最終話/第6話
恭介はトイレの中で、一体誰が狐なのだろうか、と思った。あの三人の中で怪しいのは誰なのか。
ヒントがない。答えがない。みなに思い出せる過去がある。しかし、間違いなく一人は偽物なのだ。
間違い探しのように必ず違うものがあるはずだが、今の恭介には分からない。
恭介はトイレを済ませ、ドアを開けて廊下に出た。
廊下の電気がパッと点く。
「……どうしたんですか、明日香さん?」
リビングとトイレの間。二階への階段を塞ぐように明日香は立っていた。その顔には笑みを浮かべている。しかし、その理由が恭介には分からない。
「後輩くんは――誰が玄狐だと思う?」
明日香はゆっくりと恭介に近付く。一歩、また一歩と。
「……さあ、俺には分からないです」
「そう……、それは良かった」
顔を俯かせ、ぽつりと漏れた言葉の意味が分からず、恭介は聞き返そうとした。しかし、明日香が動くほうが早い。
顔を上げた彼女の瞳は琥珀色になっていた。
距離はあっという間になくなる。
彼女が振り上げた腕の先、その爪はいつの間に伸びたのか鋭い鉤爪になっている。
逃げようにもすでに遅い。回転する思考。そんな中、恭介の視線は明日香を捉えなくなった。
視線が移動する先は彼女の後方。
明日香がその違和感に気付いた時にはすでに遅い。
「あっ?」
彼女は声を上げる。その胸に鋭い刀を生やして。
鋭すぎる爪は、彼を傷つけることはなかった。
「くそがっ……」
般若のような形相で、明日香――玄狐は顔を後方へ向ける。
そこには優衣がいた。
「あなたが玄狐なんて……、残念」
憂う声とは裏腹に刀はさらに深々と刺していく。そこに一切の容赦はない。
玄狐は苦しみ、呪詛を上げることすら叶わない。身体全体に罅が入り、黒い砂粒となって消えた。
「……助かりました。優衣先輩」
恭介は優衣の持つ刀の名前を知らない。ただ、本来であれば斬れないものを斬ることのできる、おかしなものであることは知っている。
「危なかった……。怪我はない?」
「はい……」
優衣は恭介の身体を点検する。触れて、怪我をないことを確認した。
今までに幾度となく助けられ、そして今回もそうなってしまったことに複雑な気分になる。
「私を頼るなり、次からは気を付けてね」
「いや、でも、いつまでも頼っているわけには……」
「……いいから、頼って。死んだら元も子もないよ?」
「はい……」
優衣は頑なに譲らなかった。正論過ぎる言い分になにも言い返せない。
恭介は、なぜか少しだけ機嫌がよくなっている彼女と共に二階に戻って行った。
仕事帰り。少しの残業を終えた恭介と優衣は共に帰宅していた。仕事が一区切りついたタイミングであり、優衣からささやかな褒美として缶コーヒーをおごられる。
「ありがとうございます。優衣先輩」
「……どういたしまして? でも、三嶋くんも頑張ってたから、当然だよ?」
そう言って優衣は恭介の頭を撫でる。恭介は拒絶するわけにもいかず、大人しく撫でられた。
玄狐の一件以降、優衣は妙に先輩風を吹かすようになった。「頼って欲しい」というのを全面に出すようになったのだ。
その分スキンシップが増えたが、ますます部下としてしか見られていないと強く感じ、喜んでいいのか分からなかった。
シェアハウスに到着すると、すでに家の中は明るく――夏帆以外の話し声が聞こえてくる。
「今日は新人が来る日だったね」
優衣が呟き、恭介は思い出す。
「夏帆ちゃんには伝えたけど、……新人を見ても驚かないでね」
「え、それはどういう意味ですか?」
「……見ないと分からない、かな」
リビングのドアを開け、優衣が入って行く。遅れて中に入るとそこには二人の女性がいた。
「あ、やっと帰って来た。二人とも――新人ちゃんだよ」
新人だという人物の顔を見て、恭介は固まった。
夏帆の隣にいる女性は、玄狐――明日香とそっくりだったのだ。容姿も身長も、服装も、なにもかもが同じ。
「はじめまして。
にやにやと笑う夏帆の側、明日香はにこやかに挨拶をしたのだった。
完
クロキツネ 辻田煙 @tuzita_en
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