第45話 "Fate can be altered"

124

 もうおしまい、だなんて思ってないよね?



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 何もない空間で、ミーシャは目の前で苦しむそれを、鋭い目で睨んでいた。


 腕を千切られ、足をもがれ。

 痛みを忘れたはずのその身体に、再び痛みが帰ってきているのだ。



「ぐぅう……何を、した! お前たちは、いったい何をしたんじゃ!」



 叫ぶ。

 怒りを隠さず、余裕など初めからなかったかのように。



「儂は……ぐっ……か、完璧な生命に近づいたはずなんじゃ……」



 ダンは全身を駆け巡る痛みに耐えながら、



 ミーシャはダンを憐れむように、鼻で笑う。



「何が完璧な生命だよ……笑わせんなよ。くだらねえ」



 二人の声以外に、音はない。

 ただただ、どこまでも続く無の世界。


 【黄泉妃羅倒よもつひらさか千引塞ちびきのふさぎ】で切り取った空間には、二つの気配だけが浮いていた。


 

「やっとと話せるってわけだ……」



 ミーシャは、乾いた笑いを浮かべ、口を開く。



「今のお前は何だ? そんなバケモンになって何がしてぇんだよ」



 苦悶の最中、ダンは実に愉しそうに笑った。



「ほっほっほ、余裕そうに振る舞っておっても、儂の真意は掴めなんだか……浅慮で愚かじゃのう。希望を愚弄しておる」



 希望。


 その単語を、他でもないダンが口にした。

 その瞬間、ミーシャの頭の中に幾つかの推測が構築される。


 目の前のそれは、【世界の仕組み】をある程度のだと。


 ミーシャは一歩、前に出た。

 影もささない、白い世界。


 二人の距離は手を伸ばせば届きそうだ。



「希望を謳うなら、答えてみろよ。お前が喰ってんのは、魂か? 魔力か? それともか?」



 ダンの笑みがより一層不気味に沈む。



「選択か……随分便利な言葉じゃ。しかしのう、答えは簡単じゃ。儂が喰ろうておるのは、じゃ」



 ミーシャの肩が、わずかに跳ねる。


 彼女の顔は、不機嫌そうに歪み始める。



「そりゃ是非とも詳しく聞きたいねえ」



 ダンは目を細め、白の向こう側、エルフの里がある方向へ語りかけるように口を開いた。



「ほっほっほ……聞け、愚かな小さき者どもよ。お主らはいつも願うてばかり、祈ってばかりじゃ。じゃがのう、それは望みなどではない……恐れじゃ」



 ダンは再生する兆しのない傷口を押さえながら、体を起こした。



「失うことが怖い。変わることが怖い。選ぶことが怖い。故にお主らは、希望という名の嘘を吐き、選ばぬことを正義と呼ぶんじゃろう」



 その言葉に、ミーシャは吐き捨てるように応える。



「お前こそ、希望だの正義だの便利な言葉で、自分勝手な講釈並べてんじゃねえよ」

「講釈? ほほっ、違う……真理じゃ。希望とは、この世界で最も甘美な嘘。お主らは痛みを忘れたくて、その甘さに逃げておるに過ぎん」



 ミーシャは目を逸らさない。

 ダンの焦点が自分に合っていなくとも。



「じゃから、儂はお主らの嘘を喰ってやったのじゃ。恐れで肥えた希望は、養分となり得る。それらを喰らい、儂らエルフが……お主らを完璧な世界で管理してやろうというんじゃ」



 ダンの言葉を、冷静に、そして丁寧に仕分けしていく。

 【世界の仕組み】に触れている部分と、ダン自身の解釈である部分を。



「……世界樹の話をしろよ。お前が狙ったのは神下ろしだろ? でも、その口ぶりを聞くにそれだけじゃねえな?」



 ダンの瞳が、ギロリとミーシャに向けられる。



「世界樹とは、希望の象徴にあらず……世界樹とは、【】じゃ」



 ミーシャは目を細めて、神経を研ぎ澄ませる。

 


