後編 この時がやって来た
午前の練習が終わると昼食の時間だ。圭吾はリュックサックから弁当を取り出す時に桃が入ったビニール袋の存在を思い出した。
「はい、これ」
彼はぶっきらぼうに桃を由美子に差し出す。
「ありがとう。お父さんが育てた桃?」
草むらで弁当を広げる由美子は圭吾のかわいげのない様子を気にしていないようだった。
圭吾はうなずきで答える。
「やっぱり、まだ由美子さんのようにはいかねぇなー」
圭吾は由美子の隣に腰を下ろすと弁当箱のふたを開けた。
ふと初めて見た由美子の姿が頭に浮かぶ。
それは夕方の情報番組を見た時のことだ。茶碗と箸を持つ圭吾の手が止まる。慣れた手つきで鷹を操る由美子の姿に目を奪われた。それと同時に解き方が分からない算数の問題の解き方がひらめいた時のような気持ちになった。この時、圭吾は鷹匠に憧れを抱いた。
彼女をもう一度見ることになったのはそれから数年後のことだった。圭吾が両親とお城に出かけた時、広場にあの女性が居た。由美子が鷹を飛ばすイベントをやっていたのだ。淡い憧れから強い志に変わった瞬間だった。由美子は鷹を呼び戻すために笛を吹いた。彼女の元に飛んでいったのは鷹だけではなかった。
「ねえ、鷹の飛ばし方教えて! おばさんがさっきみたいに鷹を飛ばしてるのをテレビで見たんだ」
突然の弟子入りの志願に由美子や両親が驚いたのは言うまでもない。
「でも、いつかは由美子さんみてぇな鷹匠になるから!」
圭吾はせみしぐれを掻き消すように叫ぶ。自分に向けて、由美子に向けて、そして、山の向こうに居る父に向けて。
時は過ぎ、圭吾の背は高くなり、声は低くなった。
彼は父の農園に立っていた。強い日差しを浴びて葉が光る木々。実るたくさんの桃が頬を赤く染めたように色づいている。
圭吾の側には弟子を見守る由美子が立っていた。
「いつも通りやれば大丈夫」
「はい、分かりました」
圭吾は由美子に向かって力強く首を縦に振った。視線を記者やカメラマンに移す。テレビで見たカラスを駆除していた由美子の面影が蘇る。まだ自分は由美子のような優れた鷹匠ではないと圭吾は自覚している。高校生が鷹匠をしているのが物珍しくてメディア取材が来たのだろうとなんとなく分かる。それでも自分の姿を見て誰かが鷹匠に興味を抱いてくれたらと想像すると笑みがこぼれそうになる。しかし、調子に乗っては駄目だと心の中で首を横に振る。
「圭吾、頼んだぞー!」
誠の期待に満ちた眼差しが圭吾の力となる。
見上げると憎らしい黒いやつらが農園の上空を支配していた。
由美子に憧れたあの日からどれだけこの日を待ったのだろうか。ついにこの時がやって来たのだ。
左手に居る相棒と呼吸を合わせると押し出すように鷹を放つ。農園の平和を守るため鷹は天に舞い立った。
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希望の空に舞い立って 万里 @Still_in_Love
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