩いてきた。
「そこの者よ。私はハインツという者だ。まずは貴君の名を教えてもらいたい」
人影は何も答えない。
近づく足取りは徐々に早くなっていく。
「ハインツ⋯⋯!!」
クラリスの声に危機の色が浮かぶ。ハインツのローブを彼女が強く引くのが分かった。ハインツも相手が普通でないことを認めると、腰に帯びる聖剣クトを相手にも見えるように見せて警告する。
「足を止め、名を名乗るのだ!」
その時相手は骸骨のように細い腕を腰に持っていくと、細身の銀の光を帯びた刃を抜き放った。ローブに隠して剣を帯びていたそれはギラリと光る剣を向けてこちらに早足で向かってくる。
「ハインツっ!!!」
クラリスが恐怖に身を寄せる――
刹那ハインツの手が腰に伸び、聖なる金色の刃が抜き放たれた。
聖剣クト。魔を滅する剣をかの者に向けたハインツ。
その刃は、闇を照らす様に金色に輝いている。
「最終警告だ、足を止めぬなら斬るぞ!!」
猛然と剣を抜いたハインツにもまるで動じず、狂乱するように剣を振るそれを止める術は斬り倒すのみと判断したハインツ。ハインツには死線を潜った経験が山ほどある。その経験で学んだのは、如何なる武の達人より恐ろしいのは死を恐れず殺意のままに襲い来る者であることだ。目の前の狂信者はまさにそれであった。
クトを構え、ハインツは狂信者を迎え撃つ―—
「ツ、ツジギリだっ!! ツジギリが出たぞ!!」
その時村を木霊したのは一人の男の声。
すると声を待っていたかのように村中の消えていたランプが一斉に灯った。
すると狂乱者は突如足を止めた。そして剣をだらりと降ろす。
ハインツとクラリスの間でほんの一瞬、ただしかつてなく長く感じる間が流れる。
そして狂乱者は踵を返し逃げるように去っていった。
と、ここで野太い声がハインツの背越しに響く。
「野郎!! 今日こそ恨みを晴らしてやる!!」
だっと街並みの閉じられていた扉が開くとなだれ込んでくるのは箒やら大型獣を解体するのに使う出刃包丁やらを手に持った村人たち。大半は男たちだが異様に殺気立った様子のそれはハインツの姿を見るや血走った目をギョロリと回す。
「てめえか!! 俺たちの仲間を
誤解——その言葉がハインツの口より出る前に男たちは飛び掛かる。
抜き放った聖剣は彼らを斬るためのそれではない。だがこのままでは、話すより先にハインツは彼らに血みどろの肉片にされかねない。この窮地をどう脱するか、ハインツは一瞬の判断を迫られた。
「およし!! その人たちはツジギリじゃない!!」
村を走り抜ける若い女性の力強い声。
「ツジギリはもう逃げた! その人たちは村の外から来た客人だよ!」
ハインツたちを救った声の主はショートのブロンドヘアに、麻のブラウスにロングスカートを履いた若い女だった。
足早にハインツへ駆け寄ると男たちとの間に割って入る女。男たちは一斉に身じろぐ。女はハインツへ背を向けたまま言った。
「すまないね客人。こいつらも村を守るためにやったことなんだ。どうか責めないでやってほしい」
すると女はハインツたちを襲った男たちをギッと睨むと、片っ端からビンタし始めた。相当な力でブッ叩かれたようで次々と「あぎゃっ!」「ぐえっ!」と飛んでいく屈強な男たちと、処刑人と化した細い体形の女。ひとしきり始末し終えた女はハインツとクラリスに向きなおると、雪の積もる村の土の上に正座しその場で頭を下げた。
「この通りだ。どうか許してほしい」
「そそ、そんないいですよ! 私たち、別に怪我をしたわけじゃないし⋯⋯」
「そうもいかない。あと一歩遅れていたら客人を殺していたかもしれないんだ。全部村長のアタシの不始末だ。如何なる処罰も受ける所存だが、どうかこのバカたちだけは見逃してくれ」
女は頭を下げたまま動こうともしない。
ハインツは聖剣クトを鞘に収める。
どうやら収集がついたようだが、ハインツには疑問が山ほどあった。
「ツジギリとはあの人影のことか。一部始終を見ていたのなら何故もっと早く我々を助けなかったのだ」
「すまない――アタシたちも本物のツジギリが現れるまでアンタたちがツジギリでないという確証が持てなかったんだ。本物はもう姿を消してしまった――だからアンタたちを不必要に怯えさせてしまっただけなんだ」
「⋯⋯まず名を聞こう。貴君は誰だ」
すると彼女は顔を上げて答える。
「アタシはルッカ。シーズ村の村長だ」
「私の名はハインツ・ピスタ。私の後ろにいるのはクラリス・ベルン。キハラ山でとある調査を行うため私は王都から、彼女はノウルウェック中央部よりやって来た次第だ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ⋯⋯! ク、クラリスって、まさか領主のクラリス様⋯⋯か?」
「そだよーー」
「なっ⋯⋯! た、大変な無礼を!! こ、こうなってしまっては、死んでお詫びするよりない⋯⋯!! どうかこのルッカの首でご勘弁を!!」