「へぇ……」

「お主らは決められんじゃろう? 取り返しのつかぬ選択を、世界に刻むことを恐れる。そこに、世界樹は空白を見出すのじゃ。その空白を繋ぎ、世界の歩みを遅らせる装置……それが世界樹。儂はそれを知った。ほっほっほ、じゃから……儂は世界樹を飲み込み、その空白を求めた」



 ミーシャは深く息を吐いた。

 その言葉は、確かにこの世界の核心に触れている。


 しかし、触れただけ。



「それで? お前はその空白ってのを、自分のものにしたかったかもしれねえが、そりゃあたしらの手に負えるもんじゃねえだろ。お前の解釈で言うその空白は、言わば【世界の都合】だろ。確かに、世界樹に意思はねえ……装置っていう例えは悪かねえ。だが、それはお前の道具って意味じゃねえだろうが。装置が期待してくれるとでも思ったか?」



 ダンの笑みが、じわりと冷えていく。



「期待……とな。ほっほっほ、儂に期待など求めんさ。儂は世界にを刻み直すだけじゃ。その身に合わぬ希望を抱かせる世界が悪い。希望に縋り、選ばぬ愚か者が悪い……この世界、間違っておるものばかりじゃ。ならば儂は、その希望をまとめて喰らい、お主らに未来をくれてやる」



 言葉は漂い、空気は沈む。


 ミーシャは、かつてないほどに思考の海に潜っている。

 ダンの言葉は、所々聞き流せない部分があった。


 ダンの狙いはともかく、形はどうであれ、世界樹の持つ力を少なからず行使していたのは事実なのだ。



「未来……だと?」

「そうじゃ。お主らは選べないが故に、空白に溺れる。じゃから儂が代わりに選んでやると言うておる。をのう」



 ミーシャは声を出して笑う。


 怒りを滾らせ、肩を揺らしながら。



 ひとしきり笑った後、ミーシャは冷めた声でダンに問う。



「……で、その未来ってのは?」



 ダンは、残った腕を伸ばし、空間の真上を刺した。



「全てを揃えればいいんじゃよ。嘆きも、怒りも、願いも、希望も。混ぜて、均して、喰らって。個を奪い、選択を失い、痛みを忘れさせる。ほっほっほ、よかったのう……お主らは迷わんでいい。二度と、失うことはない」



 ミーシャはもう一歩、ダンに向けて踏み出す。



「お前の言うそれは、死だ」

「救いじゃ」

「違うな……死だ。お前が与える救いは、怖さを消すことだろ? でもよ、その怖さってのがあるから、希望は生まれるんじゃねえの? あたしが言えたことじゃねえが、選ぶことすらなくなっちまったら、それはもう生きてるとは言えねえよ」



 ダンは、腕を下ろし、枯れた声でミーシャに語る。



「竜人、お主にはわからぬか? お主らはこれまでどれだけの希望を重ねてきた? お主らは美しく綺麗な言葉で、己を騙す。いつか良くなる。きっと救われる。もう大丈夫……ほっほっほ、その全てがお主らを弱くしたのじゃろう」




 ミーシャは刀を抜き、その鋒をダンに向ける。



「お前は真理とやらに触れ、気が大きくなってんだろうが……悪ぃな、理解する気にもならねえ」



 ダンは、その鋒から逃れる素振りなど見せず、まっすぐミーシャを見据える。



「だから殺すのか? ほっほっほ、言ったはずじゃ……しかし、やれるもんならやってみい。首か? 心臓か? どこを斬るつもりなのかのう……儂を殺せると思うとるのもまた、愚かな希望故じゃよ」



 ミーシャは笑う。

 不敵に、不遜に。



「あたしも言ったはずだぜ? 境界はもう引いてある。この空間に堕ちてきた時点で、お前の魂は、あたしの手のひらの上……つまんねえ話に付き合ってやったのも、別にお前の話が聞きたかったわけじゃねえ」



