第44話 "The ending you wanted"

120

 欲張ったから。

 あなたがこれ以上を求めたから。


 全てが台無しになったのよ。



121

 ぐちゃ、ぐちゃ。



 ダンが口を動かすたびに、不快な音がタニアの鼓膜を揺らす。


 確認するまでもなく、ルルーシュはもう動くことはない。

 吸血鬼であり竜の特性をもった彼女が、無惨な姿で転がっている。


 ただの一言も話さず。

 微動だにすることもなく。



「嫌……止めないと!」



 駆け出そうとしたタニアをミーシャとポプラが制する。



「切り替えろ。ルルは死んだ」



 いつもより、少しだけ低いミーシャの声。

 その瞳は、真っ直ぐダンに向けられていた。



「ほほほ、そう熱い視線を向けるでない」



 纏わりつくような声が、張り詰めた空気の中をぬるりと這ってくる。


 ダンは笑っていた。

 その手には、白く細い脚。

 骨が剥き出しになったそれを、まるで果実の皮でも向くかのように指でなぞる。



 溢れる不快感が、タニアの脳内を支配する。

 それはレヴィにしても同じだったようで、ミーシャの言葉がなければ、二人揃って突っ込んでいただろう。



「馬鹿が……こんなつまんねえ策に負けやがって」



 歯噛みするタニアとレヴィに先んじて、ミーシャはルルーシュが負けた原因にたどり着いた。

 


「クロ、ポプラ……あたしがあれの気を引いてやる。端っこを探せ」

「……いいでしょう」

「ミーシャちゃん一人で大丈夫?」



 ミーシャは小さく笑い、腰に携えた刀を抜き、流れるように構えた。


 瞬間、ダンの意識は


 

「……【虚楼】が効いてるうちに、レヴィたちにも準備させときな」



 振り返ることなく、ミーシャはクロノスにレヴィたちのことも使うと示唆した。

 それが何を狙って、いつのタイミングなのかは口にしなかったけれど。



 しかし、クロノスには十分だったらしく、それを聞いてレヴィとタニアを抱えて、ミーシャたちから距離を取った。

 すぐ後ろにはポプラとギルフテッドもついてきているけれど、事態を正確に把握しているのはクロノスとポプラだけでだろう。



「ちょ、なんでミーシャを置いていくんだよ! ルルさんがやられるくらいヤバいやつなんでしょ? 全員でかかったほうが良くない?」

「そうですよ! 私もレヴィも戦えますっ!」



 クロノスに抱えられたままのレヴィとタニアは、今すぐ引き返すべきだと主張するけれど、それは悪手だとポプラに諌められてしまった。



「ミーシャちゃんが言ってたでしょ? 圧倒的な個の前では、数は意味ないって。まあ、あれを個なんて呼べるかは怪しいけどねぇ」



 ミーシャからある程度距離を取ったところで、クロノスは足を止め、二人を優しく降ろした。

 


「簡単に説明しましょう。ルルーシュが敗れた原因と、ミーシャがやろうとしていることを。その間に、ポプラさんはを見つけてもらえますか?」

「うん、任せて。えっと……君も一緒に行こっか」



 クロノスの言葉に、ポプラは二つ返事で応え、そばに立っていたギルフテッドを指名して連れて行ってしまった。


 三人が立つ森に、静寂が広がる。

 状況が飲み込めず、不安な表情のタニア。

 自分にできることを懸命に探そうと焦りを見せるレヴィ。


 クロノスは、人差し指を口の前に持っていき、タニアたちの意識を自分に向けさせる。


 木々は黙ったまま、風のひと撫ですら感じられない。



「まず、あそこでミーシャが相手にしているアレは、本体ではないでしょう」



 平坦な声でクロノスは続ける。



「器……この場合、口と言ったほうが正確かもしれませんね。世界樹の成り損ない……こんな形になるとは想定外ではありますが、対応できないほどではありません」



 クロノスは地面に手を当てる。

 直後、彼女の魔力に反応したのか、周囲の


 それは、地鳴りでも地震でもない。


 まさにだった。


 ドクン、ドクンと。


 レヴィは目を丸くして、息を呑む。



「……森が、生きてる?」

「ええ、よりわかりやすく言えば……喰らっています」



 クロノスは身体を起こし、自分たちが来た方を振り返る。



「エルフたちの魂を、人間たちの魂を。神獣の権能の残滓……そして……」



 クロノスの冷たな視線がタニアに向けられた。



「竜の力すらも」



 ミーシャが戦闘を始めたのだろう。

 森が一気に殺気立つ。



「ルルーシュは、そこを見誤ったのかもしれませんね。もしくは、うまく隠されていたか……どちらにせよ、正面からアレと対峙しながら解決策を見出すのは不可能に近いでしょうね。私とミーシャだからこそ、すぐに気がつきましたが」



