Happy Create!!!(異世界!?)……ルーティーンを作ろう。それか明後日の予定を入れよう。

柊野有@ひいらぎ

カクヨムコン11も出てみるで。短編♯11

★召喚獣が猫でもパンは焼ける★

「うわっああぁ!?」


 秋葉原の、とあるオフィス街。

 リヴコードデザインの社内、早朝のロッカールーム。

 仕事三昧の毎日。

 そろそろ社員が出社してくる頃だ。僕は簡易ベッドを折りたたむ。


 聞いて。ここの会社、花見もないねんで?


 せめて桜もち風味で春を楽しもうと買ってきた、新作清涼飲料水の缶を右手に。

 叫んでいた。


 自販機から出てきたピンク色のドリンク、なんとなく甘い香りがして、一口飲んだ瞬間……。

 視界がぐにゃりと歪み、足元のタイルが水平を失った。



「ちょ、会議前に倒れるとか、アカンやろ!」
 

 と足を踏ん張った次の瞬間、僕は異世界にいた。


 途中、女神風のお姉さんがいたような気もする。

 白い背景が続く、やけに明るい空間を通ってきた。

 朧げな記憶はもやがかかったようで、思い出せない。


 目の前には、桜の花びらがはらはらと舞う森、遠くにそびえる黒い塔。


「桜? まぶしっ」


 空には、ふたつの太陽が並んで輝いていた。ひとつは赤く、もうひとつは淡い青色で、不自然に明るい。

 そして、青くほのかに光るステータスウィンドウが頭上斜め上に浮かんでいた。



  【召喚士 Lv.1】

 HP   20 / 20 100%

 SP   20 / 20 100%



 グラフィックが凝っていて、アール・ヌーヴォー風。

 って、何で桜もち風味で、異世界やねん!! 


 え。異世界で合ってる? 


 遠くの空に飛んでるアレ、ゲームでしか見たことないドラゴンみたい。

 確実に秋葉原ちゃうな、ここは。


「あー。やってもた、異世界や……」


「異世界か。意外と嫌いじゃないな……」


 タカヤナギさんが、サングラスをくいっと上げて、ぼんやりと遠くを見つめた。

 

「いつの間に。何でサングラス? ……相変わらず用意周到やな!」


 ふふん、と振り向き、得意げにタカヤナギさんは腕を組んだ。

 半袖のパイナップルのアロハシャツって。さっき打ち合わせ用のスーツ着てましたよね?


「あっつ。ジャケットいらんな」


「暑いな。ソウジ」

 

 真っ黒の長めのセットされた髪、異世界でも相変わらず黒ずくめ、服にジャラジャラとつけたシルバーのアクセサリーが似合ってる鴉は、三白眼の目を大きく見開いて周りを見渡した。


 なんか、彼ら馴染みすぎてて、こっわ。


「鴉!? なんで?」


「異世界! これが、俺たちの運命か! 我が名は、黒羽クロハの騎士、漆黒の鴉――ミシェルリリィの用心棒」


 全身真っ黒なマントをはためかせ、190センチの男が名乗りを上げる。

 その後、ニヤリと笑った。 「まぁ、悪くない」

 それは、すっかりキャラ変してるけど、紛れもなくクラブ・ミシェルリリィの黒服兼用心棒の鴉。


 その背後から、もっふもふの巨大な猫がのそりと登場した。立ってる! 二本足で。

 鴉よりも大きいのに、どうやって鴉の影から出てきた?


 大きくなってるけど、この模様は。

 捨てられて小料理屋の裏に住み着いた、麿眉のような位置に黒の毛、背中にハート模様のこれまた黒い毛が生えている白猫だ。


「ミル!? なんで召喚獣になってんの!!」


 大猫は「ミャッ」と返事し、俺の身体にすり寄ってきた。

 身体を床に転がして、鼻先を手に擦りつけてくる。

 中空に浮いたウィンドウには、

 

【召喚獣:ミル】

 親密度:89%、と書いてあった。


「ふはは、ちゃっかり召喚士になっとるやんか。訓練の手間が省けたな」


「タカヤナギさん、笑いすぎ。ところで、このステータスウィンドウ、見えてる?」


「見えてるな」


「なんなん、何で異世界!? パン屋の撮影、明後日入ってたろ? 僕の作りかけの撮ラフ、仕上げて撮影に行く予定やのに!」


「異世界来といて、それが気になるんか……?」


「めっちゃ気になるって! あの仕事終わらんと、僕の平穏が脅かされ続けるわ」


「一日ずらして貰おか、連絡つくか?」


「……あかん、繋がらへん。どないしよ」


 異世界に転生したとはいえ、僕らのスケジュールは、相変わらず現実に引きずられていた。

 

