ミミックリー・グルメ
棚尾
第1話
僕は人類をたいらげたい。
『
アナウンサーのわざとらしく裏返った声が、地下にくり抜かれた
ここは、直径50mの円形の戦場だ。酸化鉄を豊富に含んだ赤い地面、円の周りには5mほどのコンクリートの壁がそびえ立っている。その上にしつらえられた観客席には多種多様な人々が並んでいた。
半裸になり、薬物で異様に肥大化した筋肉を見せびらかす荒くれもの。身体の一部を機械化した開拓労働者。頭の上半分を赤いレンズのサイバースコープで覆った電脳人間。最上段のカーボン建材と強化ガラスで区切られたエリアには、クラシックなスーツやドレスを着込んだ成り上がりの懐古主義者までいる。
誰も彼もが、熱に浮かされた視線を中央の武闘場に注いでいた。
火星には、夢がある。ここは人類の、科学と歴史と欲望の集積点だ。
人類が火星の開拓を始めて10年が経った。新しい世界を築こうとする人々の熱狂は、今もなお続いている。
ある者は夢を抱き、ある者を故郷を追われ、ある者は時代の奔流に晒されるままにたどり着き、この新天地で力強く生きていく。
そんな、開拓者たちの娯楽。
今の僕は、そこで闘うファイターだ。
『どこで磨いたかその技術、身体ひとつで荒くれ者たちをたいらげる。謎に包まれた武芸百般、今宵はどんな姿を魅せてくれるのか! いくらなんでも古典的な偽名じゃないか! 赤ゲート!! 山田太郎!!』
山田太郎とは僕の名前だ。当然本名では無い。僕は“宇宙人“だ。
170cmに少し足りない小柄な肉体と、艶のある黒髪に平たい顔、覇気を感じない垂れ下がった目尻。“擬態”したこの見た目が日本人らしいからと付けてみた、いかにもな偽名だ。
硬い真っ赤な地面を踏みしめて、僕は武闘場の中央に向かってゆっくり歩いていく。
黒の半袖に長ズボンの武道着に包んだ身体は適度に脱力したままで、リラックスした状態を維持する。
いつも通り、僕は相手を美味しくたいらげる。相手が積み上げてきた技術や経験を、味わい尽くし、その上で勝利する。
『ここには夢がある。希望がある。俺は、俺たちはだからここに来た! 恐怖などない、ただ進むだけ。その巨腕で全てをつかみ取れ! 開拓労働者の星! 青ゲート!! ドレッドノート・ザ・スター!」
僕に相対するのは、身長3mはゆうに超える巨漢だ。おまけに上半身の大部分を機械化している。鋼板のようなではなく、実際に鋼板でできた硬い胸板。開拓労働の現場で、重機としても機能するように設計され巨大な機械の左腕。そして、巨大な上半身を支えるのは丸太のように肥大した太もも、地面を踏み締める強化繊維で編まれた五本指の作業靴。背中にはサスペンション付きの補助脚が付いている。
星型に刈り込まられた金色の髪、恐れ知らずの意志を宿した青い瞳。それらが与える印象は、巨大な岩だ。何事にも揺るがない強固さが、そこにはあった。
火星の科学を目一杯に詰め込んだ、誰もが夢と欲望を投影する姿。
それが『ドレッドノート・ザ・スター』だ。
遠い旅を経て、この星にきて良かったと心の底から思う。
故郷の星では味わえなかった熱狂に、身体が熱くなる。
『時間無制限、
アナウンサーが読み上げる大会のルールを耳に聞きながら、武闘場の中央に向かう。
相変わらず無茶苦茶なルールだと思う。刃物や銃器は一瞬で試合が決まり、致命傷を負いやすいから禁止だとされているが、それは建前だ。
鈍器の方が武闘場も人体も派手にぶっ壊れるし、観客もそれを望んでいる。
実際にこの格闘大会ではドレッドノート・ザ・スターのような巨体や大きな得物を振り回す選手がもてはやされている。
けれど、道具や質量だけが大きな破壊を生む訳ではない。
生身の肉体でも、研ぎ澄まし、積み重ねられた技術は、大きな力を生み出し、容易く全てを破壊する。
それを僕は実際に味わい、そして“たいらげた“。
だから、ここいる。