 タニアは、自分の周りで複数の魔力が集まっては弾けるの感知していた。

 妖精と契約し、妖精そのものの姿が視認できるようになったタニアは、その異常性を理解していた。



「この森……妖精を拒絶してる? なんだか、妖精たちが怒ってる……」



 タニアの呟きにクロノスが応える。



「でしょうね。この森は数多もの命を喰らって肥えただけの魔物に近いですから」



 森は蠢くように三人を囲み始めた。



「レヴィ、タニア……これから私があなたたちを守ります。その間に、レヴィは白い炎でこの森を可能な限り燃やし、タニアは妖精が最も避けている場所を見つけてください」



 クロノスは、姿勢を正しゆっくりと魔力を纏う。

 構えはない。


 それでも、一切の隙はなかった。


 三人めがけて迫り来る木の根や蔓を完璧に打ち返している。

 切断するでも握り潰すでもなく、弾くように。



「レヴィ、クロさんに言われた通りやってみよう」

「ああ」



 二人は同時に目を閉じ、集中する。


 タニアは、妖精の声を頼りに周囲に意識を広げる。

 クロノスが言ったが何を指すのかは分からずとも、妖精たちの敵意が向いている方角くらいは掴めた。


 タニアはさらに集中し、そこから具体的な地点探っていく。



 レヴィは自身の身体が優しい炎に包まれていくのを感じる。

 目を閉じているため色は見えてはいないけれど、肌で感じることができた。


 ミヅハが託してくれた白い炎が、レヴィを包んでくれているのだと。


 レヴィが拳を握り、魔力を集中させる。

 灼熱が空気を歪ませる。


 レヴィは目を見開いて、自分の足元目掛けて全力で拳を振り下ろした。


 炎は瞬く間に広がり、クロノスもタニアも丸ごと飲み込んだ。

 全てが白く染まって、燃えていく。


 クロノスは、レヴィに気づかれないように頬を緩めた。





122

 少し時間は遡り、視点はミーシャに戻る。


 刀を構え、ダンの動きを観察する。


 ミーシャの見立てでは、目の前の化け物は

 正確には、ダンの姿に捉われて戦う限り、糸口はいつまでも見えてこない。


 それでも、ミーシャはただの直感でダンのに辿り着いていたのだ。



「ルルじゃ確かに相性が悪かったな。くっくっく、でもよぉ、お前相当消耗させられてんじゃねえの?」



 ミーシャが笑う。

 愉しそうに、嬉しそうに。

 そして哀しそうに。



「ほっほっほ、この程度消耗の内に入らんさ。竜の力さえも喰らった儂に敵などおらんわい。かつては強大じゃったお主らも、力を得た今では羽虫のようじゃのう」

「くはは、随分とのたまってくれるじゃねえかよ」



 ミーシャの【虚楼】はとうに看破されており、精神支配系への耐性を獲得しつつあるダン相手に、ミーシャはどう時間を稼ぐかを考える。


 

「【竜桜剣・竜桜一閃】」



 低い姿勢から、ミーシャは音を超える速度で一瞬でダンの背後に回り込み、刀を振り抜いた。


 空間ごと切り裂くような美しい一閃。

 周囲の木々をも切り倒し、ダンの首は宙を舞う。



「ちっ、手応えがなさすぎる」



 ミーシャは刀を握る手に力を込め、三度振るう。


 抵抗することなくダンは細切れになっていくけれど、それに反比例するようにミーシャの顔色は険しくなっていく。



 そして、ダンの首は地面に落ちる寸前のところで溶けるように消えてしまった。

 