 ミーシャの刀に、魔力が宿る。

 禍々しく、重たい魔力。


 ミーシャの刀は美しい弧を描き、空間を裂いた。



126

 時間を少し巻き戻し、視点はレヴィたちに移る。


 ミーシャが創り出した白い空間の外側。

 エルフの森。



 鼓動が止まった。

 森に蠢く異物を排除する動きは、完全に霧散していた。


 静けさが、森全体を覆う。



「二人とも、申し訳ありませんが」



 ふらふらになりながら歩くレヴィとタニアの元に、クロノスとポプラ、そしてギルフテッドが合流する。



「まだ終わってはいません」



 開口一番、クロノスは平坦な声で、現状を端的に告げた。



「この状況、順調ですが……油断は禁物です」



 クロノスの言葉に、ポプラが反応する。

 当たり前のように無傷で、疲れた様子もない。


 その後ろにいるギルフテッドは今にも倒れそうなほど消耗していると言うのに。



「それって、世界樹に飲み込まれてた力がまだ消えてないって意味だよね?」

「ええ、ポプラさんの言う通りです。寧ろここからが世界樹としての真骨頂……でしょうね」



 クロノスの言葉を合図にしたかのように、森が再びうねり始める。

 

 襲ってくる様子はない。

 しかし、何かを求めるように蠢いている。



「これ……食べてるのかしら?」



 ポプラのか細い声がその場にいた者に、事態の悍ましさを理解させる。


 森全体が、命を、魂を喰らおうと見境なく悶えている。



「くっ……させるかよ」



 レヴィは、タニアの肩から自身の身体を無理矢理剥がし、再び全力で白い炎を展開する。


 その炎は燃え上がり、木々の根を包み込み、歪んだ魔力を撫でていく。



 傷を癒やし、痛みを剥がし、乱された循環を整える【再生の炎】。



「うっ……さっきより……痛い」



 レヴィの身体が震える。


 それでも、彼女は炎を止めない。


 タニアとポプラも、妖精の感覚と同調し、感覚を研ぎ澄ませていた。

 怒り、拒絶、恐怖。

 妖精は境界を司る。


 生と死、内側と外側。


 それらの線を、はるか高次元で引く存在。



 そして、タニアとポプラが同時に感じ取る。



 がその境界である、と。



 蠢きだした森の中に、ぽっかりと妖精たちが近寄らない穴があった。


 恐れているのではなく、嫌悪している。

 

 存在として、相容れないと理解しているのだろう。



「見つけた……」



 タニアは右手を前に突き出す。

 風と大地の妖精が渦を巻く。

 他の属性の妖精たちも、周囲を取り巻き、同じ方向へ力を寄せる。



「タニアちゃんに合わせるわ……」



 隣でポプラが目配せをする。

 タニアは、もう一度レヴィの方を振り返る。


 傷だらけになりながら、誰かのために戦い続ける彼女を、タニアは追いかけ続けていた。


 その彼女が、今もなお誰かのためにその熱く優しい炎を世界に刻むというのなら、タニアが躊躇う理由はどこにもない。



「いい加減……眠りなさいっ!」



 タニアの声と同時、凄まじい密度の魔力の塊が、森を貫いた。


 その瞬間、森が悲鳴をあげる。


 木々が揺れ、大地が割れ、根が暴れた。

 しかし、その動きは次第に弱まっていく。


 を引かれたから。

 

 クロノスが静かに頷く。



「よくやりました……これでが閉じ始めるでしょう」



 クロノスは、森の奥へと視線を向ける。

 それはミーシャがいるであろう場所。


 そして、この戦いの功労者たちを労うかのように、言葉を紡いだ。



「世界樹は、希望の象徴ではありません。世界がに過ぎません。だからこそ、今あなたたちがしたことには大きな意味があります」



 クロノスの声に、タニアが応える。



「選択を……先送り?」

「ええ。取り返しのつかないことをなかったことにしない。それでも進むと決めたのです。ある意味……私のような存在と似ていますが……それでも、これで……世界は世界樹を失い、選択することを強制されるでしょう」