そして、火星の夢を背負うドレッドノート・ザ・スターも僕の獲物だ。
『存分に潰し合え!!』
試合開始のサイレンが武闘場に鳴り響く。
同時に響きわたる観声を突き破ってドレッドノートが、突進する。
10mはあった距離がたったの数歩で詰められる。一足進むごとに地面が抉れ、土塊が舞い上がる。その青い瞳は、僕の目をとらえて離さない。
わかっていても足が一瞬すくむ。
これがドレッドノートの戦い方。
『恐れ知らずの突進』
相手が何者であろうが、その前に何があろうとも彼は止まらない。
その巨腕が全てを打ち砕く。
セオリー通りなら、ここは逃げの一手だ。
機械化されていない右腕のある方向に横っ飛びする。そして、そのまま後方に回り込み背後を取る。多少のリスクを負って良いなら、脇をすり抜けながら機械化されていない脚にローキックを叩き込むのも良いだろう。
けれど、退かない。
僕はドレッドノートを味わい尽くすのだから。
だから前進する。その危険に踏み込む。
ただし、ほんの少しだけ工夫を凝らす。
ドレッドノートの巨腕が振り下ろされた。
まともに食らえば脳天どころか、身体ごとひしゃげる一撃。殺してしまっても構わないという鬼迫がこもっていた。
少し斜めに踏み込んだから、すんでのところで、かわすことが出来た。相手の目測をほんの僅かにずらして、懐に潜り込む。
横なぎの一撃だったらこうは行かないが、初手は威圧の意味が強い最大火力の振り下ろしだった。怯んで後ろに下がった相手を追撃で仕留めることを想定した動きをドレッドノートは選択した。
ドレッドノートの攻撃はシンプルがゆえに対処がしやすい。
横なぎの一撃が飛んできたら、その時は反対に後ろに飛べばいい。巨腕を横になぐ遠心力に身体がひっぱられるから、後方に追撃をするのが難しいのだ。巨腕の動きに注目していれば何とかなる。
それにドレッドノートはその体格上、今までの対戦相手は同じような
そこが付け入る隙だ。懐に入って狙うは悶絶必死の肝臓打ち(リバーブロー)、鋼のコーティングと身体を支えるカーボンフレームが入っているが気にしない。
股関節を緩め下半身を脱力させて、重心を落とす。ほぼ同時に両足はしっかりと地面を踏み締める。上半身の姿勢は崩さない。身体を一本の緩めた紐のように見立て、それを激突の瞬間にまっすぐ伸ばしたイメージを作る。
大地をつかめ、力を繋ぎ爆発させろ。
脱力によって生まれた重力、地面を蹴る抗力を姿勢で繋ぐ。
それは筋肉によってのみ繰り出される一撃とは、違った破壊力を生む。
鋼のコーティングにヒビがはいった。その奥の肝臓までは届いていないだろう。ドレッドノートは鋼の下にも筋肉の鎧がある。それでも、食らい続ければまずいと思わせることが重要だった。
懐に入られたままの状況を嫌ったドレッドノートが機械化していない右腕で、身体をつかみにかかる。
体格差があるから、僕の身体をつかもうとするなら重心が前にかかる。ここも狙い目だ。
丸太のような太い腕を両手で引っつかんで、身体を沈み込ませる。ちょうどドレッドノートの股の間を潜り込むように、身体全体を使った一本背負い。
背中から地面に叩きつけてしまえば体格差の優位は消える。唯一機械化されていない頭を踏み砕けば、そこで勝負が決められる。
だが、そう狙い通りにはいかない。ドレッドノートが地面に叩きつけられることは無かった。
背中のサスペンション付きの補助脚が衝撃を吸収して、そのままドレッドノートは身体を跳ね上げる。
巨体の回転に巻き込まれまいと、手を離した。これは仕切り直しだ。
ドレッドノートと向き合いながら、腕を力いっぱい掴んだ時に指先に付着したドレッドノートの皮膚片を口に含んだ。
これは僕が“宇宙人“だからこそ持っている特殊能力のひとつ。
生き物の細胞からその記憶を読み取る。
相手の技も人生も味わい尽くす、これが食べるということだ。
彼はアメリカの都市部の、だが決して裕福ではないストリートで生を受けた。