 木々が揺れ、森がせせら笑うように鳴き始める。

 かのように。



「ったく、ルルじゃねえが……こりゃ面倒臭えな」



 ミーシャは刀を鞘に納め、魔力を解放する。

 牽制は終わり、時間稼ぎも目処が立たない以上悪手となりかねない。


 であれば、


 そうしなければ、敵の姿すら捉えることができないのだ。



 ダンの肉体がゆっくりと再生する。

 しかし、その瞬間ミーシャは僅かに感知した。


 が消滅したのだ。



「ルルもここまでは気付いただろうけどな……なぁお前、ここにはまだ生きてる奴がいたはずだが……」



 ようやく口元まで再生したダンは、ニヤニヤと笑い答えた。



「あぁ、あやつらはまだ使い道があるんでのう……生かしておるよ。じゃがのう」

「そうかいそうかい。ご機嫌だなぁ」

「ほっほっほ。こんなに愉快なこともそうなかろう。極上の餌が次々に来てくれるんじゃからのう」

「餌……ねえ」



 ミーシャの魔力は際限なく膨れ上がり、遠く離れたレヴィたちでさえ感知できるほどになっていた。


 それでも、ミーシャは魔力を抑えるどころか、さらに押し上げるように解放していく。


 まるで、その圧倒的な存在感で何かを隠すように。


 不敵に笑い、ミーシャは魔法を展開する。

 【遊火】【影渡】【屍人月】、その他にもこの状況で有効そうな魔法を片っ端から展開していく。


 魔法の同時展開は、言葉で言うほど簡単なものではない。

 それでも、平然とやってのけるミーシャもまた化け物なのだ。



「あいつがどれだけ頑張ったかは、ここに来たときにすぐに理解した。だからよぉ、同じ七竜として、あたしがあいつのやったことを正解にしてやる」



 次の瞬間、数えきれないほどの魔法がダンを襲った。


 燃やして、溶かして、焦がして。

 穿って、凍らせて、割って。

 切って、千切って、引き裂いて。

 埋めて、揺らして、粉砕して。


 数百、数千、数万にも及ぶ死を、ダンは一気に経験する。



 ミーシャは手を休めることなく、魔法の展開を継続する。

 己の魔力の残力など、微塵も気にしていない。


 普段刀を振るうミーシャだが、本来彼女は魔法による戦闘の方が遥かに得意なのだ。

 

 

「何度でも生き返れるんだろ? この森とどう繋がってんのかはあいつらに任せるとして、あたしはここでお前が死ぬまで殺し続けりゃいいだけだ。くはは、あたしも楽しくなってきたぜ」



 森を覆う空気が一段と重くなる。

 ミーシャの魔力のせいか、ダンの悲鳴に近い叫びのせいか。


 ミーシャは、魔法による攻撃と同時に、一つ結界魔法を準備していた。

 ミーシャの十八番ともいえる魔法、そして竜人の固有魔法。


 ルルーシュが提案していた、森の封印は事実上不可能に近い状況とはなってしまっているけれど、それは対象をエルフの森全体にした時の話である。

 対象をダン、もしくはそれに付随する森に限定すれば、その確率は多少上がるかもしれない。


 問題はだった。

 そして、そのためのタニアとポプラだったのだ。



「あいつらの言う妖精ってのに頼るっつーのは癪だが、関係ねえか」



 小さく呟くミーシャの顔に、汗が流れる。

 


「お前もエルフなら知ってんだろうけどな……妖精ってのは確かんだろ? 生と死、自然と異物……あたしらよりも遥かに高次元でその線を引けるらしいじゃん……くっくっく、なあ教えてくれよ。世界樹とやらになりたかったお前が、何を成し得たかったのかをさ」



 ミーシャの感覚では、ダンの魂は目の前にある。

 しかし、それは一部に過ぎず、この森全体に薄く広がっているようにも感じ取れる。


 だからこそ、殺し続ける。

 少しずつ、ダンの魂の輪郭がはっきりとしてくる。


 森の生命力と繋がっていたダンの消耗が激しいせいである。

 ミーシャの周りを徘徊していた傀儡たちの姿はもうない。


 とうに


 ミーシャは、返事のないダンをしっかりと見据えたまま、胸の前で【印】を結ぶ。



「……【黄泉妃羅倒よもつひらさか千引塞ちびきのふさぎ】」



 直後、森から音が消えた。

 そこには、ミーシャとぐちゃぐちゃに壊されたダンの二人だけ。


 森も空も、大地も。

 陽も影すらない。

 何もない真っ白な無限地獄。


 