するとルッカは本気で剣を持ってこさせると「私の首を刎ねろ!」と言い出したのでクラリスが何とか止めること数分。一先ず今回の非礼は許すということで決着。ハインツとクラリスの二人はルッカの邸宅に招かれることになった。
「改めて大変申し訳ありません。シーズ村はクラリス様とハインツ殿の調査に全面的に協力することを約束させていただきます」
村長ながら質素でレンガ造りの家はルッカ以外には誰もいないようだ。盗み聞きをされる心配もなさそうである。邸宅へと入り、部屋にある木作りの椅子に腰かけたハインツとクラリスは、ルッカからジンポットティーを受け取る。二人に対面するように座ったルッカが開口一番頭を下げたのに対しハインツは口を開いた。
「——堅苦しいのは嫌いでな。そうかしこまらなくていい。それより我々の調査の話もあるが、まずは先ほどの者について話を聞かせてもらいたい。ルッカ殿はツジギリと呼んでいたが、あれは何なのだ?」
するとルッカは調子を戻すと答えた。
「正体不明の殺人鬼だ。先月頃から急に現れると次々と村の者を襲っていて、既に五人も殺されている。村の外から来た部外者なのか村の者なのか、それすらも分かっていない。奴は殺しをするとすぐに姿を消してしまうんだ」
「夜誰もいなかったのもツジギリのためか?」
「奴に殺されたのは全員夜に一人で出歩いてた村人だ。だからツジギリが捕まるまで夜の店の営業は取りやめさせている。外部からくる客人には不便をかけているが、村人を守るためだ。村の外れのモーテルなら夜も営業してるが、必ず身分を証明できるものを出させるようにしている。身分を明かせないのは宿泊拒否だ」
「モーテルは全て閉じているわけではなかったのか、それは事前に調べておくべきだったな⋯⋯ところで、ルッカ殿が叱っていたあの連中だが、ツジギリを待ち構えて撃退するつもりだったのか?」
「アタシは王都から勇者様が来るまで待てって言ったんだけどね。我慢ならない連中がああしてここ数日張ってるんだ。でも仲間を殺されて怒るアイツらの気持ちも分かるから、アタシも協力して見張りをしてたんだよ。アイツらが早まったことをしないように警戒も兼ねてね」
「ルッカ殿が止めなければ私も無傷でなかっただろうからな、それは大いに感謝している。それに、あの者達のおかげでツジギリと
ハインツの言葉にルッカは笑顔で「いいよ」と返す。
するとここでクラリスが尋ねる。
「ルッカは⋯⋯ツジギリは村の外の人と村の人、どっちだと思ってる?」
「アタシは村の外の人間だと思ってる。殺された村人に関連性はなかったから、きっと外から来た奴が目に入った人を無差別に殺していったんじゃないかってね」
「モーテルの利用者は調べたのか?」
「外部から来たモーテルの人たちも全員調べたけどツジギリと断定できる証拠はなかった。村の近くのキハラ山に潜伏してる可能性も考えたけど、村の若い男たち総出で探しても人っ子一人いなかったよ」
「すると必然的に疑われるのは⋯⋯村の人間たちだ」
「だけど、村の人間は疑いたくない。アタシたちは生まれも育ちもシーズ村だ。皆、この村には愛着がある。ここの村人は血が繋がってなくても家族みたいなものだ。家族が殺人犯だなんて⋯⋯信じたくないだろ」
「それではいつまでも犯人が――」
が、ここでハインツを裾を引っ張ったのはクラリスだった。
「その辺にしとこ?」
ハインツはルッカが明らかに苦し気な表情を浮かべていることに気づいた。ツジギリの真相を暴こうとするがあまりに彼女の苦しみに気づいていなかったことに恥を覚えたハインツ。「すまない」と謝るとルッカは「いいよ」と返す。
「アタシもハインツ殿に言われて目が覚めたよ。例え家族だって――悪事に手を染めたんだったら止めてやるのも家族の務めだ。この村の人は全員家族だ。一丸となってツジギリを追いつめて、絶対に捕まえてやる」
するとクラリスは早速いきり立つ。
「よーし!! そうと決まれば村にいる人たちを調べ上げて⋯⋯みたいけど、どうやってツジギリかどうか調べたらいいんだろ? ツジギリの顔を見た人とか、行動が明らかに怪しい人とかも今のところいないんでしょ?」
「いない」と即答するルッカ。このままではいくら尋問をしたところでツジギリであることを断定する手掛かりがないのだから堂々巡りだ。
「高度な魔法に精通する魔法使いであれば自白魔法で吐かせることも出来るかもしれないが、残念ながら私は高度な魔法は使うことが出来ない。それに自白魔法は記憶の捏造にも反応するので尋問にはあまり適さない。だが、ツジギリを特定することは出来なくとも、ある程度候補者を絞ることは可能だ」
「ほんと!? でも手がかりもないのに一体どうやって?」
「こいつを使う」
ハインツはゴトンッとある物をルッカとクラリスの前に置いた。
「これで⋯⋯?」
「ハインツ殿はこれでツジギリを見つけだせるのか?」
「ああ。間違いなく明日には片手で足りる程度には絞れるだろう」
そこには金色に輝く国宝、聖剣クトが置かれていた。
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