身体は今と比べて細身だった。悪いことはそこそこにしつつも、ドラッグには手を出したことは無かった。
けれど、漠然とした焦燥感に苛まれていた。このまま、そこそこのワルのまま暮らしていくのは嫌だった。
だから、勇気を出した。
折しも火星への開拓労働者が街で募集されていた。求められていたのは単純な肉体労働だったから、すんなり潜り込めた。
新世界への淡い期待は、過酷な現実に打ち砕かれる。開拓現場での労働に身体はすぐに悲鳴をあげた。
だから、勇気を出した。
給料は高くなったが、斡旋される仕事は危険なものが主流となった。周りの労働者は恐怖をマヒさせるドラッグを常用していたが、自分も使いたいとは思わなかった。ドラッグに心をやられる奴らを観てきたのもあるが、
故郷でたいしたこともせず、腐っていく自分とは違う“何者“かになりたかった。火星なら、それができると思った。
借金の返済がもう少しで終わるというタイミングで、火星の都市間を結ぶトンネルで発生した落盤事故に巻き込まれた。
だから、勇気を出した。
今度は機械化を選んだ。足踏みをするのは嫌だった。前に、ひたすら前に進みたかった。
機械の身体を維持するには予想以上に金がかかった。開拓労働だけでは、借金を返すのに何十年とかかる。
だから、勇気を出した。
こうして彼は“ドレッドノート“になった。
“何者か“になりたいという願いに、勇気を出して進み続けた彼に、火星は新しい姿を与えたのだ。
ドレッドノートの青い瞳は相変わらず僕を捉えて放さない。
ただ、無闇やたらに突進することをやめた。
機械化した巨腕が振り回されるが、より小さく、鋭い動きになっている。
一撃必殺を狙うというより、牽制の意味合いがつよい。
ドレッドノートにしてみれば、巨腕での一撃を狙わずとも、生身の右手を使って捕まえるなり、ボディブローを叩き込んで動きを止めれば十分なのだろう。
巨腕が振られるプレッシャーは相変わらずあるが、見極めてかわすことは出来るし、右手の攻撃を喰らうようなヘマはしない。
ただ、こちらも踏み込めない。
必然、膠着状態が作られる。
僕は、はあっと見せつけるようにため息を吐いた。
ガードを下げ全身の力を抜く。
どうした、かかってこないのか?
ドレッドノートを挑発する。
体格差がある。これをわかりやすく逆転するために必要なのはカウンターだ。
だが、ドレッドノートはノッてこない。
観客たちがたまらず叫び出す。
場内を吹き荒れる、荒くれ者たちの罵詈雑言。
それでもドレッドノートは動かない。
ああ、なんという精神力。巨大な岩の塊のように強固な意思に、ゾクゾクが止まらない。
ならば、こちらから踏み込むだけだ。
ステップを細かく刻み、ドレッドノートの制空権を出入りする。
生身の右腕側に回るように動きながら、内腿にローキック。
当然効くはずもないが、誘い出しには十分。
焦れたドレットノートが、右腕をラリアット気味に振り回す。
まず、一つ。ここは合気の真髄を見せる。
左手をドレットノートの右手に合わせ“吸着“させる。
普通の人間だったら、いくら技術があってもパワーで持ってかれる。
これは“僕“の身体だからこそ出来る動きだ。
振り回される力の流れに同調、その流れをコントロールして、ひっくり返す。
ドレットノートの身体が宙を舞った。
横の力を上へと流して体勢を崩したのだ。相手の力の流れを正確に捉えることで可能となる合気の動き。
人類の武術は素晴らしい。科学技術が発展してもなお、一部の達人と呼ばれる人々は、身体操作への探究をやめなかった。己の身体と心に向き合い続けることを良しとした。
それを“たいらげた“からこそ僕はここにいる。
ドレットノートが横向きに倒れた。無防備な頭が目の前にある。
こうなれば技術など必要のない。力一杯、頭を蹴り上げる。
頭が跳ね上がる。意識を刈り取ってしまえばそこで終わりだ。