 白い炎が大きく揺れ、レヴィはその場に再び倒れ込んだ。

 今度こそ、限界だった。


 タニアが慌てて駆け寄り、優しく抱き上げる。

 二人の体格差では、運ぶことはできないため、ポプラが背負うことになった。



 気を失い、動かないレヴィを見ながら、タニアは周囲の異変に気がつく。


 妖精たちの感情が収まりつつある。



「終わったのかな……」



 その疑問には、クロノスが答えてくれる。



「ええ、おおかた。あとは彼女……ミーシャに委ねるしかありません」

「……」



 クロノスの説明を理解できた者はいないだろう。

 ポプラにしても、世界の理のことなど、知るわけがない。


 それでも、この場でクロノスに詳しく説明を求める声は上がらなかった。


 理解できようが、できまいが、この先の未来はのだ。


 クロノスも口を閉じ、ミーシャが戦っているであろう場所に戻るべく、歩き始める。

 タニアたちは、黙ってついていくしかできない。



 一行が歩き始めた直後、彼女たちが向かう先で、わずかに魔力の波が立った。



 小さく、か細い。

 しかし、確かに。


 クロノスの瞳が、揺れる。

 次にタニアとポプラが気付く。



「行きましょうか……答え合わせの時間のようです」



 クロノスは、毅然とした態度のまま、先頭を歩き始めた。



127

 ミーシャは刀を振るう。


 刃は肉を切らず、根を。

 繋がりを根本から遮断する。

 

 静かにダンの因果そのものを断ち切った。

 


「……【竜桜剣・桜花一閃】」



 白の空間に、黒い裂け目が走る。


 直後、ダンの形が崩れていく。

 肉でも木でもないものが露わになる。


 寄せ集め。

 魂の残滓。

 魔力の澱み。

 恐怖で膨らみ続けた希望。



 ダンが途切れ途切れに笑う。



「愚か……よのう。儂は世界樹と同化したんじゃ……儂こそが空白であり、儂の死は先送りされ……る。お主らが選べぬ限り……儂は……」



 ミーシャは冷たい声で言う。



「残念だったな。その世界とやらはもう選んじまったみたいだぜ?」



 少しずつ崩れていく白い空間の中で、ミーシャの声だけが重たく響いた。

 ダンの形がさらに歪に揺らぐ。


 薄気味悪かった笑みの輪郭が薄れ、代わりに苛立ちが滲んだ表情に見える。



「選ぶじゃと? ほっほっほ……誰が! 何を! 選んだというんじゃ!」



 ミーシャは刀を鞘に戻し、終わりを迎えつつあるダンに哀憐の目を向けた。



「少なくとも、お前じゃねえみたいだぜ? あたしがお前に振るった刃の方が幾分かお気に召したってよ」



 ダンが嗤った。



「刃たる希望など、脆いわ! それがどうした! 先のお主の攻撃で、この空間も直に割れるんじゃろう? さすれば、儂は再び森と繋がり、お主らの前に立ちはだかろう」

「そうじゃねえよ」



 ミーシャの声に、ダンは思わず口を止めた。



「お前、神獣のこともポプラのことも……舐めすぎだ。あいつらが誰かの意思のもとで大人しくするかよ。お前があれを使ってしようとしてたことはおおよその検討はつくが、どれも荒唐無稽……まるでガキの夢だ」



 ミーシャはダンに背を向ける。



「つーか、んだろ? だからポプラに背負わせた……それでもあいつはねえだろ……くっくっく。お前見る目ねえな」

「なんじゃ……何が言いたい」



 振り返ることなく、ミーシャはその問いに答える。



「簡単なことだっつーの。お前の解釈はいい線いってると思うぜ……確かに世界樹っつーのは装置としては最適だろうよ。でもな、お前らエルフが守ってきたつもりのそれが、お前らに目を向けてくれるとは限らねえだろ? お前が腹の中に入れちまったその装置は、。意思を持った時点で、それはただの誤謬に成り下がる」

