第二十二話 綾子とビールと、ちょっとだけうんこの話

 ある朝、鈴木は目を覚まして思った。


(教祖って、なんか疲れるな……)


 窓の外では、スズメがピーチクパーチク、今日も平和そうに飛んでいた。

 鈴木はベッドの上で背伸びをしながら、大きなため息をひとつ。


 「よし、もうやめよう。教団、解体しよう」


 声に出してみると、思ったよりもスッキリした。


 午後、教団の掲示板に一枚の紙が貼られた。

 『教団は本日をもって解体します。各自、好きなように、排泄しながら生きてください。——鈴木』


 信徒たちは案外あっさりしていた。

 「やっぱりねー」「わたし実は毎日してたし」「これでトイレも我慢しなくて済むわ」などと口々に言いながら、バラバラと日常に帰っていった。


 解体後、鈴木はさっそく綾子に電話をかけた。


「もしもし、鈴木だけど、ビール飲みに行かない?」


「やっと、そういう普通の誘い方できるようになったのね」


 というわけで、久しぶりに会った綾子は、やっぱりかわいかった。


 待ち合わせは、いつもの鼻くそ屋ではなく、ちょっと小綺麗なビアバーだった。

 木製のカウンターに腰かけると、鈴木はさっそく一杯。


「ぷはぁ〜〜っ。これこれ。ビールって、やっぱりうまい」


 綾子もグラスを掲げた。

「じゃあ、教祖引退おめでとうってことで、乾杯」


「うん、ありがとう」


 ビールを飲みながら、ふたりはしばらく無言だった。

 けれど、その沈黙はなんだか心地よかった。


 やがて綾子が、ぽつりと言った。

「ねえ、鈴木。もう“うんこをしない女の子”とか、言わないよね?」


 鈴木は笑った。

「いや、それはもう、やめた。ちゃんとする人も、可愛いと思えるようになった」


「じゃあ、私は?」


「君は、最高に可愛いよ」


 綾子はちょっと照れたようにビールを口に運び、ぽつりと呟いた。


「ちなみに、今日の朝、ちゃんとしたからね」


 鈴木は少し間をおいてから、破顔した。

「そうか、それは何より」


 グラスの泡が静かに消えていく。

 ビールと、ちょっとだけうんこの話。


 それが今のふたりには、ちょうどよかった。


 いつかまた矛盾に出会うかもしれない。

 でも、そのときはきっと、もう少しうまくやれる。


 ——これは、「可愛い女の子はうんこをしない」と信じたある青年が、大切な誰かと笑い合うまでの、ちょっと不思議で、ちょっと臭くて、それでも愛おしい物語。


 終わり。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

肛門のない女神 うなな @anao

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