 ――そこから怒涛の展開だった。

 突然、狼の二足歩行みたいなコボルトが現れて、「我らが女神の遺物を返せ!」とか言いながら襲ってくる。


 そんなん知らんわ! スマホであちこちに連絡しつつ逃げる。

 僕の仕事の、邪魔すんな! 

 社畜とは、大っぴらに言いたくないけど、社畜舐めんな。



 鴉は僕の心配をよそに「黒羽クロハの剣、食らうがいいッ!」と厨二セリフでゴツい剣を閃かせて、切り捨てていった。


 え……。こんなん鴉ちゃう。紳士でスマートで料理上手な鴉はどこ行ったんや。それに、血、いっぱい……。

 コボルト、真っ二つですやん。引くわー。



 タカヤナギさんは「だいたい営業スキルってのは、初見のモンスターにも効く」と言いながら、説得スキルで次々とスライムを仲間にしていった。

 後ろにスライムが行列を作ってコボルトの群れを攻撃し、倒れていれば溶かして飲み込んでいく。


 逃げようとするコボルトに、ミルが猫パンチを入れると、ゴロリと倒れる……。


 もうわけがわからん。

 彼らの言う女神の遺物って何やの。


「なあタカヤナギさん、どうするん? 元の世界に戻れんの?」

 

「……まずはやな、パンと珈琲を確保する。朝やからな。ルーティーンを作ろう。そうすれば万事うまくいく」


「いや、確保て……どこでパンと珈琲を調達するねん、こんなとこで」


「鴉が火を起こして、ソウジが粉とか召喚して、ミルが捏ねて焼け」


「は? ミル? 猫にパン焼かすか!? それに粉って。できるわけないやん」


「できるニャ」


「できるんかい!! え。もしかして僕も小麦粉、召喚できる?」


「もちろん、できるニャ」


「そんなん途中で袋破けたら爆発するやん、粉塵爆発知らんのか?」


「気をつけるがいいニャ」


……もう何でもありである。


 会社やタカヤナギ邸で練習した“缶ビール倒しの逆”で、強力粉、ドライイースト、水、塩、卵、ペットボトルと缶コーヒーを召喚。メスティン、軍手、クッキングシートも一緒だ。