「装置……だからこそ意味が……」



 ミーシャの声はダンの耳によく響いた。

 不思議と、不快な感情は現れず、自然と彼女の言葉に耳を傾けてしまう。


 ダンが描いた脚本に注釈を加え、修正を入れるミーシャの言葉は、心地よかったのだろう。


 彼が生きてきた悠久の時間の中で、こうして会話が成立することはなかったから。



「迷って、もがいて、足掻いた先で選ぶからこそ、。冥土の土産に覚えときなよ……の役割を喰っちまったら、次に喰われんのはお前自身だってな」



 ミーシャは【印】を結び、空間の落とし所をつける。

 【黄泉妃羅倒・千引塞】は封印であり隔離であり、審問するための夢幻の空間でもある。


 中へ誘えるのはミーシャともう一人のみ。

 外の世界とは完全に隔絶され、ミーシャの許可がなければその空間から出ることはできない。

 そして、この空間の最も重要な効果。



 この空間内では、強制的に会話が進められ、嘘や誤魔化しを許さない。



 ミーシャの問いに答え、自身の考えを口走ったダンは違和感を抱くことすらできなかっただろう。

 この空間に入った時点で、それは確定された未来だったのだから。



「ま、待て竜人の娘。儂はどうなる?」



 威厳も尊厳もない。

 ただの枯れたエルフの老人がそこにはいた。



「くっくっく……今更死ぬのが怖えのかよ」

「違う! エルフの宿願は……エルフこそが、この世界を管理するにふさわしい……」

「くだらねえ……結局のところ駄々捏ねてるだけじゃねえか」



 ミーシャは魔力を解放し、空間を閉じ始める。



「ほっほっほ……お主はまだ世界の深淵を知らんのじゃろう……竜人がこんなにも甘いと知っておったら千年前に皆殺しにしておったというのに……」

「できねえことを、しなかったみてえに言うなよ。それにな……お前の言葉にもう一つ修正を入れとくぜ? あたしはお前の言う世界の深淵とやらを知ってる。嫌というほどな……くはは。ま、どうでもいいことに時間を割くのは性に合わねえから、大半のことは無視したけどな」



 ダンは、崩れる身体を厭わず、ミーシャに詰め寄ろうとする。



「儂は世界樹と共に運命を歩むんじゃ……儂こそが世界の余白であり! 希望じゃ! お主らを救うのは儂なんじゃ!」


 しかし。



「救いだぁ? 笑わせんなよ。お前は救ってねえし、誰も救えねえよ」



 ミーシャの言葉が重く、ダンにのしかかる。



「世界はな……誰にも期待しねえ。ただ役目を果たすだけ」



 諭すような、優しい声色。

 ダンは自身の意識の核が揺らいだのを感じた。


 それは魂ではなく。

 それは魔力ではなく。

 それは神性でもない。


の塊。


 他者の願いを喰らい、他者の運命を奪い、他者の迷いを均そうとした結果だけがそこには残った。



「お前ごときが覗ける程度の深淵なら、世界中に転がってんぜ? 例えば……この世界はも◼️◼️◼️◼️に、◼️◼️◼️何◼️◼️◼️◼️◼️◼️んだぜ? 笑えるだろ?」