慢心はしない。沈み込む頭を踏み抜き、確実に試合を決めに行く。
ぞくっと、背中に悪寒が走った。
ドレッドノートの両肩に力が入ったような気がしたのだ。
次の瞬間、身体が濃い影に覆われた。
ドレッドノートが前転したのだ。浴びせ蹴りというより、巨体を使ったのしかかり。
密着していたことで、反応が遅れた。巨体に押し潰されるのはすんでのことで回避したが、足先が頭を掠めた。単純質量の暴力に、身体がふらつく。
一度距離を取らないとまずい。
なのに、ドレットノートはもう目の前にいて、機械化した左の巨腕を振り上げていた。生命の危機に、心臓が早鐘を打つ。強固な青い瞳が、全身を射つ。身体が竦む。
クリーンヒットしたはずの、渾身の蹴り上げが効いてないのか。
前転からここまで、一連の流れには何の淀みも無い。
ドレッドノートは、痛覚を麻痺させたりアドレナリンを異常に亢進させるようなドラッグを使っていない。それは、記憶を読み取ったからこそ、わかる。
身体を動かすのは呼吸だ。
鍛錬があればこそ、危機に身体は勝手に動く。
鋭く、息を吐く。思考よりも先に反射で身体を動かす。
これは、事前に何度も想定した、振り下ろしだ。
大きく飛ぶことなどできない。だから、右手をかざす。
“吸着“そして流す。
真下への重質量だ。どんな達人や“特殊能力“があっても完全に力を流すことなんて出来ない。拳、橈骨、尺骨、上腕骨、肩、右腕の全ての骨が砕け筋肉が千切れる。
それでも、生命には届かせない。頭をやられなければ十分。
呼吸が思考をクリアにする。過剰に分泌されるアドレナリンと調和して、かつてない集中を導く。
一つ、二つと鋭く息を吐き、ドレッドノートの機械の左腕を足場に駆け上がる。
もう一度だ。もう一度頭を狙う。今度こそ意識を刈り取る。
飛び上がり空中で一回転、重力を全て使った、かかと落とし。
ドレッドノートの身体が沈んだ。
前のめりに倒れ込むドレッドノートの身体の上に二本の足で立つ。
手応えはあった、無事だった左手を高らかに挙げる。
『これは決まったかああああ!! 研ぎ澄まされた武芸が、科学の結晶を打ち倒したか!!』
実況が興奮したように早口で捲し立てる。呼応するように、コロシアム中に大きくきな歓声が渦巻く。
だが、試合終了のサイレンが鳴らない。
ノックアウトの判定が下っていない。
下で巨体が脈動した。
ドレッドノートの身体からを飛び降り、臨戦体勢を整える。
ドレッドノートの顔を見た。
その青い瞳からは、光が消えていた。瞳孔が開いている。
意識は確実に消えている。
身体はこちらを向いている。目は真っ直ぐに前だけを向いていた。
そこが進むべき方向だと、身体が告げているのか。それとも、彼を作った科学が、進むことをやめさせないのだろうか。
時代の慣性が、彼が止まることを許さない。
一歩、また一歩と巨体が前身する。
会場の視線がドレッドノートに注がれた。誰もが息を呑む。
ああ、なんと“美味しそう“なんだろうか。
武術という生身の操作を追求する姿。
科学というその生身さえも改変して、望みを掴もうとする姿。
飽くなき欲望、勇気を持って進み続ける先にこそ未来がある。
ドレッドノートの意識消失をコロシアムに設置されたセンサーが判定したのか、試合終了のサイレンが鳴る。
それでも彼は止まらない。その姿を瞼の奥に強く焼き付けて、咀嚼し頭の中で反芻するように目を閉じる。
この旅路に僕はずっと寄り添うつもりだ。
人類に擬態して姿を変え、どこにでも現れて、記憶を読み取り、こうして触れ合い感じ取る。
僕は全て美味しく“たいらげる“。だから人類よ“進み続けろ“。
その未来に、多くの欲望と幸福を載せていけ。
(完)
ミミックリー・グルメ 棚尾 @tanao_5
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