 ビニール袋に入った粉類が宙に浮かび、どさどさ落ちてくるのを皆で受け止める。 

 缶コーヒーやメスティンが来る頃には慣れ、タイミングよく手を伸ばしてキャッチできるようになっていた。もちろん卵も。


 ミルは「ミャッ」と鳴き、どこからか持ってきたテーブルに粉を広げ、水を撒いて、ばすんと捏ね始めた。


 鴉はマントを翻し、地面をざっくりと斬る。

 大地にできた窪みに石と枝を敷いて焚き火台を作ると、すぐに火が点いた。


「鴉、剣振り回すなって! 危ないやろ!」


「問題ない。鍛冶屋の魂がこもっている。火力は十分だ」


「異世界やからって無茶すんなや……」


 焚き火台は空間ごと切り取られ、タカヤナギさんのアイテムボックスへ収まり、魔王城まで同行することとなる。


「丸めるニャ」


 みんなでパン種を丸めて並べ、強火力で焼いていく。

 香ばしい匂いが漂い始めた頃、コボルトの動きが止まった。


 桜の花びらの舞い散り、太陽ふたつの陽気の中、パンの香りをまとって、ソウジたちは森の奥の黒い塔――魔王城を目指して歩く。


 道中、スライムやコボルトが現れるも、鴉の一閃とミルの平手打ち、スライムの掃除であっという間に平定。


「何で、こんなにコボルト湧くんやろなあ。逆に気の毒やわ……」


「おい、あのスライム、何か四角いもん飲み込んでないか?」


 タカヤナギさんが眉を顰めて指さす。


「ほんまや。手帳みたいやけど……ちょ、紙やったら溶けるやん!」


 慌ててスライムから、コバルトブルーの革カバーの手帳を救い出した。


「え。これ僕のスケジュール帳やん」


「ちょっと待て! もしやそれが女神の遺物ちゃうか?」



 タカヤナギさんが急に目を輝かせる。


「は? そんなわけ……あるんかーい」


 中空に「女神の遺物」とあった。


***


 歩き続ける一行の上を、ゆっくり2つの太陽が横切っていく。

 ふと見上げた森の向こうに、魔王城の先端が夕日に照らされて、きらりと光った。


「待ってろよ、僕はきっと仕事を間に合わせる……!」


「ヒーローっぽく言うてもパン屋の撮影やろ。それにこのスケジュール帳、滲んで見えへんなってるし」


 ――ぷるぷるのスライムの中から取り出したスケジュール帳は、紙がふにゃふにゃになっていて、ページが貼り付いている。


「やばいな、これじゃ読めへんなあ」がっくりとソウジが肩を落とす。


 すると、ミルがさっと近づき、しっぽでひとなで。

 シュイィィン……と効果音が鳴り、スケジュール帳が乾いていく。


「えっ、ドライ機能もあるん!?」


「しっぽ万能説やな」



 乾いたページには、見覚えのある文字(英語だった)。

 それは魔王からの挑戦状。


。。。


出発する前に、すべてをきちんと整理しておいてください


Please put everything in apple-pie order before you leave.


 塔のてっぺんで、待つ。時間厳守

                       ※※※※

。。。


 最後に、ちっちゃい字で「魔王より」と書いてあった。


「何この英語? 魔王ふざけてんのか?」


 さらにページをめくると、ステータスウィンドウが、ぽんと浮かび上がった。

 またしてもほんのり光彩を放つ飾り罫がついている。


 表示されたのは、「To-doリスト」だった。


。。。


  【異世界・お片付けミッション】

 一階ダンジョンの怪物を掃除せよ! (ミミック)  → 10

 二階のゴーレムの持ち物を整理せよ! (宝箱)   → 15

 塔最上階の魔王の部屋の掃除をせよ!(やや特殊注意)→ 50


。。。


「ちょっ……HPって僕の気力やろ? 僕、20しかないんやけど。最悪ここで仕事し続けたら、死ぬ!?」


 スケジュール帳の右上には、デジタル時計のようなタイマー表示「AM10:00」。


 そしてスマホの時間は……「AM8:33」。


「ヤバい! はよ登らなあかんやん!!」


「全員! ダッシュ!」


「我らが任務は、魔王のいる塔を一掃し、世界を正す……あとパンを焼く」


「パン焼くの仕事か!?」


 鴉がマントを広げて風を切り、ミルが毛皮の合間に絡んだ小麦粉をサラサラと落としながら出来上がったパンを手に跳ね、タカヤナギさんがスライム軍団を盾に塔の下まで突撃させた。

 その先に向かって……異世界(物理)登山部、出動!


 しかし、タイマーの時刻には間に合わなかった。

 何故か。


 無双する鴉は強く、ミルの腕力も頼もしい。タカヤナギのスライム軍団は全てを飲み込んでいく。

 しかしソウジのエネルギーが、消費が早いため、気がつくと倒れている。

 ミルを召喚しているだけで、大きなエネルギーを消費しているようだった。


 魔王の塔に入ってからは、歩くたびソウジの周りには、ミミックが湧いてきて、HPを削っていく。


 「……夕方のパン、焼いてくれえ」


 ソウジがうつ伏せに倒れ込んで呻いた。

 

 ミルが戻ってきて、パンを焼き始めた。

 

 ミルは強力な召喚獣の癖に、ソウジのエネルギー不足が影響して、鳥や蝶が目に留まると誘われるように去っていってしまう。短剣しか持っていないソウジは、近くにいるモンスターの総攻撃を食らってしまうのだった。 


 タゲを取り続けては、HP残り5足らずで耐えてきた。

 パンを焼く匂いが漂っている間だけ、ソウジは守られていた。


 アイテムボックスから粉や水が取り出されると、大猫ミルはテーブルの上のパン生地に前足を沈めていく。

 大きなふくふくした手の中の肉球が、もっちりとした生地の向こうにチラリと見える。


「かわいいな……って、いやいや、パン捏ねるのに癒されてる場合ちゃうやろ!! ミルがおらん間、僕のエネルギー量、尋常じゃない減り方なんやけど?」


***


 1日後、今の時刻は「AM9:33」。

 毎朝晩、皆でパンを焼き食べた。

 無限に湧くモンスターを片付けてきた。

 ソウジにだけミミックが襲いかかり、ひとり力尽きて転がっていることもあった。

 ミミックめっちゃ弱いって聞いてたけど?