「やっと



 ミーシャが口を開き、ダンは沈黙している。


 

「初めましてだな、くそエルフ」

「……」



 人知れず、この世界の根幹に触れる会話が始まろうとしていた。



123

 視点は再びレヴィたちに戻る。

 レヴィの炎は勢いよく広がり、森を駆けていく。


 ミヅハと話したおかげで、その炎の使い方はわかっていた。

 だが、魔力の操作が大雑把なレヴィには、その本領の二割程度しか発揮しきれていなかった。


 それでも、効果は絶大だった。


 魔力を燃やす。

 以前のレヴィの炎は、そういう効果を持っていた。

 しかし、ミヅハは全く異なる使い方をレヴィに提示していた。



「何これ……レヴィってばこんなことできるようになったの?」



 タニアが驚くのも無理はない。

 レヴィの白い炎は、その範囲にいる全てを癒していたのだから。


 【再生の炎】。

 ミヅハがレヴィに示した道。


 焼き尽くすのではなく、癒し再生させる。

 傷も、痛みも。


 魂そのものさえも。



「くっ……い、痛え」



 代償はあった。

 周囲の全てを癒す代わりに、癒した分の痛みをレヴィが請け負うというもの。


 レヴィの身体に、言葉にできないほどの激痛が走る。

 それでも、レヴィは炎を止めない。


 

「やっと……やっとだ。やっとわかった。私がこの森で戦う理由」



 誰に言うでもなく、レヴィの口は自然と言葉を紡いでいく。



「私は、皆といる時間が好きだからさ……それを理不尽に奪われたくないんだよ」



 その小さな声は、隣にいるタニアにだけは聞こえていた。

 そしてタニアもそれに呼応するように、妖精の力を強めていく。



「私は……私が守りたい人たちのために戦うよ。そのためなら、どんな痛みだって耐えてみせる!」



 レヴィの白い炎がさらに強く燃え上がる。

 痛みに顔を歪めながらも、レヴィはもう覚悟を決めたのだろう。

 最後まで、その炎を絶やさないと。



「タニア……あとは頼むぞ?」



 お互い顔は合わせなかった。

 それでも、今どんな顔をしているのかはわかってしまう。


 レヴィは、タニアがその強い眼差しで希望を掴むことを信じて。

 タニアは、レヴィが折れない心で最後まで自分たちを守ってくれると知っている。



「うん、レヴィにばっかり無茶させられないからね。それに……もう見つけたから」



 タニアは、呼吸を整え、妖精たちに魔力を託す。


 タニアの身体を複数の魔力が渦巻くように覆う。

 

 妖精は境界を司る。

 ミーシャの発言は、正しい。


 そして、このエルフの森において、最も妖精に愛された者。

 タニアはゆっくりと右手を前に突き出し、集中する。


 レヴィも、自身の背後で凄まじい魔力の塊が生成されていくのがわかる。

 

 状況は整った。

 タニアは一気に魔力を放ち、森の一点目掛けてその高密度の魔力弾を放つ。

 

