タンブラーから春を感じた
二八 鯉市(にはち りいち)
もう寒くないんだなぁ。
紆余曲折を経て、タンブラーを買った。
それから数か月、「買ったものの使わなかったらどうしよう」という心配を置き去りにし、びっくりするほどタンブラーを使う冬を過ごした。めっちゃ便利やん。
さて、そんなワタシだが、過去に投稿したエッセイに書いた通り、「ところどころ真面目」である。
そんなとこ真面目の私は、タンブラーにも真面目であった。細々と説明書を読んでいたのである。
説明書にはこうあった。
「飲み物を入れる前に、1分ほどお湯を入れることで余熱をしてください」
と。
なるほど、貴方がそう仰るなら従おう。
私は、タンブラーに関して右も左も分からないのだ。だから貴方に従おう。
こうしてこの冬、私は毎日ココアだとかカフェオレだとか紅茶を淹れるにあたって、きちんと余熱をしていた。
余熱をして1分放置。
その後お湯をダバーッと捨てて、改めてココアを淹れる。
多少なり面倒だったとしても、「それで温かさが持つのだと、貴方様が仰るのだから」と続けていた。
それはもう私にとって、「美味しいコーヒーを飲むためのおまじない」のようなものだった。もしかしたら、「ひと手間」とは「おまじない」なのかもしれない。
だが。
近頃私は、「貴方様の仰る通り」にしなくなった。
余熱をしなくなった。
何故か。
なんか、寒くないのである。
外が寒くないのである。室内でも隅々が冷えていないのである。お風呂上りに廊下との寒暖差でヒェエとならないのである。
多分、冬が終わったのだろう。
スーパーの帰り道で桜が咲いていた。
春のようだ。
身体が、アッツアツのアッツアツのココアを求めなくなった。
これまでまるで文化と生活の禁忌のように思っていた、「時間が経つにつれてココアがぬるくなっていく事」が、さほど禁忌ではなくなった。
「まぁぬるくなってもええやん」と思うようになった。
どうやら、春のようだ。
おかげで今はもう、余熱をしなくなった。おまじないを祈らなくなったのだ。
むしろちょっとアツアツからぬるめぐらいになったココアを
「飲みやすいなぁ」
と思い飲みながら、ゲームコントローラーを握っている。
令和になってから、季節のうつろいが急速すぎるとよく言われている。
旧暦にあわせて着物や布団の綿をなんやかんやすることもあまり無い。
「春の訪れ」を感じるのは、花粉症の話題と桜が咲いたことぐらいだと思っていた。
だが私はこの度、人生で初めてタンブラーを買ってみて、人生に一つ発見を得たのだ。
「ああ、『飲み物の余熱をしなくてもいいかって思う』って、春なんだなぁ」
と。
<終わらない>
*追記
エッセイを書く際の私のやり方は、二通りある。
1つ目は、書きたい事を思いつき次第ダダダダッと書き上げて完成させるやり方。2つ目は、「まあ今はとりあえずメモだけしとこ」とメモを書いておいて、後日、本文を仕上げるやり方である。
今回は、後者である。
先週、このエッセイのメモを作っておいた。
それから一週間経って、今、これを書いている。
正直、暑い。
ちょっと、余熱がどうとかじゃない。余熱とかじゃなくてもう、ホット自体もう要らないかもしれない。それぐらい暑い。
やはり、季節の移り変わりは急速過ぎる。
<終>
タンブラーから春を感じた 二八 鯉市(にはち りいち) @mentanpin-ippatutsumo
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