「……?」



 ミーシャはようやくダンの方を振り返り、不敵に笑って見せた。


 楽しそうに、愉しそうに。



「聞こえねえなら、そこがお前の限界だってこった。残念だったな」



 空間が渦巻き、全てを飲み込んでいく。


 白は黒に。


 夢幻は現実に。



 ミーシャが【印】を解くと同時、森は完全に沈黙した。


 そして、彼女の後ろには見慣れた姿があった。



「よう、気分はどうだよ」

「……最悪」



 何百年と連れ添った友と再会したかのように、気軽なミーシャの声。



「くはは、寝起きの悪さは相変わらずだな」

「はぁ……だから嫌だったのに。これが全部片付いたら、二百年はうちの仕事やってもらうから」



 ミーシャの背後に立っているのは、ルルーシュだった。

 着ていた服はボロボロに破れ、穴だらけではあるけれど。


 生気のない目に、艶のある黒い髪にまばらに金髪が混じっている。


 普段のルルーシュに比べて、か細い魔力しか感じられないけれど、確かに彼女はルルーシュだった。



「んなこと言っていいのかぁ? 誰のおかげでルルが蘇生するまでの時間が稼げたと思ってんだよ」

「あの子たちでしょ。ミーシャこそ一人じゃどうしようもなかったくせに」

「くっくっく、さてねぇ。事実あたしは殺せたけどな?」

「……あっそ」



 軽口を言い合っていると、森の奥から、クロノスたちが合流してきた。 



「やはり、ルルーシュさんでしたか」

「ルルー! 死んじゃったかと思ったんだよ? なんで? ミーシャちゃんのおかげ?」



 タニアも含めて、ルルーシュの生還にはそれぞれ反応は違いこそすれど、嬉しい誤算だったのは間違いない。



「あの時、ルルーシュさんを死んだと断定したのはわざとでしたか」



 クロノスは目を閉じ、すでに解釈を終えた状況を語る。



「あなたが見間違うわけがないと思いましたが、狙いはあれの視線から遠ざけるためですか? 七竜とは、存外仲間想いな集団なんですね」



 その言葉に、ルルーシュは弱みを握られたかのように苦い顔をする。

 対してミーシャは嬉しそうにルルーシュの肩に手をかけ、笑った。



「くはは、だってよ?」

「……うざい」



 微笑ましくも、和やかな空気の中、ポプラが一歩前に出る。



「いい空気のとこ悪いんだけどね? まだ最後の片付けが残ってるよ?」



 ポプラは沈黙した森を見渡しながら、落ち着いた顔で言う。



 装置としての役目を停止した森。


 世界樹は消滅し、は閉じた。

 森は本来の姿に戻るため、急速に解体を始める。


 喰らった魂が逆流していく。

 その歪んだ循環は、世界を軋ませる。


 木々が震え、根は暴れる。



「森はこれで元に戻ると思う……あとは……」



 切なそうに微笑むポプラに、ミーシャが歩み寄る。



「ポプラ、あたしらのとこに戻ってこいよ」

「……」

「その身体は好きにしていい。もう百年くらいそのままでいりゃ魂との繋がりも強くなるだろうよ。そしたらその身体は完全にポプラのもんになるぜ?」



 ポプラは嬉しそうに、そしてどこか寂しそうに笑って、首を横に振った。



「私はね、もう過去に死んでるの。それに、この命の使い道はまだあるわ」

「……あのエルフか?」

「うん。私の半身であり娘であり、



 ポプラは、会話の輪に入れずにいたタニアに目を向けた。

 同時に全員の視線がタニアに集まることになるわけだけれど、タニアとしては、ここで自分に会話の矛先が向くとは思っておらず、しっかり驚いていた。



「え? わ、私?」



 ミーシャは納得したのか、ルルーシュとクロノス、そして手持ち無沙汰にしてそうなギルフテッドを連れ、何かを探しに行ってしまった。


 残されたタニアとポプラ。

 そして、木にもたれかかったまま寝ているレヴィ。



「ねえ、タニアちゃん。チェルミーのこと仲間だと思ってくれてる?」

「……はい!」

「じゃあ、のことを教えてあげる。それを聞いた上で、タニアちゃんが決めて欲しいの」



 ポプラはゆっくりと話し始める。

 この森に隠されたもう一つの秘密と、愛の物語を。


 

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