 瞬間、森が悲鳴を上げた。

 木々が激しく揺れ、大地までもが震えている。


 それと同時に、レヴィたちに向かってきていた攻撃も一斉に収まった。


 クロノスも状況を鑑みて、一度戦闘体制を整えるため、二人のそばに戻ってきていた。



「二人とも、よく頑張りました。想像以上です」



 クロノスにしては珍しい、直球でのお褒めの言葉だった。

 レヴィもタニアも、まだ集中を切らさないよう、魔力を解放し続けているけれど、クロノスは二人に力を抜くよう促した。



「我々の役目はこれで十全でしょう。は作りましたからね。あとはポプラさんたち、そしてミーシャがなんとかしてくれるでしょう」



 クロノスの包み込むような優しい声を聞いて、レヴィは安心したのか、とうに限界を超えていた身体をさせることができず、膝から崩れ落ちた。



「レヴィ!」



 すかさず、タニアが駆け寄るけれど、レヴィは疲れて眠ってしまっていた。



「はぁ、よかった。クロさん……上手くいくと思いますか?」



 クロノスは身を屈めて、レヴィの頭を優しく撫でる。


 その手は妹を心配する姉のようで、娘の成長を喜ぶ母のようでもあった。



「無茶をさせましたね……全く、誰に似たのやら」



 クロノスとタニアに見守られ、気持ちよさそうに眠るレヴィの顔はどこかやりきったような達成感に満ちていた。



 そして、それとほぼ同時、三人のいる地点からやや離れた場所で、魔力の爆発が起きた。



「ポプラさんたちですね。タニア、レヴィのことお任せしてもいいですか? 私の推測が正しければ、もう一波乱ありそうなので」

「はい……レヴィのことは私が守ります。クロさんもお気をつけて」

「ふふ、ありがとうございます。では」



 そう言うと、クロノスは音もなくポプラたちが駆けて行った方向へと消えていった。



 再び静寂の中、タニアはレヴィの頭を自分の膝に乗せ、その寝顔を見て微笑んだ。



「ねえ、私たち強くなったよね? 村を出て、いろんなことがあってさ……楽しいことばかりじゃなかったけど。でも、ちゃんと戦えるようになってるよね?」



 タニアはこの森で、自身の戦う意味を探し続けていた。

 レヴィやチェルミー、カエルムといった仲間のためと言う意味では、もちろんタニアが戦う理由にはなっていた。


 しかし、それだけでは状況に置いていかれていたのも、また事実だった。


 

「レヴィ……チェルミー戻ってくるのかな……フリージアさんの姿も見当たらないし……大丈夫だよね?」



 タニアの手が震える。


 辺りのざわめきも収まり、森は平穏を取り戻しつつある。

 ミーシャを残してきた方向からは、まだ少し嫌な魔力を感じるけれど、それでもそれは徐々に弱まっているように感じていた。


 クロノスが言っていた、この森そのものが魔物のように生きていると言う話。

 それを前提に考えるのであれば、タニアたちがしたことや、ポプラたちが任されたことにもきっと意味はある。


 そう信じることでしか、今は自分の行動を認めることができそうになかった。


 ルルーシュの無惨な姿を見て、自分たちを害そうとしている悪の元凶を目の当たりにして、タニアの心は折れかけていたからだ。


 妖精の力を得て、できることが増えたと感じていた矢先だったこともあって、どこかで自分には状況を覆す力があるのだと、特別な存在なのだと舞い上がっていた。



「私って、このままレヴィのあとをついていくだけじゃダメだよね……クロさんに啖呵切ったくせにね」



 タニアの瞳に涙が溢れる。

 それは、彼女の悔しさの結晶だった。


 生まれた時から、一緒にいたレヴィ。

 共に遊び、共に学び、共に鍛えたはずなのに。


 タニアはいつだって、レヴィの一歩後ろにいた。


 それを心地いいと感じていたし、それこそが自分の立ち位置だと思っていた。



「レヴィ、私ね……やっぱりレヴィの隣に立ちたいなぁ……さっき背中合わせになった時にね、すっごく安心したの。レヴィが後ろで戦ってるって全身で感じた時、絶対に負けないって思えた……それがね、どうしようもなく悔しいっ! 私はまた守られてる」



 タニアの涙が、レヴィの頬に零れ落ちる。



「ずっと……ずっと周りに流されてばかりの冒険じゃ、いつか誰かが死んじゃうんだって……怖いよ……レヴィ」

「大丈夫だよ、タニア」



 タニアが驚いて目を開けると、レヴィはタニアを見上げたまま笑っていた。

 


「いてて……タニアに膝枕されんのいつぶりだっけ? あはは、泣いてんの? 大丈夫だよ……タニア」



 レヴィは痛みで軋む腕を無理やり動かし、タニアの頬に触れる。


 その手は傷だらけでも、とても温かく優しくタニアの涙を拭った。



から、安心して。皆で帰ろう」

「……うん」



 根拠のない言葉だったかもしれない。

 ただの気休めだったかもしれない。


 それでも、タニアにとっては、何よりも心を軽くしてくれる言葉だった。



 レヴィは、ゆっくりと身体を起こし、それに合わせてタニアも立ち上がる。


 二人は互いに支え合い、歩き始める。

 どちらが優れているとか、どちらが特別だとか。

 そんなこと関係ない。


 レヴィはタニアを信じ、タニアはレヴィに憧れる。


  

 そして二人が歩き始める瞬間を待っていたかのように、森から



 二人は顔を見合わせ、希望を目に宿した。

 

 その先に、どんな選択が待ち受けているのかも想像できないまま。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る