 僕のHPが40になるまでは、ミルは全く働かず、地道にHPを増やしてきた。

 今は100ある。

 ルーティンは、こなして来た、筈だ。


 ソウジの隣には、堂々とした大猫ミルが付き従っている。


「パンの匂いが、結界になるって。ミル、お前が教えてくれたんやな」


「ニャ」


 ソウジは足元に向かって手のひらに力を込めた。魔法陣が、ぽうっと光り足元に浮かび上がる。


「僕のここでの仕事は、召喚や、モノを呼ぶだけじゃなく、“世界を片付けて整える”ことかもな。全部まとめてやったるわ!!」


 ミミックは魔法陣の光に当たると、たちまちかき消えていった。

 

***


 塔の上には、魔王がいる。

 そして、その先に僕の仕事がある。

 大急ぎで2階のゴーレムの持ち物も整理した。


「絶対帰らなあかん。あのパン屋の仕事、絶対落とされへんからな……!」



 僕はぎゅっとスケジュール帳(女神の遺物)を胸に抱きしめ、名乗りをあげた。

 

「僕が……片付けソウジだ!! ここでは誰より社畜レベル高い男!」

 

 

 黒い塔の最上階、ついに辿り着いた僕らの前に現れたのは──とても魔王とは思えない、小柄でタートルネックに眼鏡の知的そうな人物だった。


「……来たな、異界の者たちよ。では、最後の試練だ」


Please put everything in apple-pie order before you leave.


 え? また掃除? 試練って掃除!?


「朝のルーティン、塔は整っているかな?」


 魔王が涼しげなハシバミ色の眼で、こちらを見つめてくる。


 鴉は、床に散らかっている本と紙をまとめて本棚に置いていった。

 タカヤナギは、雑多に転がっている部屋の中のアイテムを所定の箱に収納。


 ミルは、いつの間にかコロコロで毛を集めていた。


 ソウジは無言で、ホウキとちりとりを持って床を掃いた。


 中空にステータスウィンドウが浮かぶ。


《ルーティーン進行状況:98% → 99% → 100% 全項目クリア!》



《時間跳躍スキルが開放されました》


 目の前に光のゲートが開いた──。


「女神の遺物、手帳は持っているな? 明後日の仕事が気になるのだろう? 君たちは時間を遡っていくと良い」


 魔王様はやさしく微笑んだ。


「名前に相応しい仕事ぶりだ、ソウジくん」


「……え、ええー!?」


「いや、魔王、優しっ……」


 皆で突っ込む間もなく、光に包まれて、それぞれ現実世界へと戻っていった。



 光のポータルは閉じ、ソウジは現実世界のロッカールームの簡易ベッドに転がっていた。

 

 見慣れたスケジュール帳と通勤のリュック、撮影ラフや企画書が床に散乱している。


 部屋の中には焼きたてパンの香ばしい匂いが、ふんわりと香っていた。


 丸くなって眠る白猫が、そっと足元にいる。あの異世界で見上げていた大きな姿が嘘のように、小さく穏やかだ。ふわふわの白い毛は、柔らかく、撫でると喉をゴロゴロ鳴らした。


【召喚獣:ミル Lv.70】

 親密度:96%


 親密度が上がっているのが嬉しい。……レベルは僕より高い、だと?

 ステータスウィンドウは現実世界でも見えるらしい。HPが上がったからだろうか。


 ふとポケットから1枚、焦げたTo-doリストの切れ端が出てきた。


 ロッカールームを覗き込んだタカヤナギさんが、含み笑いして「スケジュール帳、無事持って来れたやん」


「ソウジが掃除してそうじゃない感じで帰還やな。……明後日の予定を入れるか?」


「どんな社畜ぶりやねん」



お後がよろしいようで。

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Happy Create!!!(異世界!?)……ルーティーンを作ろう。それか明後日の予定を入れよう。 柊野有@ひいらぎ @noah_hiiragi

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